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命の神  作者: oto
一部 一章 "三日月は昇る"
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28 "酸っぱいコーヒーと、友人としての約束"

 「なぁ、この後予定が無いなら少し付き合ってくれないか?」

 

 帰り支度をしている時、友親が話しかけてくる。 

 今日はちょっとしたトラブルがあったため、通常より半日程学校の終了時間が短くなっていた。


 「出来れば二人共、お袋の見舞いに来てほしい。」

 

 「おー、俺は行けるぞ。妃蝶はどうだ?」


 涅巴の問いに妃蝶は笑顔で答えた。

 

 「うん。行けるよ、実は私も誘おうと思ってたんだ。」

 「友親の邪魔にならないかと心配してたけど、その必要は無かったね。」

 

 妃蝶らしい謙虚な姿勢だ。少しほっとしている様に見える。

 友親は杞憂過ぎだよと軽く笑った。


 「んじゃ、さっそく行くか……なんだ?」


 友親の携帯が音を鳴らす。彼に似合わないクラシックの音楽だ。


 「小学校からだ……」


 『少し待っていろ』とジェスチャーをして電話に応答する。


 「はい、はい、ご無沙汰してます。」


 普段の粗い口調とは一転して丁寧な口調となる。

 電話の相手は声を大きくして慌てている様に聞こえる。その状態に友親も少し動揺の色を見せた。


 「はい、ええ……はぁ!?」


 突如として友親が驚嘆の声を放つ。余程の事が起きたのか、目を大きく見開いて無駄な動きが多くなった。


 やがて通話が終わり、友親が頭を抱えながら二人に近づいてきた。


 「ああ…やばい事が起きた……」


 余りの事柄に勿体ぶった様な、言葉足らずな様な話し方になる。その話し方は、二人に緊張と焦燥の感情を滾らせた。


 「菫が小学校から脱走した……」






 秋峰病院 受付

 

 涅巴たち三人は、菫脱走宣言から数刻後病院に直行していた。

 なんでも、菫は自身の担任の教卓に"母の居る秋峰病院に行く"との趣意の置き手紙を置いて、誰にも告げずに病院に出発したという。


 そして病室から受付に呼び出された菫は友親に叱られていた。


 「なぁ、菫。なんでこんな事やっちゃったんだ? 病院なら学校終わった後でも行けるだろ?」


 菫は少しもじもじと身体を捩り、そして話し出す。


 「私ね、不安だったんだ。」


 不安、やはり母が危険な目に遭い、怪我をして病院に運ばれたとなると、辛いものがあるのだろうな。


 「昨日、お母さんが言ってたこと覚えてる?」


 「ああ、覚えてるよ。」


 友親は優しい顔で菫に答えた。


 「私がいなくなったら菫と友親の二人で、一緒に生きていかなければならないって。」


 「うん、でもね、お母さんのいない生活とか、全然想像つかなかったの……」

 「だから、わがままかもしれないけど、お母さんならどうすれば想像つくか教えてくれると思って……、」


 「そうか……」


 友親は一言だけ言い、菫の頭を撫でて受付員に話しかけに言った。

 どこか寂しさを感じさせる背を見送り、妃蝶は涅巴に問いかける。


 「ねぇ、涅巴、私たちにできることとか……ない…かな?」


 「……あるといいな。」


 



 

 「此処がお袋のいる病室だ。」


 四階の205号室、友親はノックをした後、扉をそっと開ける。

 開かれた扉からすぐ見えるのは少し捩れた1羽の折り鶴、誰かが作ったんだろうか。


 そして、友親の母がいた。 

 今は眠っているようで、穏やかな顔に見える。


 友親はパイプ椅子を二つ涅巴と妃蝶に用意し、元からあった椅子に座り込んだ。

 

 ベッドの隣の棚の上には先程の折り鶴が複数あり、折りかけの物もある。

 菫が母のために折っていたのだろう。


 「お母さんただいま、お兄ちゃんと妃蝶ちゃんとお友達連れてきたよ。」


 返事はない、だが、聞いてくれていると信じてまた話し出す。


 「ほら、お兄ちゃんも!」


 「おう……お袋昨日ぶりだな……悪い、俺のせいでこんな、もっとうまくやれてれば……」


 「そんなこと言わなくともわかってるよ。」

 

 友親の母が頭を搔きながら起き上がる。それをみた友親がぎょっと目を丸くして驚いた。


 「なっ…!お袋!起きてたのか……?」


 「実は菫が来た時からずっとね。」


 「うん!起きてた!」


 友親はただ呆気にとられて言葉を失っている。

 

