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命の神  作者: oto
一部 一章 "三日月は昇る"
33/34

33 "責の所在"

 青い目をした男はそこに静止している。

 指先の一つすら動かさず、まるで死んでいるかの様に呆然とそこに佇んでいた。


 己の身体は傷つき出血し、筋肉が疲労により悲鳴を上げているかのように震えづづける。

 いや、震えは疲労のによるものだけでは無く、彼の鋭く恐ろしい程に冷たい視線に怯えてしまっているが故もあるかもしれない。

 魔法より研ぎ澄まされた筈の五感が、目の前に在る彼を深く認識できず、それどころか、目が、耳が、全身の感覚器官が彼を危険なものだと排斥し、現実から逃避しているかのようだ。


 彼がいつ腰の一振りの刀に手をかけるか分からない。彼と戦ってはならない、確実に敗北する、どれだけ魔法を使おうと善戦する事さえ出来ないだろう。何故なら、自身の中にある生物としての本能、そしてただならぬほどの恐怖が彼を自身の上位者、強者と認めているからだ。


 「お前は何者だ……!」


 辛うじて絞り出した言葉、緊張により心臓が大きく音を出して躍動する。

 彼からの返事は無い。ただじっくりと涅巴を観察した後、また踵を返して青い霧へと歩んでいく。すると、霧へと消える直前、青い液体の入った瓶を涅巴に向け投げ捨てた。涅巴は地面に落ちる直前で掴み取る。


 間もなくして青い霧は跡形もなく消え去り、そこにはただ虚無だけが広がっていた。


 「なんなんだよ…あれ、」


 涅巴はそこに唖然と立ち尽くす。そして、全身から一気に気が抜けてその場に膝をついた。

 

 「んだよ、どうなってんだよ…」


 友親が妃蝶を抱えて歩み寄ってくる。妃蝶は相変わらず白目で気絶しており、死後時間が経過した死体の様にガッチガチに固まっている。


 「…って、やばい、怪我の容態は!?」


 白髪の少女に振り向きざまに声をかける。素人だろうと一目瞭然に理解できる、致命傷だ、出血があまりにも酷く、臓物の類も露出している。人間であったのならもうすでに死んでしまっている頃合いだろう。


 「……魔力が枯渇して、傷の回復に回せる魔力が無い、身体の維持だけでも精一杯かも……」


 酷い顔色だ、呼吸も荒い。傷口を抑え、苦悶の声を漏らしながらも必死に耐え続けている。


 「待ってろ、すぐ魔力を送り込んでやる、そうだ、これ……」

 

 涅巴は青い目の男の投げ渡してきた青い液体の入った瓶をまじまじと見つめる。瓶には紫色の小さな結晶の装飾がされていて、かなり頑丈な造りとなっているようだ。


 「この紫の結晶、あの時の魔法具と同じ……もしかして。」


 瓶栓を引き抜き、中の液体を軽く口に含む。

 口の中に広がる腐敗臭、生卵と生魚を混ぜた様な酷い味わいと、喉から鼻に抜けていくアンモニア的な塩辛い刺激臭がミスマッチし、吐き気を催す耳障りな騒音のハーモニーを奏でているかのようだ。

 

