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忘却の果ての再会

鳥の鳴き声と共に目を開ける。

 朝はいつもこうだ。

 自分から先に目を覚ます。

 ベッドから起き上がり、カーテンを開けると眩しい日差しが差し込んできた。

 外を眺めているとノックの音が聞こえた。

 「入りなさい」

 返事を返すと扉が静かに開けられ、メイドが入室してきた。

 「おはようございますお嬢様。食事の支度が出来ております」

 「……分かったわ」

 手早く身支度を済ませると、メイドが近寄り服を着替えさせてくる。

 慣れた手つきで服を着替えさせるメイドたちに身を任せると直ぐに支度が完了した。

 私は返事を返さずに部屋を出て食卓に向かうと既に父が待っていた。

 「……おはようアイリス」

 「おはようございますお父様」

 手短に告げるお父様に挨拶を告げて自分の席に座る。

 母が無くなって以来、二人だけの食事が常だった。

 無言で食事を始める父を見て自分も食事を始めた。

 待つ必要はないのだが、現当主を差し置いて先に食べ始めるのはさすがに気が引ける。

 無言の時間が続くがふと父が口を開いた。

 「……アイリス、学習院への入学は順調か?」

 「はい、お父様。既に準備は出来ていますわ」

 「……」

 返事を聞くとまた父は無言となる。

 別に親子仲は険悪ではない。

 ただ私達の親子関係はこれが普通なのだ。

 帝国の片翼を背負う父には自分には理解できないほどの責任があるのだろう。

 それはいずれ自分が受け継ぐこととなる「貴族の義務」である。

 皇帝から政治の全権を委任されている宰相の地位に立つ父は一大派閥の長であると同時に、帝国の内外に敵を抱えていた。

 帝国の支配者たる皇帝に刃が向かないようにする囮であり、敵対派閥を選別して帝国の支配体制を固める責任を持っている。

 政治、諜報、軍事、暗殺に至るまで、あらゆる手段をもってして帝国の敵を滅ぼすのが父の使命である。

 良く無い噂も含めて「帝国の影」との代名詞が付く父はあまり人とは会話を取らなかった。

 食事を終えた私は父の出立を見送ることとなった。

 「行ってらっしゃいませ、お父様」

 「……ああ」

 馬車に乗り込み、帝都中枢部へと向かう父を見送ると私もさっそく出立することにした。

 「さあ準備なさい。直ぐに行くわ」

 メイドが頭を下げると、私は目的地がある方角へと目線を向けた。

 帝国立学習院高等部。

 大陸の覇権を事実上握っている帝国、その次世代の担い手たる頭脳を育てる名門校がある方角を。


 馬車が止まり、帝国立学習院へと着いた。

 従者に扉が開けられ、静かに地面へと降り立つと周囲の学生達は直ぐにアイリスのことに気付いた。

 「まあ! ルーベンシュタイン様よ!」

 「初めてお目にかかるわ! お綺麗ね……」

 周囲の声が飛び交う中、私は気にせずに前へと進む。

 長い黒髪、青い瞳、その美貌は帝国のみならず周辺国にまで響いていた。

 何より帝国の次席である宰相の令嬢とあっては周囲もほおっておかない。

 ……利用したいとの思惑も含めて。

 (国を背負って立つ貴族の端くれが……。酷いものね……)

 どれほどの地位にいようと国と民衆の秩序を保障するのは我々貴族だ。

 能力の無い国民に代わり、政治と軍事の双方で皇帝の国家を守る。

 そのための権力、そのための地位だったはずだ。

 しかし気付けば何かの宝石を見るかのように呆然と眺める貴族の生徒達が噂話に花を咲かせていた。

 面子は自身の立場を守るためにも誇示する必要がある。

 それは理解しているが、あくまで手段である必要がある。

 面子を披露しあう行為は何の生産性もない。

 「……はぁ」

 小さくため息を吐くと背中から伸びる影が小さく蠢いた。

 「煩いわよ。……分かっているわ」

 次期公爵家当主。歴代にも女性当主は数人いたが、割合としては少ない。

 母が無くなってから当主の子供は私一人になってしまった。

 貴族の中には側室を持ち複数の子供を養う者もいる。

 しかし父は側室を持つこともせず、再婚もしなかった。

 故に父の跡を継ぐのは自分しかいなかったのだ。

 これから先で出会う人物の中には潜在的な敵もいるだろう。

 だからこそ舐められる様子を見られてはいけない。

 気を引き締めて歩を進めていくと、突然通路の横にある茂みから誰かが飛び出してきた。

 「ちょっ! うわあっ!」

 大きな音を立てて倒れた少女に思わず呆気に取られてしまう。

 周囲も何事かとその様子を伺ているが、少女はそれに気づかず頭をさすりながらゆっくりと体を起こした。

 「痛たた……。酷いな~、ここは?……」

 少女は自身が置かれた状況を確かめるために、ぐるりと周囲に目線を向ける。

 その目線の先で待っていたのが私の姿だった。

 両者は目線を交わしたまま動かない。

 「「……貴方は」」

 幼少期を過去の記憶として互いに忘れ去った二人はこうして再び再開したのだった。

 未来の敵同士として……。

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