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命の神  作者: oto
一部 一章 "三日月は昇る"
32/35

32 "不可思議な雪と霧"

 「あっあぁ……」


 目の前で先程まで自分を抱きかかえ、街中を飛び跳ねていた女性が死んだ。

 名前もろくについてもいない彼女は絶望の表情で死んでいったのだ。とても不憫で、可哀想で、残念なことだ。

 だけどそれ以上にあれだけ強かった彼女が、恐ろしいあの魔法を使う事が出来た彼女が、あんなにも呆気なく死んでいった。それに驚いて、怖すぎて、言葉もでない。

 怖い、怖い、逃げたい、そんな言葉が頭の内で木霊する。

 でも彼らはどうなる、私は逃げれたとしても彼らは? 一人逃げたとして、必ず一人は死ぬだろう、そして追いかけられ二人目も死んでしまう。逃げるなら今だ、今しかない、彼らを囮に使って逃げればいい、誰も私を責めることはないだろう。それどころかよく生きていたと称賛するに違いない。

 そうだ逃げてしまえ、逃げろ、逃げるんだ、でも、動かない、足がガタガタと震え固まって動こうとしないのだ。


 「なんでなんでなんで…っ!役立たず…!」


 いつもそうだ、肝心なときに震えて何もできなくなる、昔いじめられたことがあった、ぶたれて、水をかけられ、影で悪口を散々言われた。何かしら理由をつけられてはいじめられ、命を絶ってしまおうかとも考えた、でも出来ない、死にたくないと手に持ったナイフを落としてしまった。

 助けを求めることも出来ずに、せずに、ただ何かが起きて突然といじめが終わることを願っただけ。

 ──でも、全部これで終わり、


 「みっみんな……おわり……死んじゃうんだ……」


 感情は伝染する、特に絶望といった強いものは簡単に人に伝わるのだ。だが、絶望という負の要素が伝染するなら、反対の要素もまるで病の様に伝染する、


 「……あれ? 屋根の上……あの人、誰……?」


 例えば希望と言う強い願望も広がっていくといえる。






 「うそだろ……?」


 しんでる?まさか、あんな化け物じみた力を持ったあの女が?


 女は腹から大量の血液が出ていて、目からは光が抜け、生気がまるで感じられない。

 

 「く、くろは? まだこの状況を打開する策は、ある…のか?」


 「あったら、もうやってるさ……」

 

 涅巴は力無くそう言い、項垂れた。まるで生きることを諦めたかのように。 


 「なんだよ、それ、俺たち出来ることはないと、このまま死ねってのか?」 


 怪物をちらりと見る、熱で溶け切ったナタを不満そうに眺めていた。多分だが、それに怪物が集中している間が、自分らが生きていられる最後の時間だろう。


 「また、打ち直しでもしてくれねぇかなぁ……」


 そこで砕けて折れ落ちた道路標識が目に入った。あの怪物が最初に薙ぎ折ったものだ。      

 丁度鋭利な形になっている、持って突進すれば突き刺す位なら出来るだろうか、いや、そんなことをして何になる、最早無意味だ。

 

 「…あ?」


 今一瞬、あの女の指が動いた様な、いや、でも、もしかして、


 「──っがっはっ!!」


 その時少女が血を吐き出して、大きく仰け反った。


 生きてる、生きていやがる!!あいつ、あんな致命傷を受けたのに生きてやがる!!

  

 だが、無防備なことには変わりない、怪物は生きていたと確認するや否や壊れかけのナタを大きく振り上げた。


 ──これは、だめか、硬いコンクリートの地面を安々と砕くあの腕力と速度、彼女では避ける事などできるはずが無い。


 ──オレがここで飛び込んで、あの女を助けることはできないかな。


 友親にそんな考えが浮かんだ。


 いや、無理だろう、オレが動いたところでオレも殺されるのがオチだ。

 彼女が絶命した後、何が起こるかなんて事はもうわかりきっている。もう数秒もすれば全て終わる、自分も友達も、それならもう、これからどうするかなんて考える必要はないか……

 

