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悪魔バアル

「「貴方は?……」」

 見つめ合ったまま硬直する二人、しかしふと何かに気付いたように倒れこんだ女の子が声を上げる。

 「……あっ! あな」

 言いかける女の子を放置して先へと進むアイリス。

 目で見られていると知りながらも校舎へと向かう。

 その様子に女の子は言いかけた言葉を閉ざして呆然とする。

 (よろしいので?)

 脳内に響く声に、アイリスは手慣れた様子で返事を返す。

 「煩いわよ。……人前で声を掛けるなと言ったはず」

 「……」

 何気なく前へと進むアイリスにそれ以上の言葉は掛らなかった。

 悪魔バアル。

 ルーベンシュタイン家の創始者が召喚した悪魔の呼び名だ。

 対価を差し出し続けることと引き換えに代々の当主に仕えている。

 やるべきことが沢山ある。

 帝国を支える名門学院、そう言えば聞こえはいい。

 しかし学院内部には浅ましい裏切り者が多く入り込んでいる。

 左右をさり気無く伺うと様々は視線が目に入る。

 代々帝国の重鎮を輩出している家系とあって、尊敬の眼差しを送る者もいる。

 先祖の誰かが痛い目を見たのか睨むように見つめる者もいる。

 笑みを浮かべながらこちらを見る者もいた。

 そうだ、ここは帝国の中心部であり将来の権力闘争の備えをする場所なのだ。


 ベッド脇に荷物を置いて一息つく。

 学院から与えられた部屋は質素なものだった。

 必要な物を全て用意する。……と実家にいる時から言われていたので一人部屋を希望したら特別に用意された。

 あまり人と関わるのは好きではない。

 次期当主として問題視されかねない性格だが、我が公爵家では珍しくもない。

 それに与えられた使命もある。

 (帝国を守るためには手段を選ばぬ覚悟が必要だ。……そのために)

 「聖女を暗殺する」

 父から言われた言葉を思い出す。

 近頃妙な噂が宮廷内に流れているのだ。

 帝国における一大式典、「予言下り」

 表向きは学院に通う生徒から将来の先行きを教え、それに伴う困難を示すことで試練を与えるというものだ。

 たとえ不運な人生だったとしても勇気と力をもってその道程を踏破してほしい。

 予言下りはそう言った願いが込められた式典だ。

 これは帝国を興した初代皇帝、アリア・アルビオンとジーク・フォン・ルーベンシュタインに倣った考えだ。

 勇気こそが最も重要だと考える初代皇帝と、力こそが最も重要だと考える我がルーベンシュタイン家の初代当主は何かと反りが合わなかった。

 しかし戦乱が絶えないかつての大陸において、先代達は協力して敵を滅ぼし国造りを行った。

 村を併合して街へ、街を併合して都市へ、都市を併合して国を興した。

 そして最後は周辺国を滅ぼし旧アルビオン王国は「帝国」へと姿を変えた。

 それが表向きの歴史。

 「……そうだったわね。バアル」

 (さようでございます。お嬢様)

 バアルは帝国聡明期に初代当主の陰で戦っていた。

 一騎当千の力で地を割り都市を廃墟に変えたと謳われる初代当主の話も、実際は悪魔であるバアルの働きが大きい。

 未来永劫対価を差し出すと言った初代当主に強大な力を保障した。

 自分自身を使役出来るという力を。

 そして初代皇帝は「聖女」と呼ばれ、天から授かったと伝えられるその力は……。

 「先読みの力……、その力をもって聖女はあらゆる困難を予知したという。昔話なら良いわ。……だけど今、この時代にそんな化け物が生まれるのは……」

 面倒極まりない。

 ルーベンシュタイン家の悪魔契約の話は帝国の頂点である皇族にも内密の話だ。

 初代当主が、同胞であり「親しい関係だった」と言われる初代皇帝にすら教えなかったためだ。

 その理由は歴代当主にすら伝えられていない。

 「何のため? バアル」

 (……)

 またこれだ。

 この話題になるといつも口を閉ざす。

 悪魔であるから口どころか肉体さえ無いのだが。

 「……まあ良いわ、私の任務は学院での裏切り者の監視と有力な者の引き抜き。そして宮廷付きの神官達が噂している『聖女再臨』の噂を確かめること。……それが事実であれば」

 命を奪え。父はハッキリとは言わなかったが、そう言うことだ。

 暗殺ならルーベンシュタイン家が抱える暗殺者を送り込めば済む話だが、事は内密にしておきたいからである。

 聖女は昔話で語り継がれており、帝国民から絶大な人気を誇っている。

 帝国の子供達は毎夜、母親からベッドで子守歌として聖女の武勇伝を聞かされて育つほどだ。

 公爵家の暗殺者は選りすぐりだが、帝国民である以上裏切る可能性を排除したいのだ。

 そして私自身を試す目論見もあるのだろう。

 次期当主が暗殺など畑違いにも程があるが、ルーベンシュタイン家は裏で汚れ仕事をすることが多かった。

 宮廷では握手を交わしつつも、裏では敵国と通じていた貴族の長を暗殺するように手を回す。

 その様な手を汚す仕事が将来は待っている。

 父はこう言いたいのだ。

 お前にできるのか……と。

 それに「先読み」の力に対抗できるのは「悪魔」だけだ。

 故に今回手を汚すのは……。

 「ワタシニオ任せを」

 歪な声を空間に響かせながら影が立ち上がる。

 影は徐々に人の形を形作り、やがて青年の姿になった。

 「私なら先読みの力に対抗できます。お嬢様の使命を果たしてご覧に入れます」

 好青年の様な微笑みでこちらに向き直るが、こいつは悪魔だ。

 この様なあざとい振る舞いに眉を潜ませる。

 「……対抗できるとは父からも聞いているわ。でも聖女が貴方の存在を予知していたら……」

 「既に予知しているでしょうね」

 あっさりと断言するバアル。

 その表情は先ほどと変わらない。

 「なら早々に始末をつけなさい。伝承が正しければ聖女は時間と共に味方を増やす。満を持して、という選択肢は無いのよ」

 そうだ。この学院には有力者の次期当主達が多く通っている。

 時間は彼女の味方だ。

 それにこの学院にはいずれ頂点に立つことになる私の「許嫁」も通うこととなっている。

 そう言ってバアルに手の甲を差し出す。

 それを見たバアルは無言で跪き、右手でそっと私の手を取る。

 力をもって秩序を成す。

 それが我が家の家訓だ。

 政略結婚も学院での派閥争いも下らない。

 どれ程の財や土地を持っていようとも「平民」は数が多いのだ。

 政治や軍事に関する知識もない、国を背負えるほどの平民はそう易々とは見つからない。

 だが警戒すべきだ。

 国を支配する上位一%は何時でも入れ替わる。

 考え無しの平民が蜂起して国を担えばどうなる?

 行く先は「美しい未来」についての綺麗事が国に蔓延することになる。

 だからこそ力と恐怖で敵を叩き潰す必要がある。

 たとえそれが初代皇帝の遺志を継ぐ女でも。

 我々ルーベンシュタイン家こそが民衆に国家体制による秩序を保障できる。

 「アイリス・フォン・ルーベンシュタインの名の下に命ずる。聖女を殺しなさい」

 バアルはそっと手の甲に口づけを交わした。

 その様子を見て私は覚悟を決めた。

 全てを敵に回す覚悟を。

 帝国の礎たる聖女を滅ぼす。

 それに私は欲しいのだ。

 ……この帝国を。

 「イエス・ユア・レディ」

 顔を俯かせたままのバアルは気付かれない様に……。

 笑みを浮かべていた。

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