 「くっそまずい、これ魔力水だな。」


 血液と共に随所に満ちていく暖かさが肉体を支配していく。失われた魔力が少々戻ったようだ。


 「口を開けろ、コイツを飲むんだ。傷口位なら何とか……」


 少女の口に魔力水を少しずつ流し込む。これで応急処置はできるはすだ。完治とはいかないがないよりは良い。


 「おぇッ!まず…いらない……」


 「うぉい、吐くなもったいない!!」


 再度口に流し込もうとするも、今度は口を完全に閉じられて拒否される。


 「いーらーないっ、おいしくない……」


 「薬品みてぇなもんだからしゃあねぇだろ、逃げるな観念して口を開けろ!!」


 「うぐっ、いやぁ……マズイもん…」


 「くそっ、おく◯りのめたね常備しておくんだった……」


 その後、何度か試すも、少女は絶対に飲まないという意思を固めたようで、そっぽを向いてしまった。

 余り時間はない、彼女は強がっている様だが、明らかに容態が悪くなっていっている。このまま放置して置くことは出来ない。


 「……仕方ない……ちと恥ずかしいが……」


 左手で少女の頬を少し強引に掴み、自分と向き合わせる。少女は少し驚いた様に目を丸くした。


 「恨むなよ?腹を決めなかったお前が悪い。」


 魔力水を自分の口に含み、目を瞑って、そして彼女に顔を近づける。


 「なっ…!?それって……!」


 少女は自分が今から何をされるのかを察した。突然の事に驚きと動揺を隠せず、頬が炎に照らされたように赤みを帯びる。


 一刻一刻と迫るその時に少しの期待と怯えを抱えながらも、勇気を出して唇を前に構えた。

 そして、自身の吐息が自身に跳ね返る程度にまで近づいたとき……


 自身の肌に相手の肌の温かさを感じた。 

 

 もっとも、其処は唇ではなく……


 「おでこ…?」


 涅巴は自分と少女のおでこを重ねる。そして其処に狙いを定めたかの様に引き離して、


 「インジェクター!!!!」


 掛け声と共に頭をメトロノームの様に振り下げた。つまり頭突きである。


 「いっ…たぁっ!!!!」


 少女のおでこに強烈な痛みが襲いかかり、悶える。おでこついでに赤く照らされたようになってしまった。


 「うぉぉあ……いってぇ……コイツ石頭かよ……」


 「いっ、一体どうしたの、いきなりこんな酷いことして……」


 「お前がなかなか飲んでくれないから、わざわざ俺の身体を経由して魔力を送り込んだんだよ。」


 召喚獣への魔力の譲渡をする場合、術者と召喚獣の物理的な距離が近ければ近い程、出力速度と譲渡する際に発生する魔力の漏れの抑制の機能が上昇する。それの応用で、直に触れながら譲渡する事により魔力の総譲渡量を増やしたのだ。


 「俺に集中してくれないと、魔力を送りづらい、君が俺に炎や血の力を送るのと同じ様に、意識が散漫としてるとやりづらいんだよ。」

 

 「ありがと…、でも痛い…石頭……」


 「すまん、ちょっとやり過ぎた、できればすぐにでも傷を治してくれ、まだ何か来るしれないし此処をさっさと離れたいんだ。」 


 少女はうんと頷き、傷の治療を始めた。その間に妃蝶の元へ赴く。


 「あっ…涅巴……その子は無事?」


 少女とのやり取りの内に意識を取り戻した妃蝶は、友親に支えられながらよろよろと立ち上がった。

 足が未だ震えているようで、少し顔色が悪い。


 「アイツは大丈夫そうだ、すぐにで回復すると思う。二人共そこまで深刻な怪我は無いみたいで良かったよ。」


 友親も拳が腫れていたりはするが、骨が折れている訳でもなく、心以外は健康そうだ。馬鹿は風邪を引かないというが、この場合は馬鹿は怪我をしないということか。いや馬鹿は怪我をしても気付かないだけだが。


 「……あぁ、心の声漏れてるぞ。」


 「そーだそーだ、悪口は良くないよ妃蝶。」


 「してないし!!なすりつけるな!」


 「そんであの召喚獣?はどこいった?」


 あの青い霧と共に謎の男が現れてから、あの怪物の姿が見えない。この速度での消滅となると、あの『雪泥鴻爪(せつでいこうそう)』を使用して離脱したか、術者との契約が切れたというのが真っ先に思い至るが。