 それを理解すると、脳は後先のことではなく、過去のことを走馬灯の様に思い浮かべる。


 ──そうだ、もうすぐ全てが終わるのだから、責めて楽しい記憶を思い浮かべながら死のう。


 辛く苦しいものは飽きる程に知った、今はただ、目を瞑って休ませてほしい。


 ──もう、これでいい……


 『あの時妃蝶を助けなければ、何もしなければあんな奴らと敵対することも無かったんじゃ……』


 何を思い出してる、そんな事は思い出さなくていい。


 『そうか、今日はありがとうございました。すぐ元気な顔見せてやるから待っといてね!』


 今考えるべきことはそんなことじゃない、


 『お袋、また来るよ。』


 ……もう、終わったことだ、叶うことの無い約束だ、だからこれに意味は無い。


 「呆気ない人生だったな、叶うなら、もう少しだけ、」


 そう言って涅巴も生きることを諦めたのか、ゆっくりと目を瞑った。


 「…」


 名も無い少女が悲痛そうな目でこちらを見ている。

 何かを訴えかけるように、


 




 「おい、何か言えねぇのかよ、タコ。」


 「ひっ、いっ…や、」


 いつかの記憶、中学生の時、体育館裏で、


 「ねぇきょーちゃん、速くやっちゃってよ!コイツいつもすました顔しててウザイの!」


 「そーだな、おい二年、コイツの足開け、」


 「はっはい!」


 昔一緒に野球をやった仲の友人たちが誰かをイジメていた。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ…!それだけは、」


 「喋りだすのがおせーんだよ。」


 その内の一人が、いじめられていたその女の子の口に、大声を出せないようにとガムテープを貼って、年下の男が女の子の股を開いて閉じない様にと押さえている。


 主犯の男が、カッターで女の子の服を切り裂き、肌を露出させた。

 取り巻きの男たちはニヤニヤと笑っている、男にくっつく女たちもクスクスと笑っている。


 ──これよりももっと前、まだ野球を心から楽しんでいたときの、中学二年の夏、


 「あっ、おい!どこ飛ばしてんだよ!」


 野球の試合前の土日の練習、

 その時誰がそのボールを打ったか忘れてしまったが、良く弧を描いて学校のグラウンドを大きく越えたことを覚えている。


 みんなでよく飛んだと喜びながらも学校の外へと駆け出していった。


 だがそのボールの着地したところが悪かった。


 「おいゴラァ!! どこにぶち当ててくれてんだゴラァ!!!」


 運悪く近所じゃ有名な暴力グループの高級車に当ててしまったらしい、車のボンネットが大きく凹み、黒い車体には傷と砂汚れが付いていた。


 「この傷どうしてくれんだぁ?てめえらの金で弁償できんのかぁ?」


 部活中にも関わらず、五人程度いたオレたちは近くの事務所とやらに連れ込まれた。

 通常の彼等なら慰謝料を兼ねた高額の修理費をふっかけてきたり、ケジメとやらをつかされるのだろう、だが、今回は違うようだった。


 怖い大人たちはいろいろ話し合ったみたいで笑顔でオレたちを解放してくれた。

 なんでも、新しい仕事がどうたら、直接的には教えてはくれなかったが、野球部の皆を利用するつもりらしい。


 でもオレたちには拒否権がない、恐怖心により保身が勝ったオレたちは従うしかなかった。

 指定の場所にバッグをおいてくるだけ、そんな簡単な仕事だったけど、中になにが入っているのかとか、絶対に知りたくはなかった。だって、大量の芳香剤のような薬品の匂いとか、異様な重さも持つものとか、そういった物が多くあったからだ。


 でも、それも直ぐに終わった。お前たちにもう用はない、と焦った様な顔になった男たちが言ったからだ。


 そして、野球部には平和が戻ってくる、昔の様に野球を楽しくやれる、そう思っていた。だが、そんな日々に戻ることは、容易なことではなかった。


 彼等の後ろには危ない奴らがついている。

 野球部の奴らは皆力が強い。

 逆らえば暴力を振るわれてしまう。


 そんな噂話が、学校中に広まったのだ。


 その頃には野球を楽しむことなんて、オレを含めた皆、忘れ去っていた。

 身にそぐわない力をいきなり持ってしまった、物事の見分けもつかないオレたちは、その力を思うがままに存分に振るってしまった。

 バットは人を脅すために、ボールは投げつけるために、グローブは倉庫に投げ捨てた。

 教師に隠れ実質的な学校の支配者となったオレたちには、もう止まるなんて選択肢は無かった。


 そして、中学三年のあの日に戻る。


 オレは取り巻きとして、一歩離れたところからその地獄を見ていた。


 その前からオレは、彼女をずっと見ていた。何かといじめられ、気が弱くて、でもそれでいてすごく美しい。いや、まだ幼馴染みとして家の近所の公園で一緒に遊んでいた、そのずっと前から見惚れてしまっていた気がする。

