宿命の出会い
涙を浮かべる小さな女の子が一人で歩いている。
初めて見る兎を追いかけていたら、いつの間にか森林へと辿り着いていた。
帰り道など分からず少女の精神力は初めての孤独に苦しんでいる。
「……どうしよう。お母さん……」
悲しみを抑えられず立ち止まってしゃがみ込む。
するとそこには先ほど見た兎がこちらをじっと見つめていた。
少女はおずおずと手を伸ばすが、また逃げられるかもしれないとの思いが手を止めてしまう。
その様子に兎は焦れたように走り去ってしまう。
「あっ!……」
ついて来い、兎はそう言わんばかりに先へと進んで行く。
少女は何を感じたのか兎の後を追い、必死に走り始める。
森林が広がる中、徐々に水が流れる音が聞こえてきた。
(出口!?)
少女は期待に胸を膨らませて足に力を込めて森林の外へと飛び出すと、そこには大きな湖が広がっていた。
兎は一直線に進んで行き、とある一点で立ち止まる。
「ギガマックス! こんなところにいたのね。探したわよ」
兎を抱き上げる人物を視界に入り、視線をその人物に向ける。
「綺麗……」
整えられた黒髪に青い瞳、まるで人形のように整った顔に思わずそう口に出した。
「んっ? 貴方は? 見かけない顔ね」
兎の飼い主であろう人物は怪しんだ顔を向ける。
少女は慌てて言い訳を並べ立てた。
「あっ! あの! 私、迷子になって……。それで……」
涙ぐみながら必死に喋ると兎の飼い主は吹き出す様に笑い始めた。
その様子に少女は目をぱちくりとする。
「貴方おかしいわね! 突然現れて何を言ってるの? 私はアイリス。……貴方の名前は?」
ひとしきり笑ったアイリスは少女に対して微笑みながらも問い掛ける。
「……エリザベス」
消えるような声で呟く声だが、アイリスには届いていた。
「エリザベス、立派な名前ね。貴方一人? 一緒に遊びましょうよ」
こちらに近づき、空いた手を差し伸べてくる。
初めて会うはずなのになぜか穏やかな気分にさせられる。
そう思う視線の先にはアイリスのいたずら好きな少年のような笑みがあった。
「ほら来てエリザベス! あっちに面白そうなものがあるのよ!」
「えっ! あのっ! アイリスちゃん!?」
出会って直ぐに打ち解けた後、ずっと遊び歩いていた。
森林の近くで蛇を見つけたアイリスが騒ぎ始めたり。
湖の近くで水遊びをしたり。
そして今は湖の近くに咲く花畑に来ていた。
「ほらっ見て! 冠よ! 貴方にあげるわエリザベス」
私の頭にそっと被せてきたのは手作りの花の冠であった。
「恥かしいよ……。私には似合わないし……」
「何言ってるのよ? 女は度胸よ! お母様もそう言っていたわ」
胸を張り、フンと鼻息を鳴らすアイリスを見て思わず笑ってしまった。
「ふふん! 初めて笑ったわね? 案外可愛いじゃない」
自分の顎に手を添えて、こちらをまじまじと見てくるアイリス。
その様子に顔を真っ赤にして両手で覆ってしまう。
「あの……、見ないで……」
他人になかなか打ち解けられなかったエリザベスにとって初めての友人であった。
時間とはあっという間だ。
いつの間にか景色は夕暮れを告げていた。
「そろそろ帰らないと。エリザベス、貴方は?」
「私は……」
どう帰るんだろう……。
そう言えば迷子の途中であった。
帰り道も分からずに再び涙ぐむと、アイリスは口を開いた。
「……エリザベス、良かったら私の……」
「エリザベス!」
大きな声が聞こえて振り返ると、そこにはお母さんがいた。
「お母さん!」
「どこに行ってたの!? 探したのよ!?」
二人は抱きしめ合って互いに言葉を交わす。
その光景にアイリスは口を閉ざして微笑んだ。
「……良かったわね? 迷子だったんでしょう?」
「アイリスちゃん……」
母親と体を離し、アイリスに歩み寄る。
「そろそろ帰りなさい。貴方のお母さんが心配してるわ」
「でも……、せっかく出会えたのに」
スカートの裾を掴んで俯いてしまう。
するとアイリスはこちらを抱きしめて言い聞かせるように話す。
「大丈夫よ。……また会える。きっとね」
「……」
その言葉に落ち着きを取り戻してそっと二人は体を離した。
「じゃあねエリザベス。楽しかったわ」
「……あっ!」
手を伸ばした時には既にアイリスは歩き始めていた。
初めて出来た友人。
いつかまた会えるとの言葉をエリザベスは何時までも思い返していた。
湖の縁側を歩いているアイリスの胸元で、抱いていた兎のギガマックスが「何か」に反応した。
「遅かったわね? もっと早くに来ると思ったのに」
アイリスの影が蠢き、意思を持った生命体の様に立ち上がる。
(父君がお怒りです。一人で出歩くなとの厳命だと……)
「貴方が相手だから怒ってるのよ。バアル」
(……)
影は何も言わずにアイリスに寄り添う。
「さあ帰りましょう。今日はいい気分なの」
夕暮れの湖で一人と影が静かに歩を進めていった。