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命の神  作者: oto
一部 一章 "三日月は昇る"
30/34

30 "仮面はいつでも和やかに笑う"

 ──炎が舞う


 煌く火の粉を散らしながら、

 花弁のように風に乗り、遊々と、

 燃えたぎる魔の手は四肢を、髪を、思い出を焼いていく。

 

 耳を澄ませば聞こえてくる、守ると決めたはずの民の声が、


 ──あぁ、口惜しい、なんと口惜しい。


 だがなぜだ、こんなにも無念の渦が胸を支配するというのに、人々の憤りが耳を木霊(こだま)するというのに、

 どうしてここまで晴れやかに思えるのだろう。


 眼前に広がる影が雨粒を落とす。

 空からきたる大粒の水玉が私の頬を濡らす。


 ──慈悲の雨が降るならば、生ける民がこれ以上苦しむことはない。

 安堵の表情を浮かべ、愛おしげに影に手を伸ばす。


 そして、その影たる雨雲が人の面と気付く時には、


 光る鋼鉄が振り落とされれていた。


──かの者の命は途絶える。


 慈愛の篭った鉄の刃は、心臓に深々と突き刺さっていた。






 …………きろー……


 薄く目を開ける。

 寝癖の飛び出た白髪を揺らしながら、頬を指で突いてくる。


 「…寝起きが悪いね、コーヒーが冷めてしまうよ?」

 

 また、夢をみていた。

 この街に来てからか、変な夢を見る様になったのだ。どんな夢を見たかなんて殆ど忘れてしまったけど、不思議と楽しい夢だった気がする。

 

 涅巴は体をくねくねと捩りながらねだり始める。


 「んー、おはよーのちゅーがないと起きれなーい。」


 「うわぁ…この子に毎日そんな事やらせてるの?」


 かなり引いた様子で目を細める妃蝶に見下され、涅巴は完全に開眼し、飛び起きる。


 「てめ、きっちゃん! 何勝手に人の私生活覗いてんだ。」


 涅巴は恥ずかしいところを見られ、顔を真っ赤に染めながら文句をたれた。


 「きっちゃん言うな、なかなか起きないってこの子が言うから来たのに、全然元気じゃん。」


 「はぁ? 全然元気で起きてますし、この方法でちゅーしてもらえたこと無いもんね!!」


 涅巴はまだ幼い時、初のキスを父に奪われた事を思い出し、吐き気を覚えながらも布団をたたむ。

 そして、改めて部屋を漂うコーヒーの香りを吸い込む。


 「あーこの匂いは……」


 キッチンに置かれ、おぼんに乗せられテーブルに運ばれる予定のコーヒーを手に取る。

 そしてカップに唇を付け、少しだけ口に含んだ。


 口に広がる香りと、呼吸と共に鼻から抜ける香りを感じる。


 「これは…、ブラジル産のブルボンだな。」


 コーヒー大国ブラジル産のブルボン、それは収穫量が少なく希少価値の高い品種だ。ブラジルのコーヒーの特徴である苦みと酸味のバランスの良さ、そしてブルボンの柔らかな甘み、後味のスッキリとした感覚が特徴。


 「良い苦みと強いコク、だがバランスも取れている……不思議だ。」


 「…味見はそれくらいにしといて、ごはん食べよう。ハムエッグのサンドウィッチです。」


 少女が右脇を肘で小突きながらも、ドヤっとしている。


 こやつ少し教えただけで殆どの家事を覚えやがった、応用まで完璧とかすごい。


 「妃蝶、結婚しようか、君も一緒にご飯食べる?」


 「しないし、今回はその言葉彼女に言うべきじゃない? …遠慮しておく、それじゃ。」


 妃蝶はいい加減慣れたといった感じで涅巴の求婚を断り、部屋をあとにしていった。






 パラパラと黒い雲から雨粒が降り注ぐ。


 雨か…、傘の用意をしておいて良かった。


 妹を小学校に送り届けた後、友親は普段の通学時間よりも大幅に遅れて学校へ歩いていた。

 折りたたみ式の傘を開き、天気のせいか人通りの少なくなった道をゆっくりと進む。

 

