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紅の騎士

青い空が晴れ渡るこの日、帝国の一大行事が行われていた。

 帝国学習の敷地内に集う人々は数年に一度の「予言下り」を一目見ようと多くの民衆が集まっていた。

 学院生徒はもちろんのこと、隣国から来た異国人や近隣に住む家族連れなどが学院に訪れていた。

 表向きは帝国皇室が主催する権威のある行事だが、大陸の覇権国家の成り立ちに関わることとあって民衆の注目度は高い。

 私はその光景を自室の窓から眺めていた。

 「予言なんて下らないと思っていたわ。未来が分かっていても自分が置かれている状況が変わるわけではない。結局少しずつ変えていくしかないのよ。自分の力が及ぶ範囲内でね……」

 「仰る通りです。初代当主様もその様に言っておられました」

 つまらなそうに言う私に対して反論せずにかしこまったように言うバアル。

 ……本音で答えているわけでもなかろうに。

 悪魔相手に同意など求めるべきではないと考えながら、本来の目的について問い掛けた。

 「支度は? 『聖女狩り』は今日行うわ」

 「既にできております。『彼女』が現れる予想地点も選定済みです」

 聖女狩り……、忌々しい国興しの始祖が再び現れる。

 ルーベンシュタインの血筋は今日まで続いていることもあり、影響力はある。

 しかし聖女の血筋は3000年以上間に途絶えてしまった。

 それでも彼女は吟遊詩人が歌う伝承の様に人々にその存在が広まり続けている。

 伝説の存在が再び現れれば、民衆はその存在に縋るだろう。

 利用したいと考える者や、「殺したい」と考える者もいる。

 「目障りなのよ。貴族派閥や無能な庶民達……、帝国における衰退の未来は自分達の手に懸かっているという考えが足りない。何かが起きれば常に他人のせいにする。」

 「……」

 バアルは何も言わない。

 いつもの通りの愚痴だからだ。

 帝国は強大な武力と経済力を背景に安定期に入っていた。

 大陸の港を制圧した際は大きな戦乱が起きたが、それでも当時の帝国は止まらなかった。

 海上輸送での貿易、それは帝国の未来にとって必要不可欠だからだ。

 陸上国家であることは現在までならいい。

 だが文明が進歩すれば、海を越えた場所にある文明と関わる時期も来るだろう。

 その時、湾岸を制圧する他国に縋るのか?

 協力を求めれば税を掛けられ、貿易の主導権は彼らの手に握られる。

 軍事力での圧力は帝国の増長を危惧する他国の反発を招き、変えて逆効果だ。

 今、この瞬間のためではない。

 数百年後の未来のためだ。

 世代を超えた向こうにいる子孫と帝国のためにと、当時の皇室は判断した。

 膨大な犠牲のの果てに念願の海に面した湾岸地区を帝国は占拠した。

 今や陸上でも海上でも帝国は大きな影響力を持っている。

 そのおかげで外敵に脅かされることもなく我々はこの生活を維持できている。

 全ては「力」と「覚悟」があったからだ。

 事を構えてでも未来に投資する。

 「今の貴族も庶民も何も変わらない。穏やかに生活することが帝国のためになるとでも? 誰かが義務を果たさなければその先は……」

 「自分の子供が犠牲になる。……いいではありませんか。今日のために帝国は戦い続けてきた。戦うという『本能』、より多くの物が欲しいという「欲」。「平和」のために他者に奉仕する存在は人ですらありません……」

 微笑みながらも達観したような口ぶりで話すバアルは、根拠なく話しているわけではなさそうだ。

 多くの「景色」を見てきたのだろう。

 バアルの表情を見てふと気になったことがあった。

 「『彼女』は?」

 「……」

 バアルは答えない。

 契約を結んでいるルーベンシュタインの思考はバアルと幾分か共有されている。

 私の思考も既に知っているはずだ。

 しかしそれは悪魔であればの話。

 人間である私にはバアルの考えは分からない。

 故に再度問い掛ける。

 「『聖女』アリア・アルビオンはどうだったの? 彼女は戦いを望む『本能』があった? それとも他者に奉仕する『化け物』だったの?」

 昔話では人々に尽くし、民衆のために身を粉にして困難に立ち向かったと伝えられている。

 だが実際はどうだったのだろうか?

 初代聖女は何のために「先読み」の力を行使したのだろうか?

 私の疑問にバアルは微笑んでいた顔を無表情にして、静かに口を開いた。

 「『凡人』以下の存在でしたよ。彼女を見て初めて……、お恥ずかしながら考えたのですよ。他者に必要とされずに生き続けた人間が……あれほど……」

 遠い光景を見るかのように話すバアルに思わず驚いてしまった。

 物心ついてから悪魔バアルはずっと側にいた。

 だが決して感情を見せない。

 父も無き祖父もそんな悪魔の姿に何も言わずにいた。

 そのバアルがこの様な目をする光景は初めて見た。

 懐かしそうな……、「欲」を浮かべる目をしている悪魔の姿を見るのは。

 その時、外で大きな歓声が聞こえてきた。

 目を向けると学園を訪れていた民衆が何かに熱狂している。

 「どうやら始まるようですね。お嬢様、ご用意を……」

 首を垂れるバアルはいつも通りの姿だった。

 気にはなるが使命を捨て置くほどではない。

 そう考えて私は踵を返してこう言った。

 「『レオン』よ」

 「……」

 また無言だ。

 知っているのだろう。私のセリフを……。

 だがそれでもいい。私は言いたいことを言って望んだとおりに生きるのだ。

 「貴方は今日から私の騎士、『レオン・マイヤーよ』。人間でいる内はそう名乗りなさい」

 バアルの顔を見ずにそう告げると直ぐに返事が返ってきた。

 「畏まりましたお嬢様」

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