 

 ずっと容認してきた、彼女がどんな目に会おうとも、見ないふりをしてきた。見えないふりをしてきた。

 自分が可愛くて、何もしなかった。この快楽に浸っていたくて、堕落した。


 ──でも、あんな目で見られたら。


 助けを乞うような、最後の希望に、昔の友人に縋り付く様なあの眼差しを向けられてしまったら、


 オレは自分の拳を、昔の好きだった友人のために、今の友人の顔面に叩き込むことを恐れる事も躊躇うことも、


 ──出来るわけがないだろう…!


 オレは、彼女を助けた、弄ばれる寸絶だった彼女を、共犯者に過ぎないオレが…。






 「ゥラァァァァア!!!」


 友親は走る、ナタが振り落とされる前にあの少女を助けるために、もう二度と共犯者にならないために、


 「──っ間に合ぇーっ!!!!」


 友親は少女のうなじに目掛け手を伸ばし、服を掴んで引っ張り出す。

 火事場の馬鹿力を体現するように右腕の筋力の全て、それ以上を使い全力で攻撃を避けさせる。


 「──みたか、オレの一度壊れた正義を……!!」


 思い至ってからわずか0.何秒で全てをこなした、人間の限界を越えた動き、それを持って少女を見事救出した。

 だが──


 「うぐっ…ぁ…」


 力の反動か、右腕の先から足先までの全筋肉が脱力する。同時に脳に来たる極度の倦怠感、それが友親を襲った。


 「まず…」


 外したことを悟った怪物から第二撃が飛んでくる。それを耐えきれる力ももう無い。


 「ォ゙ンドラァァァア!!!」


 赤い火花と共に燃えたぎる炎が攻撃を防いだ。それどころか反撃に炎の刃が怪物に食らいつく。


 「はは、こんな主人公みてぇなムーブされたら、俺も黙ってはいられねぇ…、その砕けた正義、俺が補強してやる…!!」


 「……涅巴……!お前、絶対逃げると思ってた!!」


 「そこは絶対に大声で言うところじゃねぇな!?まぁ否定はしねぇがな!」


 友親はその返答に苦笑いをしながら、その汚れまみれの拳を前に向ける。例えあの二人の様には戦えずとも、自分の正義をやり通すぐらいなら出来るばすだと。


 「しゃあ、やるぞ!大親友(ともちか)!!」


 「おうよ!この戦い、勝てずとも負けはしねぇ!!」






 「はは……すごい、これなら、もしかして。」


 妃蝶はずっと傍観していた。結局そこから動けず、何もせず、ただ怪物と三人の動向を物陰から見守っていた。


 友親が涅巴を鼓舞し、あの少女は一旦身を引き、自身の傷を治すことに専念している。

 これなら勝てる、いずれは三対一の優勢となり、あの化け物を倒すことができる。そう考えながらただ見守っていた。


 ただ、それだけ。


 わかっている。


 動かないといけない。


 これでは勝てない、少女の回復はまるで間に合いそうになく、涅巴はもうボロボロで、あの細い足は今にも砕けそうだ。友親はただ息をする暇もないほど拳を連続で突き出し続け、二人に攻撃が行かないよう必死に盾となっている。


 そう、次期に友親の限界がくる。その時、この陣形は崩れ、近い順に殺されていくのだ。


 未来は一切変わっていない。ただ先延ばしにされているだけ。自身が死ぬ未来も確定した様なものだ。

 それでもなお、心の奥底では気づいているのに、勝てると信じ込んでいる、一種の自己催眠の様に。


 足が動いてくれない。何かしないと行けないのに、助けを呼ぶ事でも、石を投げつけ援護するでもなんでもいい、やらなければいけないのに、できない。

 そうこうしている内に雨が止んだ。体中が濡れたせいか、もしくは恐怖のせいか、脳天から足先までがブルブルと震えている。

 