 「それ…なんだがな、俺もよくわかってないんだが、気づいたときには生首になって地面に落ちてた。」


 「えぇ!あのお化け死んだの…?」


 「んー、多分…?」


 「友親、生首以外に何か見たものは無いか、例えば…人影とか。」


 生首、となると日本刀のようなものを持っていたあの男が思い浮かぶ。あの霧を操っていたように見えた事から、闇に乗じて首を断った、となれば合点がいく。


 「人影は見えなかったけどな、"肉の焼ける様な匂い"が少ししたな。」


 「うーむ、わからん。」


 治療を終えた少女が歩いてくる。少し傷跡が目立つが、許容範囲だろう。


 「後は血痕だな、どうにかして落としとかないと後々面倒に……」


 「結婚しないしっ……!あ……、なんでもない……。」


 ふふっと少女が笑みをこぼす。そして、聞き間違えた妃蝶は顔を真っ赤にした。


 「友親、因みにあの怪物が背後を取った時、炎で迎撃したみたいだっだが、あの炎はどうやって出した?最近は定義が崩れつつあるが、この街じゃ魔法は使えないはずだ。」


 「私は当然の様に魔法を使ってる三人がとても気になって仕方がないよ……」


 「あ?ありゃてめぇらが助けてくれたんじゃねぇのか?」


 友親は白髪の少女や涅巴による炎だと思っていたようだ。

 涅巴は少女に目配せをするが、少女は首を横に振る。


 「あんな炎は俺たちは出せねぇよ。もうちょっとドス黒くて血みたいな色だ。いや悪趣味すぎね?」


 「私は格好いいと思う。」


 少女は自信満々に胸を張り上げた。そして、妃蝶の胸を凝視し、自分と見比べて、ついには胸を引っ込めた。


 「この世は残酷だ……」


 「おいさっきの笑顔はどうした、それに俺はちっちゃいのも結構……」


 少女は一瞬で間合いを詰め、涅巴に膝蹴りを打ち込んだ。股間に。


 「にゅっ……!!!」


 「ひぇっ……」


 友親はこの少女にはケンカをふっかけないと心に決める。そして、自身の背中から何かがヒラヒラと舞い落ちるのを見つける。

 紙のような材質、描かれている模様の様なものは焼け焦げて黒一色となって見えず、大きさはトランプのカードより少し大きいくらいだ。


 「…なんだこれ?」


 「……なにか…タロット辺りの……カード……だろうな、大方店の売り物が………燃えたんだろうさ……」


 友親はふーん、と半分聞き流しながらカードをポケットに入れた。それが当たり前だと、必然だったというように。


 「……結局、炎の主は見つからぬ終い、謎がいっぱいだね……」


 いつの間にか人払い術と結界が消えている。これならば逃げる事は可能だろう。


 「ねぇ……そろそろ話してくれない?私いきなり連れてこられたからイマイチ状況を理解できてないの、友親もなにかを急いでいるみたいだし。」


 「……」


 友親は押し黙った。俯いて、避けていた現実に戻ってしまったことを憂うように。


 「友親、俺はすべて知ってる。なんで知ってるかは後から説明するよ。話したくないのなら、俺から病院に向かうついでに話してやる。」


 「オレは……」


 タイミングが悪く、涅巴の電話が音を鳴らした。携帯を開き、スピーカーをオンにしてそれに応答する。


 「もしもし、」


 『もしもし、涅巴くん?そこに友親君や妃蝶がいるね?』


 「あ、ああ、そうだ。いるよ。」


 『良かった、実は友親君に電話が繋がらないらしくてね。』


 友親は自分の携帯を開いて操作する。だが、光が灯らず、雨のせいか壊れてしまっておるようだ。


 「あぁ、クソ、ぶっ壊れやがった。」


 『健在そうでよかったよ。学校を無断で抜け出しているこの状態を私は叱るべきなんだろうけど、今回は辞めておくよ。』


 『ただ、"病院"から二度目の連絡が君に言ったときには、携帯が壊れて使えなくなってしまった様だね。』


 「病院……?ねぇお父さん、それって……」


 『だから、ここは私から連絡させてもらう。』

 