 「この程度で終わる程"秋峰の女王"は軟じゃないよ。」


 「なんすかそのドSが過ぎる異名は……?」


 妃蝶が涅巴に耳打ちする。


 「教子さんは昔、柔道と空手とボクシングで道場破りまがいの事してたらしいよ。」


 親子そろって肝が座りすぎている気がするな。


 「ほら友親、そんな辛気臭い面しないでしゃきっとしな!」


 「あだっ」


 教子が友親の頭を軽く小突く。そしてニッと白い歯を見せながら笑顔を作った。


 「妃蝶ちゃんもありがとうねぇ、いつの間に彼氏なんて作ったのか……」


 「かっ…彼氏じゃないです! えっと姉妹みたいなもので……」


 妃蝶が赤面しながら顔をぶんぶん振って否定する。

 動揺の余り俺が女になってしまっているが、まぁ良しとしよう。


 「ありゃ違うのか、良かったな友親、まだチャンスあるぞー。」


 「なんでだよ、そういうのじゃねぇよ。」


 ……菫が驚愕を絵にした様な顔を俺に向けている。これは後で誤解を解く必要があるな。


 「君、名前は?」


 「涅巴でーす。近藤家に居候してます。」


 「そうかそうか…、友親をよろしくな。」


 握手を求めようとベッドから起きあがろうとする。が、思う様に腰が上がらなかったのか、ふらつき壁に手を突いてしまう。


 「お袋っ!!」


 友親が身体を支え、それでも立とうとする教子をベッドに戻す。


 事の本人は大丈夫だと言い張るが、素人でもわかるほど疲弊しきっている様に見える。


 「まぁ、来週には治ってるだろうさ、皆してそんな顔してないで、笑顔を見せてくれよ。それが私の源動力にもなるからな。」


 彼女は笑顔を絶やさずに皆に向けている。だが、顔色が悪い、から元気にも程がある。


 「じゃあ、そろそろ私たちは行きますね。」


 「そうか、今日はありがとうございました。すぐ元気な顔見せてやるから待っといてね!」


 「お袋、また来るよ。」


 そう言って皆席を立ち、病室出ていった。

 

 




 ふと、陽の光を感じ、目を擦りながら体を起こした。


 あの後、特にやることがあったわけでも無かったため、すぐ家に帰り、暇な午後を過ごした後、そのまま床についたのだった。


 時計の時刻を見る。まだ五時に差し掛かった程度で、二度寝しても全く問題は無い。

 だが、微かに漂う豆の香りに自然と目が覚めてしまった。

 

 起き上がり、未だ名のない少女の使うベッドを見る。

 この前の寝相の悪さによって荒れた状態とは打って変わって今日は綺麗に整頓されていた。

 キッチンの方に目をやると某少女がコーヒーを作っている。


 「すごいな、教えたつもりは無いのに、もう作れるんだな。」


 少女は少し口角を上げ、にこやかな表情で答えた。


 「…ありがとう。時間があったし香りが良いから、初めてだけど作ってみたんだ。」


 作り終えたコーヒーをカップに移し、お盆に乗せて机まで持っていく。

 しかも気が利くようで二つ分作ってくれたようだ。


 席につき、出されたコーヒーを一口飲み込む。

 ほのかな苦みと強い酸味が広がり、鼻から抜ける香りが心を落ち着かせる様な感じがする。


 「うん、美味いな。ここまでとは思わなかった。」


 ブルーマウンテン特有の酸味や甘みと浅煎りによって爽やかな印象を受ける。

 そして、この高級感ある感じ、これはまさしくアレだ。 


 これ、ちょいと高いNo.1のやつだ……!! (ブルーマウンテンにはいくつか種類があり、No.1は最高級品質)


 「そう言ってもらえると嬉しいな……」


 彼女は頰を少し赤くして、こちらに眩しい程の微笑みを向けてくる。

 年中金欠な涅巴にとっては少し痛手だ。たが、良い作り手を見つけられたと自分を無理矢理納得させた。

 

 「なぁ、記憶ってやっぱりそう簡単には戻らない物なのかな。」


 彼女は確実とまではいかないが、人間では無いのだろう。

 召喚獣とまで非生物的では無いが、彼女によると魔力無しでは存在できないという。

 ただ、それだけは本能的に分かるんだとか。

 食事も必要で、殆ど人間の特徴と一致している。      だが、もっと根本的なものが違う……気がする。


 彼女は自身の胸に手を置いて、目を閉じ、そして握り締める。


 「…自分でもわからない、けど何か、自分の何かが欠けている様に感じるんだ。それが戻れば記憶を取り戻せる気がする。」

 「根拠は全く無いんだけどね。」

 

 少女は困った様な笑みを浮かべて涅巴を見た。


 涅巴は少し考え込んで、またコーヒーを飲み始める。


 「にしても美味いな、浅煎りもしっかり出来てるし、豆の特徴を引き手出せてる。」


 「浅…煎り? 君の見よう見真似だから分からないや。」


 無意識でここまでやるとは、天才肌なのかもしれないな。


 「今度もっと教えてやるよ。」


 もっとこの子を鍛えれば俺のハッピーコーヒーライフがもっと豊かになるからな。


 「うん、教えて欲しい、私は何も知らないから、コーヒー以外にも、他の人の事やこの世界の事、いっぱい知りたい…!!」


 可愛らしい笑顔を涅巴に見せ、言葉を続ける。


 「…いっぱい知っていけば、何か記憶を取り戻す手掛かりを掴めるかもしれないし……」


 涅巴はうんうんと頷き、ニヤリと笑う。


 「じゃあ、俺が一緒に探してやる。前言った契約とやらに追加して"契約"いや、"約束"してやるよ。」


 少女は驚いたような顔を見せ、少し焦る。


 「じゃっ…じゃあ…私は対価に何を渡せば……」

 

 「そりゃあ一日一杯のコーヒーだ。美味しいのを頼むぜ?」

 

 涅巴はカッコつけた言葉と共に今世紀最大のドヤ顔を披露した。

 そして、呆気にとられた様な表情を見せた後、腹を抱えて笑い出す。


 「…っあはははっ! 何その顔、微妙にカッコ悪い!」


 「な、なんだよそれ…頑張ったんだけどな……」


 前の無口で淡々と物事をこなす姿では無い。

 小さな笑みではなく大きな笑いを持った可愛らしい女の子の姿がそこにはあった。


 「…いいよ。じゃあ重ねての約束、末永くよろしくね。」


 「…おうよ。」


 此処に、改めて契約、否、約束は果たされた。単なる力と命の交換、主従し合う関係では無い。

 友人として、記憶を取り戻すための、

 一杯のコーヒーのための約束。


 彼の言う約束とは、ただ拘束力が弱まったものではない。

 主従を除き、より親密で対等な立場になるための親愛を込めてのもの。


 それが、彼らの果てしなく長い、運命の幕開けの合図となった。

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