27 "なむ南無なぁむぅ"
「起立、礼、」
四時間目の授業が終わり、他の生徒が昼食を取りに席を立つ中、友親は心此処にあらずといった感じで一人席で頬杖をついていた。
普段ならほぼ寝て過ごしていた授業も、ちゃんと聞いているという訳では無さそうだか、珍しく起きていた。
「……大丈夫か? 死にそうな顔してるぞ。おっぱい揉む?」
「てめぇの胸触る必要が何処にある……」
冗談を返す程度の余裕はギリギリありそうだ。
一応食事を机上に出したものの、一向に手を付けそうにない。
「しょうがないな、食欲無いのなら食べさせてやるよ。」
「頼んだ…」
「あーん。」
促された通りに雛鳥の様に口を開け、小さく頬張る。
「どだ? 美味い?」
「おいひぃ…」
「男二人で何やってるの…?」
妃蝶が若干引き気味に机をくっつけてくる。
満開であった桜も散り、4月も終わりが見えてきた。
涅巴はいつも通り友親と妃蝶と共に昼食を取り始める。
実は少し前までは二人の他に友人がいたのだ。だが、友親と親密になってからはその友人も近づいてこなくなった。
大方、学校の要注意人物である友親を怯えているのだろう。といっても、何故"要注意"なんて扱いをされているのか、涅巴は良くわかっていないのだが。
教室の廊下側の窓ガラスからこちら見ている男たちがいる。
また他のクラスの奴らが来てるな、話しかけたいなら来れば良いのに。
お目当ては妃蝶だろう。なんてテキトーに解釈しながら箸を進める。
確かに妃蝶はそこらの女優を軽く超える程の美形だ。涅巴が見てきた中で一番といえるだろう。
異性として見る男共が多い事も納得がいく。
「あっ、ちょっと涅巴!玉子焼きとるな!」
「我昔所造諸悪業、皆由無始貪瞋〜」
「お経読んでも許さな…って!友親も取らないでよ!」
「従身口意之所生、一切我今〜」
「なんでそんな二人してお経読むの……?」
性格は悲観的で内向的とあまり良いとは言えない部類に入る。だが、持ち前の顔とスタイルでそれを簡単にカバーできているのだ。
他の女子から憧れの目を向けられる事も珍しくはない。それと同時に嫉妬と嫌悪感を持たれる事も多いようだが。
「しゃあないの、トマトやるから許せ。」
「涅巴が嫌いなだけじゃん……食べるけど。」
文句を言いつつ人に甘い、面倒見の良い方ではあるだろう。初対面の人や素性の知れぬ人物に対してはかなり警戒的になる節もある。
「…友親、嫌なこと思い出させちゃうかもだけど、教子さんの容態は大丈夫なの?」
「……あぁ、そうだな。」
教子、というと友親の母親か。
お前らになら…。と一つ間をおいて、ぽつぽつと話し始めた。
「一応、眠ったままだが生きてはいる。」
その言葉に妃蝶はほっと胸を撫で下ろした。幼馴染の母というだけあって、ある程度親密な関係なのかもしれない。
「けど脳に強い衝撃が加わったせいで、重度の脳挫傷ってのになったらしい。だから…」
友親の言葉が行き詰まる、まるでその先を話す事を、それが現実だと理解することを拒絶するかのように。
「……意識の回復は絶望的、たとえ治療出来ても、脳に大きな生活に支障をきたす障害を患うかもしれないって。」
「…っあ、そ、そっか…ごめん。」
妃蝶が自分の行動を後悔するように俯き、チラチラと友親を見ながら謝罪する。
「いや、いいんだ。 オレも誰かに聞いてもらいたかった節がある。」
「んー、やっぱ鶏肉を半生で食うのは辞めておいたほうが良いな。」
「それと、時間がある時でいい、お見舞いってヤツをやって欲しい。対話は出来なくとも、喜んでくれると思うんだ。」
俯く事をやめ、暗い表情を消して友親に向き直った。
「…うん。久しぶりに私も合いたくなってきちゃったな。涅巴も行こう…よ…?」
涅巴はどう見ても焼き切れていない、というよりほぼ生肉を齧っていた。
「ちょっと待って、ちょっと待て! 何平気な顔で食べてんの!?」
「…?鶏肉炒め……」
「いや、鶏肉の生食はだめだろ。腹壊すぞ。」
確かに衛生処理が行き届いたもの以外の寄生虫や細菌の宝庫たる鶏肉を生で食す事は自殺行為に他ならない。
「いやいや、jp産だし、俺自国を信用してるんだ。」
「そういう問題じゃない! 今朝何か作ってる思ったらそういうことか。食中毒になったらどうするの?」