 「……」


 友親は頭を毟り掻いた。やがてくる現実に反抗するように、受け入れることの難しい門題に反発するように。


 そして、理解する。後悔はもう遅いと。


 『君のお母さんの教子さんが逝去された。…すまない、もう少しオブラートに包めたかもしれないね。』


 「あぁ、もう、くっそ、クソが……!!」






 涅巴達から300m先、HOTEL NAGANO屋上。


 「ヒュー、酷く失敗したな、王子様。」


 「王子は辞めてください、そして何故また僕の元に現れたのです?貴方の職務放棄が目立つ様になってきたとは聞いていましたが、今回は塔から離れすぎです、すぐに持ち場に戻りなさい。」


 和服の男は肩をすくめて、呆れたように、そして遊んでいる様に話し出す。


 「つれねぇなぁ?てめぇを慕う善良な部下が、わざわざ手伝いに来てやったんだ。どの道、奴等に襲撃を察知され、剰え完璧に迎撃された、なのにてめぇは何の戦果も得られずにノコノコと家に帰る、そんなのは無理だもんなぁ?」


 青年は男の言葉には耳を貸さず、顔を背けた。


 「一言でいい、俺に殺れと命令しろ、そう伝えるだけで奴ら全員を滅してやる。」


 男はニヤニヤと笑いながら何もない空中に手を伸ばす。

 腕の先に立ち上る無数の紫色の光の粒子、それは大きな黒い猟銃の形へと変化した。その銃身には銀色の装飾が煌めき、漆黒の体をより際立させている。


 その銃口を彼らのいる方向へ向け、片目を軽く閉じ、大雑把に片腕のみで構えた。


 「……やめろ『テロス』、貴様の"愛の化身"としての名が廃れるぞ。」


 男は予想通りのつまらない言葉に溜息を吐き肩をすくめる。そのまま猟銃を捨てる様に手放し、猟銃はその銃口から火花を散らすこと無く、風に吹かれた砂の様に塵となって消えた。


 「んなこと言われてもなぁ?今の俺に愛の化身としての側面は薄い、だだ此処に在るのは破壊だけだ。」


 一通り話し終えた男は青年に背を向けて歩き去っていく。


 青年は最後に一つだけ質問をする。


 「…貴方は何故そこまで残忍になれる?あの女も貴方の家族の様なものでしょう?」


 男は踵を返そうと止まりかけるが、結局背を向けたまま歩き続ける。


 「…家族にも優先順位ってやつが在るんだよ。」


 一言だけそう呟く様に返し、先程の猟銃のように紫の粒子となって消えた。






 秋峰病院内 ロビー


 涅巴たちは受付を済ませ、教子のいる病院室へと向かい歩いていた。

 四人に会話は無い。先頭を何も言わずにトボトボと歩く友親の後ろを歩くのみ、妃蝶が何か声を掛けようとしたが、重々しい雰囲気の漂う友親になにかを言う勇気が出なかった。


 雨が上がり、隠れていた太陽が窓から友親の顔を照らすも、後ろからではその表情を見ることはできない。だが、どんな顔をしているかはなんとなく理解出来てしまう。


 前にこの病院に来た時は、自分達になにか出来ることは無いのか、と考えた。でも今にもなっても考えつくものは無い。


 そして、いつの間にかあの病室の前へと到着していた。

 友親は少し躊躇しながらも、部屋にノックをして、ドアノブに手をかける。

 もう後戻りは出来ない、後悔は意味を成さない。

 そんなことを身に染みて感じながらも、ドアノブを軽く捻り、戸を開けて中へと入った。


 先に少女のすすり泣く声が聞こえた、そして医者の声と、何処か落ち着いた恩三郎の姿が見える。

 

 「……あぁ、友親君、来たんだね。」


 返事も相槌もせず、ただベッドに横たわるものに目を向ける。

 菫がそれの手を強く握って、顔を伏せていた。


 「…お袋……」

 