 「大丈夫、勝ってくれる、必ず勝つ、だから泣かないでよ、勝つんだから希望を持ってよ、必ず生きて帰れるから、だから震えないで……」






 私は優越に浸っていた。

 自分より下のものがいることがこの上なく嬉しかった。

 弱い自分より弱い者は卑下していいんだ。だってそうでしょう?皆が私にしたんだもの、その様に私も振る舞ってなにが悪い。


 私は中学生の時から一人だった、高校生になってからもそれは変わりない、狭い市内の学校だったから、昔の私を知っている人も多くいた。

 いじめられた悲劇の女の子、羽ばたく翅を折られた可哀想な子、そんな嫌なレッテルを貼られた……でもそれを利用してやろうと、その時の私は考えたんだ。

 可哀想なのだから少しは多めに見よう、なんてそんな扱いを夢見て行動を始めた。


 始めの標的は年下の子決めた。支配下に置きやすそうだと考えたから。男でも女でも一人孤立をしている子に声を掛けて、良い先輩として生きて、依存させてやろうと生意気にも考えた。

 だから一年生の間は文字通りの可哀想な子を演じた。そのお陰で私をいじめようとする女たちを男たちが止めてくれた。

 そして待望の時がきた。二年生になって早々、私は後輩たちの様子を見に行った。みんなこれからの学校生活に希望を捉え、浮かれていた、その中で一人孤立している女の子を見つけたの。これはチャンスだと思って声を掛けようと駆け寄った。


 ──筈だったのに、


 「…あれ、足が、動か…ない…?」


 実際は駆け寄ることもできなかった。足が竦んで動かなくなり、小鹿のように震えた足は、行きたくないと拒否反応を表していた。

 

 「これだけ頑張って一人で生きていたのに…?まだ、一人で、」


 私は一人その場に膝をついた。それを一年生の皆が見ていた気がする。でも、皆駆け寄ってはくれないし、声もかけてはくれない。

 皆、ヒソヒソと小声で私を見て話すだけ。

 でもそんな状態慣れっこだった。だって、まるでいじめられていた時と同じたったんだもの。それが悪口ではなくとも、奇妙なものを見た様な様子だったのは確かだと、私は思う。


 でも、そんな絶望の日々が続いて数日、彼が現れた。


 「結婚しよう。」


 そんな、ばかみたいなことを言ってくる彼が。


 勿論断った、出会ったばかりの人と一生を共にするなんて、そんなあんぽんたんなことは私も考えない。

 でも彼は、理想だった。

 男のクセして弱くて、私より体力がない。腕相撲でも私が圧勝した。男の人とやったのは久しぶりだったけど、もっと記憶の中では硬くて、力強いイメージがあったのに、彼は真逆だった。ペットボトルは開けられないし、ちょっとした坂道ですぐバテるし、何より私なしではろくに通学できない。

 それに、女の子におんぶしてもらってるのに、勝ち誇った様な顔でいるんだもの、可愛くて可愛くて仕方がない。

 食べ物の好き嫌いは多い、朝は起きれないし、夜は眠れない、授業は寝てるし起きてても内容はまるでわかってない。仕方なく私はノートを写させてあげるし、基礎から時間を割いて教えてあげている。

 口は悪いしカッコつけて四字熟語やことわざを使うけど、たまにその意味が合ってない時があるし、二つが一つに混ざっている時もある。


 そんな彼はだめだめで、弱くて、誰かの助けがないと何もできないの。そうでないといけないの。私より弱くないといけないのに、


 ──あの女が現れた。


 友親が現れたことも想定外だった。転校生が来ると聞いて期待していたのに、そこで"怖い存在"である友親と彼が接触してしまった。それはいい、ある程度は良いことだ。私も話せる程度になったからね。


 でも、あの女は違う。


 (くろは)を異性としてみている訳ではないの、そういう嫉妬をしているわけじゃないんだ。でも、あの女は出自不明で、記憶も無く、名前すら無い。髪も白いし、目も赤くて他とは違う。