 「こりゃ、遅刻確定だな…」


 彼に焦りはない。なにせ中学生時代はよく学校をサボり不良友達と遊び呆けていたものだから、先生方からのお叱りにはなれっこだ。


 「…最近はやってなかったな、野球。」


 小さな個人経営の野球専門店のウィンドウに飾られたグローブをまじまじと見つめる。


 野球は好きだ。バッターとして相手を見据え、球の進路を予測しバットを大きく振る。相手の眼差しを一身に受け、一振り一振りを真剣に。

 それだけじゃない、外野としてグラウンドに立った時の緊張感、三塁にいる時、バッターから来る強力なボール、攻守共に凄く好きだ。

 そして、皆で協力して戦った時の感覚、それは勝ち負け関係無く絶対に忘れられる気がしない。


 不良だったけれども、部活には熱心に打ち込んでいた。──それだけ野球が好きだった。

 

 でも野球はできなくなった。


 野球は一人ではできないのだ。


 一つ一つの用具が宝物の様に輝いて見える、少し名残惜しげにそのバットやグローブを背にして、道のりをただ進んだ。


 彼は選択を間違えた。無関心でいれば、助けなければ、あの少女を救わなければ、今も昔の友人達と共にいれたかもしれないのに。


 「はは…俺は間違えてばっかりだ。」


 潰れて破片だけになったはずの善心を拾って、握りしめて、そして大事だったボールを捨てて走り出さなければ、


 あいつなんて、見捨てれば


 「そこのおにーさん、ちょっと占ってかないかい?」


 いつの間にか俯いていた顔を上げる。

 すると路地にテーブルを置いて、メルヘンなパラソルを立てた露店が底にあった。


 「僕の占い、けっこう当たるよぉ? 初回限定ひと占い無料だ!」


 おちゃらけた様な、だがとても綺麗な声で友親を呼びかける何者かの姿があった。


 「んん? さてはその目はよく状況を理解してない目だな?」


 状況の理解、そんなもの簡単にできる方がおかしい、だってその姿は……


 「僕は占い師! 本職は道化師(ピエロ)だけど、悩める子羊のため息を聞きつけて、颯爽と登場した訳さ!」


 真っ赤な衣装と面妖な仮面を身に着けた、世にも奇妙で怪しい女の姿だった。






 「あ…? なんなんだよお前……」


 友親はいきなり声を掛けてきた女ピエロにガンを飛ばした。

 それには理由がある、ここまであからさまな不審者、いつナイフを持って突進してきてもおかしくない。

 ピエロといえば、某映画の影響もあり、マッドでホラーなサイエンティストのイメージが染み付いているからだろう。


 「まぁまぁ席にかけてご覧? 占いの腕は世界一さ、カードにタロット水晶手相! 恋愛から仕事までどんなことでもお手の物さ!」


 ピエロは『まぁまぁ座ってよ』といってスキップしながら友親を肩を押してパイプ椅子に座らせる。


 「さてさて本日初めてのお客様だ! なにを占おうか? 信頼を掴むためにも身近なものからやっていこうか。」


 一人で一方的に話し続けるピエロ、少なくとも友親に危害を加えるつもりはなさそうだが、生憎なことに彼は通学中、そこまで時間を掛ける事は出来ない。


 「悪いがオレには時間がねぇんだ、そもそも占いは信じてねぇし、他の人にでも声かけて……」


 友親がピエロをあしらってしまおうと話し出すと、ピエロが遮るように言い出した。


 「君のお父さんの居場所とか、知りたい?」


 友親は足を止める。別に知りたいわけではない。自分達を捨てたやつなどどうでもいい。


 だが、なぜ友親が父親の居場所を知らぬことを、離別している事を知っているのか。

 思わず彼女の方へ振り返る。

 彼女のこの発言には嘘偽(うそいつわ)りは感じられなかった。命じられれば直ぐにわかる、そのくらいのそういう自信の篭った一言だったからだ。


 「なんで……」


 「それは僕が占い師だからさ。」


 間髪入れずに即答した。皆まで聞く必要はないと豪語するように。


 「んんー、聞きたいことは違ったかな? 私はなんでも答えられるよ、これはちょっと値が張るけど……君の好きな子のスリーサイズなら……」