「はは…な訳……うっ!?急激に腹が……」
涅巴は腹を抑え便所の方へと走っていった。
「ほら見ろって感じだな。」
友親が涅巴の後ろ姿を見てニヤニヤする。
妃蝶は頭に手を置いて呆れた様にため息をついた。
「しゃあねーな。様子見てくる。」
そして、友親は妃蝶を一人残して男子トイレに歩いて行くのであった。
「おーい大丈夫か?」
友親が三つある個室トイレに向かって声をかける。するとそのうちの一つから返事が帰ってきた。
「だいじょばねぇ…今だけゲーリー・○イトじゃなくて下ー痢ー・ヘビィだ……うっ」
「なんでミュージシャン? 下剤あるけど飲むか?」
「なんでヒートアップさせんだよ、死ぬって……おっうおぉお………」
「大丈夫そうだな。外で待ってるわ。」
友親はそそくさとトイレをでていったのであった。
『誰かたすけてくれーい!!』
約十分後、男子トイレから聞き覚えのある声を聞き、友親はまた戻ってきていた。
「どうしたー?まさか紙なくなった?」
友親が扉を開けながら涅巴に声をかける。
「そのまさかだ!ティッシュでもいいからプリーズ!」
掃除用具の入っているロッカーからトイレットペーパーを取り出し、トイレの個室の扉の上を通して投げ渡した。
「神!マジ紙!ありがと!」
「おーす。」
テキトーに返事をしながら涅巴帰りを待つ。
「あれ……んん?」
「どうした?また何かあったか?」
友親が心配しならが問いかける。
それに涅巴が『大丈夫だ』と応え、何かに格闘していた。
「ええ…?んー……」
「おいホントに大丈夫か?」
友親が涅巴の元に駆け寄る。
「……開かない。」
「は?」
「鍵が開かねぇ!!!」
「おいおい、嘘だろ……」
友親がドアに手をかける、するといとも簡単に扉は開いた。
友親が呆気に取られていると、涅巴が友親に呑気に話しかける。
「おぉ、やっぱ馬鹿力は違うな。それとこの紙をホルダーに装着する方法が分からん。代わりに付けてくれ。」
「お前ってヤツは……まぁいいや、貸してみ。」
ホルダーの左側を横にスライドし、紙をはめ込んで元に戻した。
「おお、すごい。じゃ、さっさと戻ろうぜ。」
友親がそれを聞いてドアに手をかけ開けようとする。が……
「んん?…え…ちょっあれ。」
「どうした?」
「開かない。」
「は?」
「鍵が開かねぇ!!!」
「嘘だろぉおおお!!!???」
閉めてもいないはずの鍵が何故か閉まってしまった。
友親が渾身の力で押し込む、だが微動だにせず全く動く気配がない。
「あけぇ!!!!」
横に振り引き込みまた押し込む、だが動きそうにない。この最早扉ではなく壁と言えるだろう。
「すぅー……………」
二人は何かを決心した様な表情で顔を合わせた。
「「誰か!!!!助けてくれぇ!!!!」」
と、大声て叫んだ。
しかし、誰も来なかった。
「どうすんだよこれ!!誰も来ねぇじゃねぇか!!」
「知らねぇよ!」
「……そうだ!このドアの上の隙間から脱出しよう!一人づつなら簡単に……」
「駄目だ!!」
友親が涅巴を制止する。
「なんでだよ!!」
「お前知らないのか、死の顔面着地事件を!」
「なんだその物騒でそのまんまな事件名……」
昔、今と同じ様にトイレに閉じ込められた生徒がいたそうだ。
その生徒のいた時間帯は人が少なくなる放課後だったため、他人に助けを求めることもできない。
そして、どうしようかと考えていたとき、涅巴と同じ様に扉の上の隙間を見つけたらしい。
その生徒は扉をよじ登り、扉の頂上から顔を出した。
そこから見えた景色は、帰還への希望も相まってとても美しく見えただろう。
だが、世は人にそんな優しくはしてくれない。
「扉を登ったところで重さによって扉が"くの字"に折れた。そのまま扉と一緒に倒れこみ小便器に顔から激突、鼻と歯を同時に折って顔がぐちゃぐちゃになったらしい……」
「いまいち怖さがわかんねぇ……!!」
「とにかく駄目だ! これがこの学校で年一で起きてるんだよ!!」
「最早、扉の構造を見直す必要があるだろ。プラスチックで作ってんの?」
友親がそこまで言うのであればしょうがない、ではどうやって脱出するか、
「もう扉を破壊するしか……」
涅巴が犯罪に走ろうとしていたその時、救世主が現れる。