 ──あぁ、そうなんだ。彼女は可哀想な人間なんだ。私よりも、弱い子なんだ。

 それだけじゃなくて、彼女は、弱い彼を弱い女の子を助けた勇者に押し上げてしまったの。


 私から、涅巴を奪ったの。


 だから、始めて出会って、彼女が寝る部屋を決めるとき、彼女と一緒にいることに嫌気がさして、彼女を突っぱねた。今にして思えば、あの時は皆、得体のしれない彼女と一緒にいることへの拒否反応だとでも思っていたのかもしれない。

 でも、涅巴はたぶん、私の本心を見透かしていた。ジュースとか、お父さんやお婆ちゃんは少し引き攣った様な顔をしてたのに、涅巴だけは私に笑いかけたんだもの。

 彼はそんなことしなくていいのに、できないのが私の涅巴なのに。


 でももういいの。次は貴女が私の(おにんぎょう)になればいい。


 ねぇ?まだ名も無い女の子?


 だってこれほど適した後継者はいないもの!私より弱い、少しは出来ることが増えてきたみたいだけど、それもオワリ!!貴女は私より弱ければいい、お人形であればいいの、私が動かせばいいの、そう、私が貴女の糸を引いてあげるっ!!外国のお人形(マリオネット)みたいに可愛らしくしてあげる、あんな失敗作(くろは)もういらない、いらないのっ!!


 そうね、名前がないなら私も考えてあげる。メイス…そう、メイスがいい!だって私の物なんだものっ、ドイツ語にしたのは良い選択だっ。


 そうだ、これでいい。これでいいの。


 彼女は私のもの、貴女は私のもの。


 だって、私より、貴女は、弱い、






 ───なんて、一時期考えてた。


 はは…そんな訳、無いのにね。


 弱い子が、記憶を失って、名前まで失って、あんな冷静で居られる筈が無い。

 朝方、涅巴を起こしに行ったとき、私は見た。あんな笑顔になりながら、楽しそうに朝食を作る姿、あの力強い姿を持った女の子を弱いだなんて、言えるわけがない。


 今もほら、あんなにも苦痛に耐えて、一刻も早くあの二人を助けようと強い眼差しを向けている。


 結局、一番弱いのは私だ。皆、弱い自分が嫌で努力して強くなっていく。こんな独りよがりな弱さの押し付けをしている私では、勝てるはずがない。


 「……あーあ、格好いいな……あの子は……」


 「みんな、格好良すぎるよ……」


 また、視界の奥に、屋根の上に人影が見えた。彼は、もしくは彼女はなにを思って、あそこにいるんだろ、私たちを見ているのかな。


 ──いや、そんなことはどうでもいい。


 なんだか、すっごく、


 「ムカついてきた……!!」


 なんでみんなばっかり格好いいのさ、私だって格好良くありたいもん、寒いし、歯がガタガタ震えてうるさいし、もう嫌になっちゃう。


 てゆーか、なんでアイツはそこでのほほんと立ってるのさ、見てるなら加勢してくれてもよくない?それともなに、この怪物の上司さん?だから高みの見物って?


 ……上等じゃん、


 未だ震える足に力を入れる。


 ざこならざこなりにやってやりますよーだ!


 震えて力の入らない足を、腕を身体を無理矢理動かす。


 それが、私の、私なりの…


 そして、地べたに這いつくばった身体を叩き起こした。


 「大反撃ってやつだかんね!!」


 ──あ、そういえば……あの背中、


 何処かで助けてもらったような……?






 「いっ……くそ、友親!!このままじゃジリ貧だ!!雷をもう一度使ってコイツを一気に葬る、あの女を守ってくれ!!」


 「なっ無茶だろ!!もうお前もアイツも限界だ!一旦お前らだけ引いてオレに任せとけ、んで回復して戻ってこい!!」


 どちらの手を使おうとも、誰かが犠牲になってしまう、一人でも欠ければ奴の猛攻を耐えることは出来ない。


 「てぇえりぃぁああ!!!!」


 「なっ、妃蝶!?」


 妃蝶が道路標識を持って突進してきた。ポールを思い切り振り回し、ガードレールを削りながらも怪物に一矢報いようと懸命に叫んだ。

 足は震え、顔は強張り、溢れ出す恐怖を抑えようと必死に叫ぶ。

 だが当たらない、涙でぐちゃぐちゃになって前も見えず、でもやらなければと自信を鼓舞し、奮い立たせる。


 「妃蝶、お前……」


 怪物は冷静に全てを避け、少しの間観察し、相手がろくに戦うことの出来ないただの人間だと理解した。

 ナタを斜めに構え、相手がポールを振り切った直後に反撃を入れる。


 「──っあ!」


 ナタはポールを突き上げ、空へと吹き飛ばした。


 「いった…!」


 妃蝶は突き飛ばされた衝撃により尻餅つく。怪物の力は予想以上に強く、魔力による援護も筋力も無い、ただの一人の女の子の力では到底敵うことは無かったのだ。


 「……あっ」


 足が、また固まって、また震えて……!