 「…あっ、お兄ちゃん……」


 友親は菫の隣に寄り添って、抱きしめる様に肩を寄せた。

 だが、抱きしめる力はあまりにも弱々しく、ベッドに伏せるように顔を埋めた。

 

 「……クソ、くっそ、なんでなんだよ、なんでお袋がこんな目に……」


 恩三郎が涅巴に耳打ちをする。


 「…私は医師の方と話してくる。それまで友親君や菫ちゃんの側にいてやってくれるかい?」


 恩三郎は医師と共に病室を出ていった。

 残された者たちと病室に時間が止まった様に静粛が訪れる。時刻はまだ十時に差し掛かった段階、雨上がりの雲はゆっくりと日の光を漏らしだし、それは時間の経過を実感させるようであった。


 「…涅巴、どうしてだ?」


 友親は涅巴に疑問をぶつける。


 「どうしてオレたちがこんな目にあわなくちゃならない?」


 「意味わかんねぇんだよ、どうしてお袋は死んだ?オレがアイツらの言いなりになったからか?オレが選択を間違えたから?」


 どうにもできない感情を疑問として涅巴にぶつける。答えを出してくれるとは限らない、そんなことを理解していながらも、一縷の望みをかけて、理不尽をそのまま涅巴に向けた。


 「オレは、どうすれば良かったんだよ。」


 涅巴から自信を持って言える答えは無い。家族との死別は相当心に来るものだろう、同情はできる、でも何故そうなったかなんて解らないし、知ることも難しい。


 「……わかってる、他の人に聞いても答えなんて出ないって、これは、オレが何とかしないといけねぇんだ。」


 「誰かに話して楽になるのは簡単だ、でもそれじゃあ何も変わらない、次に進むために、オレは罪を償わなくっちゃいけねぇ。」


 これは、全ての元を辿れば総じて自分の所為となる、それを知っているから出た言葉

だ。

 数年前の飛んでいったボールを追いかけたあの日から現代に至るまでに何も行動を起こさず、ただ一時の快楽に身を沈めた故の罪罰、後残りを始末しなかった怠惰の代償。

 逃げに逃げた末の応報の味は、とても苦く辛いものだった。

 

 「…友親、言っておこう、確かにこれはお前の始めた責だ。」


 唇を噛みしめる、自分の頭で理解していても、重ねてそれを確かめさせられることは苦痛であり、何より罪への意識が高まってしまう。


 「だが、その責は、責を背負う者はお前一人じゃない。」


 涅巴は毅然とした態度でそう言い放った。

 その責は自分だけのものではない、そう涅巴は言った。それは何故か?他者の所為でも在ると励ますためか?


 そして、その慰めは、彼には、毒に過ぎない。


 「一人、じゃない……、冗談じゃねぇ、オレは他人を汚した、己の欲望の為に他人を傷つけたんだ、自分の力でもない実体のない力に溺れて好き勝手暴れて、周りの迷惑も考えずに私欲の限りを尽くした…ッ」


 「いきなり更生したかと思えば今度は暴力団に手を貸して人拐いを起こしたときたもんだ、まがい物から犯罪者に降格だ、家族のためと大口叩いて、自分を正当化しながら暴走したんだ…」


 「その結果がこれだ…ッ、何一つ守れてはいねぇ…オレは物事を解決しようと努力してる振りして、無鉄砲に動き続けてただけなんだよ、オレが何一つとして正しい行動をしてこなかった…その所為でこんな結末になったんだよ…ッ!!!」


