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淑女と聖女

時間とはあっという間だ。

 腰のベルトに仕舞った懐中時計を取り出して時刻を確認する。

 お父様の形見。

 亡くなった時は悲しいとは感じなかった。

 しかし普通であれば悲しみを感じるべきだと心のどこかでそう思ったのだ。

 気が付けば涙が頬を伝い、人生で初めて泣いた。

 静かに時を刻む音が宮廷内に響く。

 辺りは血塗れになっており、空間を彩る調度品が破壊されたまま放置されている。

 貴族の義務。

 お父様が体現していた言葉は、貴族社会の根底に流れるものだと思っていた。

 方法は違えど我々貴族の血肉に流れるものだと。

 しかし出会う貴族は屑ばかりであった。

 あの忌まわしい予言が下された日から、そんな堕落した貴族達を見続けて思ったのだ。

 ……この世界は腐っている。

 懐中時計の針が予定時刻を指し示した。

 その時、宮廷を駆ける一つの足音が響いてきた。

 足音はこちらまで近づいて正面で歩を止めた。

 甲冑姿の騎士は即座に跪いた後、玉座の間に響く声が聞こえる。

 「報告します! 正門地区から迫る軍勢を視認、規模は約10万。第一、第二騎士団から伝達、『我、士気旺盛。全軍、鮮血の淑女の領地にて一命を賭して賊軍を討ち取る』……とのことです!」

 ……鮮血の淑女。

 能力の無い名ばかり貴族や庶民派気取りの革命派の貴族を始末し続けた結果、私の両手は血で染まり鮮血の淑女と呼ばれるようになった。

 手元の懐中時計を仕舞い、静かに告げた。

 「……始めなさい」

 騎士は威勢の良い返事と共に立ち上がり、踵を返して戦線へと戻っていく。

 小さく息を吐き出して玉座にもたれ掛かる。

 「良い夜ね。貴方はもっと早めに休息を取るべきだったのよ。……陛下」

 視線を下げて玉座の少し先、地面に転がったまま沈黙する死体に目を向けた。

 アルビオン帝国20代目皇帝、ユーリ・アルビオンの死体を。


 正門から離れた西部地区の城壁で数名の人影が集まっていた。

 「本当にここから侵入するのかい?」

 甲冑を纏った騎士は心配げな声でフードを被った女性の話しかけた。

 「はい。この城壁はリンドさんが子供の頃に掘った穴があるはずなので」

 そういって女性は辺りを探索すると騎士たちに顔を向けた。

 「ありました! 皆さんこちらです!」

 騎士たちが駆け寄るとそこには人一人が入れるほどの穴が開いていた。

 「よくもこんな大穴を開けたもんだ……。リンドの野郎も昔は悪ガキだったのか?」

 騎士の一人がそう言うとフードの女性は微笑んで否定した。

 「違いますよ。リンドさんはああ見えて結構可愛いところがあるんです」

 フードの女性は先に穴に入り込み先へと進んで行く。

 「おい! 先に行ったら……」

 「大丈夫です。皆さんは後から追いかけてください」

 引き留める騎士たちを置いて穴から抜け出し帝都内部へと侵入する。

 目指すは一点、この物語のエンディング。

 「彼女」がいる玉座の間だ。


 城へと侵入したフードの女性はとある一室からそっと外の通路を覗き込んだ。

 ……おかしい。

 城門に忍び込むルートでは、ユーリ君が使っている部屋の窓から入るパターンが安全だった。

 それでも数名の守衛が巡回していたはずだ。

 「……やっぱり少しずつ変わってる」

 本来あるべき物語からズレ始めている。

 初めはゲームと現実は違うものだと納得していた。

 しかし攻略対象のレオン君は最後まで私を拒絶した。

 (ありがとう、声を掛けてくれて。でも俺はあの人の騎士だから)

 悲しみを押し殺して耐えていると思いたかった。

 しかし違った。あの表情は紛れもない騎士のものだった。

 巡回が通り過ぎ、意を決して飛び出した。

 私は平凡な女性だ。

 勇敢でもない、知識があるわけでもない、その日暮らしがせいぜいの人間だった。

 自分の生き方など何時まで経っても分からなかった。

 それがこの世界に来てから変わった。

 既に何十回も見てきた出来事を最善の一手で対処してきた。

 お陰で友人も出来た。先生達からの覚えもめでたい。

 好きになった人を手に入れる方法まで私は知っている。

 多くのことが思い通りになる世界で沢山の出会いがあった。

 ……その先で「あの人」と出会った。

 私と正反対の生き方をしている彼女を見て思ったのだ。

 ……強い人だって。

 玉座の間、その前に辿り着き深呼吸をする。

 結局ここまで誰にも遭遇しなかった。

 間違いなく彼女がこの先にいる。

 扉に手を添えてゆっくりと開かれた先で目に入ったのは……。

 「遅かったわね? それともこの光景も既に知っているのかしら?」

 「!?」

 やはりアイリスさんは……。

 「全てがあなたの思い通りにいくとは限らない。……ねえ、『先読みの聖女』エリザベス・リリーさん?」

 冷たい声が体を貫く様に響いてくる。

 両手をぐっと胸元で握り締めて必死に耐える。

 「何かがおかしいと思ったのよ。あの湖で出会ったあの時から、ずっと……」

 「……」

 これは「鮮血の淑女」と「先読みの聖女」の出会いの物語である。

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