 怪物は無感情な目を妃蝶に向ける。ただ狂ったような、何を考えているのか読み取れない無垢な目で見つめていた。


 「……やめ……て、助け……」


 ただゆっくりとナタを振り上げ、刃を落とす、これまで幾度とあった死が近づく感覚、それが鮮明に思い出されていって……


 「はよぉ動けやオタンコナスがあぁぁ!!!!」


 突如として自分に降りかかる怒号、そして涅巴が飛びついてきた、否、抱き着いてきた、また否、突き飛ばしてきたのだ。


 「いってて……」


 「……この桃源郷にぶつかれるとは……人助けはするもんだな……」


 刃が頭を割る直前、涅巴が危険を顧みずに自分を助け出した。それを認識し、少し涅巴を見直した妃蝶だったが、そこで気づく。


 「──っ、どこ触ってんの、アホっ!!」


 「ふぐぁライダキッ……」


 どさくさに紛れて胸に顔を埋めていた涅巴を蹴り飛ばし、顔を赤くしながら叱責する。


 「バカアホたんこなす!!絶対結婚できない!!!」


 「フッ…君が結婚してくれるからいいのさ…」


 「おいおいっ!うらやまっ……敵の目の間で遊んでんじゃねぇ!!」


 涅巴は立ち上がり妃蝶の手を引いて友親の後方まで下がった。

 続けて小型の炎弾を怪物に射出する。だが簡単に炎弾は断ち切られてしまった。


 くそっ、やっぱり"炎"じゃあ効き目が悪い、"雷"は連発できないし、アイツみたいに血を操る事も難しい…、元から使えた魔法を使うか……?でも、直接的な攻撃力はねぇし…、そもそも隙を見せたらあの"雪泥鴻爪(おおわざ)"がくる…それだけは絶対に避けねぇと…


 「涅巴、手立てがないなら、お前ら三人で逃げろ、魔法を使えるお前らがいるなら結界ってやつも破れるかもだ。」

 

 「馬鹿野郎が、そんな薄情なマネ、女の子の前でやれるかよ……」


 「んなこと言ってる場合じゃねぇ…!このままじゃあみんなで死んじまう。それならオレが……」


 ああくっそ、悲観的になるな…、自分の持てる全てを使え、できないとは考えないでいい、多少飛躍的な考えでも、それが手段となるなら何でもいい!!

 てかなんであいつはずっと片足立ちなんだよ…!フラミンゴか?……いやまて、フラミンゴか、そうかフラミンゴ!!

 つけたくてもつけられない理由がある、影を増やさないように、体温が下がらないように、そんな感じの何か、アイツにはそれが必要な行動なんだ、例えば……なんだ?


 こっこっこっ


 そんな音を立てて、怪物はその場で小さく跳ねている。上げた右足は動かさず、立った左足は垂直に。


 あ……?まて、さっきまでコイツ"左足を上げて"なかったか?

 いつ入れ替えた?そんな素振りはなかったぞ、いや、記憶を掘り返せ、最初に出会ったとき、奴はどちらの足を上げていた?


 ──右足だ。


 コイツは交互に足を入れ替えている。

 ならいつ?どのタイミングで?