 激情と無念に駆られ強く拳を握りしめる、短い爪を掌に突き立て、皮膚が剥がれそうなほどに力を込めた。


 「オレは、何一つとしてやってこなかったんだよ…」


 激情は燃料を失った火炎のように勢いを消していく。残る無念は怒りのあった場所を続々と占領していった。


 「あれだけ道を変えることが出来た筈だったのに、何も考えずに突き進んだ……、それが、この……オレの、罪だ。」


 罪、ならば彼は罰を望んでいるのか、でもそんな罰の執行人は存在しないし、罪を覆す方法も無い。


 「…それは確かにお前の罪であり、責であり、他の誰でもないお前の所為だ。」


 項垂れた友親に追い打ちをかけるように涅巴が言った。そして──

 

 「それでも尚、その責を背負う者はお前一人ではないんだよ。」






 「私ね、気づいたんだ。おかあさんが言ってたことの意味。」


 菫が友親の服の袖をぎゅっと掴んで語りかける。


 「お兄ちゃんと私で一緒に生きていかなけければならないって、でも、絶対に二人だけで生きなきゃいけないって意味ではないんだよ。」


 「……」


 膝を床につき、力が抜けたように項垂れた友親は、ただぼうっと妹の言葉に耳を傾ける。


 「お兄ちゃんはずっと一人で頑張ってきたんでしょ? なら、私を頼ってよ。私じゃちからぶそくなら、涅巴お姉ちゃんとか、妃蝶ちゃんを頼ろうよ。」 


 菫は俯いた顔を覗き込むように屈み、両手を友親の頬に添えて視線を合わせるように面を上げさせる。


 「でも…、」


 「でもじゃないの。大丈夫、みんな意地悪しないし、きっと助けようとしてくれるよ? お兄ちゃんが私やおかあさんを助けてくれたみたいに!」


 菫はにこやかに笑みを浮かべ、友親の頭を優しく撫でた。


 「なんで…おれは、助けたなんて、そもそもこれはオレが…ッ!」


 「いい加減観念して俺たちを頼れよ、俺が何を出来るかって聞かれたら、まぁ、そんなねぇんだけどよ、なんかあったら妃蝶が何とかするし、深く考えんな。」


 「なんか涅巴の言い草が気になるけど……、私に出来ることがあるなら、させて欲しい。上手くは言えないんだけど、責任が誰にあろうと、みんなで分担した方が軽いでしょ?」


 「…んな、意味わかんねぇよ……」


 友親は再び俯き、金に染まった髪をくしゃくしゃにして赤く腫れた目元を拭う。


 「なんで、お前らがそんなことをする必要がある…?そんな義理、お前らには……」


 「あるさ、何せ、俺たちは友達だからな、友達を助けるのは当然だろ?」


 ──友達、涅巴が何かと多用する理由、何度も偽り無く言ってくれた、他の言葉を必要としないたった一つの理由。

 涅巴は友親にゆっくりと屈みながら歩み寄り、手を差し出す。鼻水と涙で濡れた顔面と視線を合わせ、笑いかけた。


 「──ッあ……」


 自分の手を求めるその色白の手を掴もうとして、押しとどまる。自分にその手を握る資格は在るのか、とまた葛藤した。


 「…私は…こう思う。」


 白髪の少女が涅巴の後方から声をかける。


 「君は、人の所為にしたくないんだね、」


 心臓が大きく鼓動する。爆ぜたような音が耳と頭の中を蠢き、血の巡る音が躍動する。


 「家族を、友達を守りたいから、できるだけ危険から遠ざけて置きたかったんだよね。」

 

 「………」


 「私と涅巴は見えない糸で繋がってるんだ、それで彼の思い出が少しだけ流れ込んでくるの。あの今日と同じ雨上がりの日、涅巴が助けに二人で行こうって言ってくれた時、嬉しかったんでしょう?」