 彼女のにこやかに笑う仮面に引き寄せられるように、ふらりと彼女へと踏みよる。


 お前なら、教えてくれるのか? 俺がどう行動するべきだったのか、どうしてこうなってしまったのか、その理由を──


 「──ッ…!」


 不意に起こった頭痛、貧血が起こった時のように目の前が黒く染まる、──暗転した視界はすぐ様元に戻り、頭痛もなくなり平常へと戻ったはずだが、


 頭と胸の辺りに何か異物があるような、奇妙な感覚が友親を襲った。


 まるで…形容しがたいが、何か重いものが絡まり引っ張られる様な、


 「なぁ…、」

 

 流れるように言葉が漏れ出す。


 「おっ! はい何でしょう! 僕のスリーサイズは残念ながらシークレットだよ!」


 ピエロは掠れた様に出た言葉に喰らいつく、目を輝かせながら本日最初の仕事を全うしようとした。


 そしてピエロにとってその質問は、いい意味でも悪い意味でも予想通りだった。


 「オレは、間違ってたのか?」


 友親の心の(かせ)隙間(すきま)ができた。


 「オレがもっと考えて、奴らの言いなりにならずにいれば、お袋があんな事になることも、無かったんじゃないか…?」


 枷の隙間は広がり続け──


 「オレは、オレは……」


 そして、自分が一番言いたくなかった言葉を吐いてしまった。


 「あの時妃蝶を助けなければ、何もしなければあんな奴らと敵対することも無かったんじゃ……」


 それから友親はただ、吐き出し続けた。今まで溜めていた行き場の無い怒りを、無力感を。

 自分でも制御できないほどに膨れたその感情を、ついさっき会ったばかりの人間に。


 雨は段々と強くなり、設置されたパラソルだけでは心許なくなってきて、ピエロは天を見上げる。

 その間もしっかりと友親の声を拾い続ける。

 ピエロは彼が濡れないようにパラソルの内側に引き込み、抱き寄せた。


 友親の目頭から目尻が赤くなり、溜まったもの全て吐き切った後でも雨は止まない。


 「……すまん、露店が台無しだ…」


 「いいのさ、雨が降ると分かっていて露店を開いた僕が悪い。」


 ピエロは少し濡れてしまった衣装を手で払い、そして仮面を外した。

 そこには、脱色したような灰色の髪と、少し雨で崩れた金色の化粧、そして、とびきりの笑顔を輝かせる道化師がいた。


 「占いをやる雰囲気ではなくなってしまったし、大人で先輩な僕から少しアドバイスをあげよう!」


 道化師は鈍く重い赤色の目で友親をじっと見つめて、こういった。


 「今を生きろ、少年、今は未来へと繋がるものさ!」


 「───よくわかんねぇ…、けどありがとよ。けっこうスッキリした。また来る。」


 友親はそう言って財布から百円だけ出してピエロに握らせ、学校へと走り出そうとした。その時…


 友親の携帯電話に着信音が鳴り響く。

 

 「はいもしもし……あ……?」


 友親は何も言わず、ただそこに呆然と立ち尽くしていた。

 瞳孔を見開き、電話先から聞こえる焦った様な看護師達の声に耳を傾けるばかり。

 そして、ハッと突然何かに思い当たったかのように学校とは真逆の方向へと走り出していった。


 ピエロは遠ざかっていく後ろ姿を見届けた。彼に硬貨を握らされた時の手の感触を思い出しながら。


 「百円って、しょぼいなー、」


 ピエロは冗談めかしながら悪態をついた。


 「ああ、そうだ言い忘れていたよ。」


 再び仮面を装着し、ケラケラと笑いながら受け取った百円玉を投げ捨てる。それはカラカラと音を立てて転がり排水溝へと落ちていった。


 「君は多分、いや必ず後悔することになるだろう。人生という、人という衣をかぶった獣共が作った道をただ模倣し歩んでいく事を。」


 先程の太陽の様な笑顔は何処へ行ったか、彼女は悪辣そうな笑顔を見せる。


 「それまで、僕はせいぜい傍観者として楽しませて貰うよ。」


 赤色の道化師はさぞ楽しそうに路地裏の影へと消えていった。

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