 いや、答えは一つしか無い、俺たち四人全員が奴を見失った瞬間……


 「そういうタネかよ……」

 





 「友親、奴の大技を封じる方法、一つだけあるぞ。」


 「……なんでもいい、とりあえず言ってみろよ。」


 あの怪物の動きを封じるただ一つの方法、それはその名と条件をからヒントを得た。


 「奴の足をぶち折る。」


 「なるほど……はぁ!?」


 友親の反応はもっともだ。足を折れば動きを封じることが出来る…そんなことは友親にも分かる。


 「……馬鹿にしてんのか……?それとも気が狂ったか?」


 「まぁ聞けよ、これは推測だが、奴の成した大技の発動条件、それは詠唱に加えて片脚立ちが条件となっている可能性が高い。強力な魔法には代償として自身の行動の規制などが必要となる場合がある。」


 雪泥鴻爪、ぬかるみに残った足跡が雪によって消えてしまうことから、人々の行動や生活が儚くも消えてしまう事を表す。


 確かに奴の攻撃を捉える事は出来なかった、まさに行動の始めと終わり以外が無かったかのように、動いた痕跡が消えたかのように……


 「奴は最初左足で立っていた。だがあの女に大技を振るった直後、上げていたはずの右足で立っていた、まるで一歩で移動した様にな。」


 奴の技は瞬間移動や高速移動の類だと思っていた、だがそれは違う、もっと面倒なものだ。


 「アレは起承転結の承転を抜いて起結だけを引き起こす、いわば事象の短縮化だ。全ての行動を片脚を前に出すという行動の内に起こして完結させてやがる。」


 「……正直実感わかねぇ、そんなこと魔法でも可能なのか……?」


 「極めればいけるんじゃないか?果てしない道のりだとは思うが……」


 魔法に対抗する力が無いのなら、発動させなければいい、だが、奴の攻撃手段がそれだけとは限らない可能性が引っかかる。何か他にも小細工をしているやもしれない。


 「じゃあどうやって動きを止める?生半可な攻撃じゃ当たらないぞ。」


 「フッフッフ、ならば当たらざるおえない状況を作ればいいのさ……」


 涅巴は友親に耳打ちをする。友親は一縷の希望を寄せながらそれに耳を傾けた。

 そして友親は若干不安そうに言った。


 「いや、無理だろ…それ。」






 「おい聞け!鍛冶師!!」


 ジリジリとにじり寄る怪物に向け声を発する。

 

 「今から俺たちは全身全霊を賭けた大技をお前に放つ、だからソレをその自慢のナタで防ぎ切りやがれ!

 それができるのであればお前の鍛冶の才はピカイチだ。だが受け切ることができなければお前は鈍ら(なまくら)作りの凡人、ということになる。」

 

 「これに貴様が勝てたのなら俺たちは喜んでこの首を差し出そう、お前が負けたのなら此処から身を引け!!」


 ──鍛冶師の怪物は動きを止めた。


 この提案を受ける必要はない。受けようと受けまいと自身の勝利は確定している。目的は対象の殺害、及び回収、三つほど想定外が混じったが、する事は変わりにない。


 故にこんな挑戦は小蝿の様に振り払えば良いのだ。


 だが彼は動きを止めた。

 必要は無い、自身の心情も、信念も今は考えなくてもいい。何せ彼は使い魔に過ぎないのだ、取り決められたことを成すだけの作られた怪物で良いのだ。


 それでも──

 自ら作った武器はそうしたいと言っている。

 戦いたいと、受けたいと、己の力を試したいと。そして、それ以上に……


 己の魂が戦いたいと、そう叫んでいた。


 「おい……まじかよ。」


 怪物は武器を構えた。決して攻勢の構えではなく、自身の盾としてナタ構えた。


「まぁ、それもそうか、武器を争いの最中に打ち直すぐらいだ。鍛冶と自作の武器に情熱を持っていたとしても、不思議じゃない、よな?」


 「へへへ、正直上手くいくとは思わなかった……、失敗したら妃蝶の色仕掛けでどうにかしようと思ってたけど……」


 チラリと妃蝶の方を見てみる。


 硬直、折れた道路標識を構えて立ったまま気絶している。どうやら勇気を出し過ぎて固まってしまったようだ。


 見なかった事にして、再度怪物を見据える。


 「じゃあ、作戦Aといこうか……」


 作戦Aもなにも一つしか用意してないだろと友親は思いつつ突進する。

 怪物は確実に回避しない。相手にとって回避は自身の武器に信頼を置いていないと言う事と相違ないのだ。 

 友親は囮、未だ片足立ちを辞めていない怪物の注意を引く、涅巴が奴の足を地面につかせるという難題をクリアするまでの時間稼ぎだ。


 「ッラァ!!!」


 拳をナタ目掛け打ち込む、鉄の硬さに拳がじんわりと熱くなり、少しの痛みが広がる。怪物はびくともせず、ただそれを耐えきった。


 怪物は次の攻撃に向けて意識を集中した。そして友親が左の拳を打ち出した時、

 