 あの日感じたものは確かに心に残っている。忘れられる筈もない。


 「自分が頼れる存在が出来て、一人じゃなくなって……君は、、」


 彼女に言葉にさせる必要は無い、何せもうとっくに理解している。

 長い時間を過ごした訳でもない、元から何か特別な繋がりがあった訳でもない。


 でも、理由は無くとも、此処に在る。


 「──友情を、感じた…、」


 「そう、なら、今君がしたいことは?」


 再び目の前に差し出された掌、血色が悪く、触ったら折れてしまいそうな程貧弱な手。

 友親はその頼り甲斐のない、でも、見た目ほど弱い訳でもないその掌を……


 「……もらい泣きしてんじゃねぇよ、涅巴。」






 「………っあぁァァ!!!はっず…ぅぅ…!!」 


 友親が赤く羞恥の色に染まった顔面を手で覆い隠し、先刻の自分の行動に悶絶する。

 

 「男のクセにワンワン泣いて…っ、鼻水垂らしながら喚き散らすとか…、もう婿に行けねぇ…っ!」


 すっかりと辺りは暗くなり、雲一つない空に星々が眩く輝いている。

 場所は学校の屋上、月明りがよく当たり、遮蔽物の無い見晴らしの良い場所だ。

 未だ虫の声が聞こえる時期でもないため、友親の声は暗闇の中によく響く、このまま騒がしくすれば学校の教師連中に怒られてしまうだろう。


 「まぁ、屋上閉鎖されてるし、そもそもこの時間帯に態々学校にいること自体おかしいことなんだけどな。」


 ちょっと友親が辛そうなので気晴らしに壁を登って連れてきたのである。優しいね、涅巴君。

 

 「好きな女の子の前で泣きわめくってのは、応えるよな…」


 「やめろ……、は?今なんて?」


 「え、ビンゴ?マジ?まぁそうだよな、友親も年頃の男の子だし、あんな可愛い子には婿入りしたくなるよな。」


 思えば彼と彼女の関係は幼馴染みだ。そういった親しい関係になる事は何ら不自然ではない。


 「いや、ちがう、違う違う。」


 「俺とお前の仲だ、秘密の共有はしても問題ないだろ? 因みに俺は保健室の猫又先生とか……」


 「ちがうっての!」


 友親は往生際の悪く否定を続けた。


 「確かに気がある時があった、事はまぁ、否定しねぇけど、今はそんな恋愛感情とかそんな感じのはねぇよ…」


 友親はそう言いながら照れくさそうに頭を掻いた。

 彼と彼女の関係については"幼馴染"程度しか聞かされていないため、込み入った話についてはよく知らない。最近まで疎遠になっていたとのことのなので、幼き頃の思い出と同じ様に恋情も薄れて行ってしまったのだろう。

 

 「…涅巴、お前は妃蝶に求婚したんだろ? しかも出会った直後に。そんな相手が他人に好意向けられてるかもって時に、よくもまあそこまで平然としてられるな。」


 涅巴は日々を思い返すように目を瞑り、そして苦笑いが混じったような笑顔ではにかんだ。


 「確かに妃蝶はすっげえ可愛いし、美人でお淑やかな良い子なんだけど、俺の側で生涯を過ごすとかはして欲しく無いというか、勿論嫁に貰いたいけど、それはなんか違うというか……」


 「なんだよそれ、結局どっちかわからねー。」


 「好意はあるが、恋情ではなく、恋はしたが、それは……まて、これアレだ、アイドルは好きだが自分が好かれるのは解釈違いみたいなアレだ!」


 「なるほど、マジでわかんねぇ!あと話しの趣旨が少しズレてる気がする!」


 これがどんな感情に位置するのかは解らないが、面白いので良しとしよう。


 二人の笑い声が向かいのビルに小さく木霊した。夜も深くなり、髪を少し揺らす程度の風が肌をひんやりと冷やす。

 洗剤の甘い香りが風に乗って軽く鼻腔を掠めた。

 

 ふとした瞬間の、香りに釣られ、屋上と病院内を繋ぐ扉の方向に振り向いた。


 「…褒めても何も出ないからね…、ばーか。」


 そこには先程の友親と同じ様に顔を真っ赤に染めた妃蝶がいた。

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