 「掴むものは一本だけ、空中にいる間に放ち切る……」


 すぐ近くの電線から火花が散る。涅巴が大きく空を飛んで電線を一本引き抜いたのだ。


 離陸した地点から電線を通過して弧を描く様に落下し、怪物の背後に回る。 


 「目指すは一点っ!!右足のみっ!!!」


 涅巴は掛け声と共に電線を鞭の様に放ち、怪物の右足に巻き付けた。


 「オラァい!!!!」


 落下の衝撃と共に電線を思い切り引っ張り出す。


 地面に涅巴の足がつき、電線から電流が流れ出す。少しの激痛の後、電流が収まり、すかさず後方へと引っ張り続けた。


 怪物の足は今にも地面と触れそうになる、そして、涅巴と友親の双方が目標の達成に喜びの表情を表した。その時だ。


 「……あっ?」


 怪物は"両足"を地面から離した。軽くバク転をしたのだ。そして、続けて左腕を地面に着けて……


 『──雪泥、鴻爪』


 目の前で電線がちぎれ、怪物が姿をくらます、そして気づけば目の前にまで怪物が迫っていた。


 尻もちをつき、目を瞑ってしまった。だが外傷はない、何故なら…


 「……っあぶ…なっ!!」


 少女が涅巴の前に立ち、攻撃を受け止めてくれていた。


 まさか、腕であの大技を放ったっていうのかよ……


 条件を見誤った、片足のみの地面への接触ではなく"体の部位のいずれかのみの地面への接触"だったのだ。


 ゆらりとまた怪物の姿が消えた。そして次に友親の背後に現れる。

 殺気に友親は後ろを向こうとするが、人の動きでは到底怪物に追いつく事は出来ず、察知した時点でナタが振り下げられてしまった。


 あ、これ死んだかも、


 などと言う暇もなく、ナタが友親の背中を切り裂こうとその刃を煌めかせた、いやそれは違う。


 刃が炎に照らされたのだ。


 太陽のように燦燦と煌く炎が、友親の背中より飛び出した。


 「んなっ…!!!」


 あの少女の生み出す赤黒い炎とも違う、相反する様な美しい炎が友親を守るように纏わりついた。

 

 「……んだ、これ…?」


 束の間の安心、炎は体の隅から隅を温める、そして、風に吹かれるように消えていった。


 「おいっ、前見ろ!!!」


 またもや怪物は友親の前に立ち塞がる。

 咄嗟に防御の姿勢をとるが、怪物は動かない。怪物は別のものに気を取られていた。


 「……霧?」


 いつからか、知らぬ間に深く青い霧が当たりに立ち込めていた。

 自然では到底見ることの無いであろう青い霧、どこを見渡しても霧、霧、霧。

 少し動けば自分の位置を見失いそうになるほど霧は深まっていく。


 気づけば、眼前には怪物もおらず、


 「どうなってんだ……これ、あ?」


 踵を返した時、肉の焼ける様な匂いと共に、足に何かが当たった。それは、


 「……嘘だろ…」


 先程まで戦っていた、怪物の生首だった。




 


 「霧が晴れていく……?」


 涅巴は青い霧の晴れゆく様を呆然と見ながらも、警戒を解けずにいた。

 見たことのない青い霧、何かの粉塵かと思ったがそうではないようだ。払おうと風を起こしても払えず、電線から飛び出る火花の音も、近くに居たはずの少女の声も、何も聞こえない。

 そして小さく光が差し込み、目の前が少し見える様になった時、


 「誰だ……?」


 長身の人間、体格的に男、顔周りは深く被ったフードのせいで見えず、一振りの刀を腰に携えている。

 その立ち姿は何処か凛としていて、後ろ姿は少し…寂しい印象を受けた。


 「おい、お前は……」


 その名を聞こうと、そう、声を掛けた時、彼はこちらを振り向いて、

 

 「……っ!!」


 その顔は何処か見たことのある様な顔、寂しそうで、悲しそうな青い目をしていた。

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