「あぁ……最近の若者は年寄りとの対話の仕方がなっとらん。」
ガチャ、という入口の扉の開く音と共に、年老いた様な渋い声の主が入って来る。
「おいおい、救世主だ!!」
「そこのおっさん、助けてくれ! 扉が開かないんだよ!」
そして、待望の時が来る。
固く閉ざされた扉は、来訪者の到来と共に開き、その来訪者の姿を顕にする。
「良かったこれで助かっ、」
そして、扉は閉まった。老いた眼鏡の男を残して。
老人は死んだような生気の無い目と、白く染まった薄毛、そしてなにより竹輪を左手に持っている。
「いやいやいや、なんで閉めてんだよ!! これじゃあ出れねぇじゃねぇか!!」
「個室に男が三人……男っ三ズラブが始まる……?」
老人はあろうことか二人の姿を確認した後、個室トイレの中に入り、扉を閉めたのだ。
「ああくそ……これじゃあ最初に逆戻りだ……」
「入る隙も無い三角関係、愛に飢えたケダモノタチのドロドロした欲望……同じ個室で三人きり、何も起きないはずも無く……」
「よし涅巴、ジュースに感化されてるのかはしらねぇが、んな地獄みてぇなこと現実逃避ついでに言うんじゃねぇ。」
「じゃあどうすれば良いんだってばよぉ……!!」
老人はパキパキと首を鳴らし、徐ろにズボンを下ろし始めた。
「は?え、ちょ……」
「ふぅ……」
座った。便器に。
「ふぅんんんん………!!!!」
「「ぎゃぁあああ!!!!!」」
老人はトイレの本来の使い方をし始めた。左手の竹輪が握り潰され悲鳴を上げているように見える。
「踏ん張るな!! せめてこの個室で踏ん張るなぁああ!!!」
「ぎゃははは!! 見てみろよ友親、踏ん張るたびにおっさんの顔がどんどん赤く……青くなってきたな。」
そう、青くなっていくのだ。顔色がみるみるうちに酷くなっていく。
「うぅぅんんんん………、、、うっ……」
老人は便座に座りながら倒れ込んだ。踏ん張った結果、穏やかな顔とは程遠い、鬼の様な形相で気絶した。
「南無阿弥陀仏…」
「嘘だろ、死にやがったっ!!!」
「俺は家族に見守られながら死んで行きたいな。」
召死青は死んだ。ならば次なる助けを持たねばならない。
だが、そう待たずとも助けが来た。それも、二人にとって犬猿、そして険悪たる存在。
ガチャ、という音と共に個室トイレの扉が開かれる。
二人は同時に振り返った。そして、見たのだ。
かつて争いあった男、憎悪を向け、向けられた男、涅巴が猿の様に犬の"それ"を投げつけた事のある男。
「っ…なんでお前が……」
「てめぇ……山岡ァ!!」
そう、友親の家族の誘拐の関係者、山岡だ。
そして、四人目を迎え入れた後、またもや扉は閉まる。
友親と涅巴が警戒の視線を向ける、対し山岡は余裕そうな表情で二人を睨んだ。
「ああ、てめぇらか……確かこの高校の在校生だったな……」
「お前、此処に何しに来やがった。」
「ああ……てかその爺さん大丈夫か?死んでるように見えるが。」
その問に対し涅巴が気さくに答える。
「ん? このおっさんは……」
涅巴が事の経緯を説明した。
「ふっ…そうかよ……つまりお前らはここで立ち往生してるって事か。」
「お前も一緒だけどなー」
「御託は良い。山岡、てめぇが何故此処に居るかをおしえろ。」
「そうだな……これはついさっきの事………」
俺は昨日てめえらから受けた傷を癒すついでに、街を散歩していた。
そこで、丁度この学校の前を通ったんだ。
普段なら通り過ぎるところだが、今日は違った。
突如として、とんでもない腹痛を患ったんだ。
多分、昼に食った生の鶏肉が駄目だったのかもしれねぇ……
「なんだ? この周辺の人間は生の鶏肉食わねぇと死ぬ病にでもかかってんの?」
「馬刺しに憧れてたんだよ……」
だが、便をしようにもここいらには便所はない。けど一刻を争う状況、なら此処の便所を使うしかねぇだろ。
「だからって不法侵入はだめだろ。」
「ふっ……そうだな……だけどな………。」
山岡は胸の決意とケツに力をみなぎらせ、震えながら言った。
「一刻を争う状況なんだよぉ……!」
「ご愁傷さまー」
「だが俺もてめえらに見守られながらするのは御免だ……だから俺は、この扉を、壁を越えてゆく!!!!」
なんてこと無い高さの扉、だが、今の彼にとってはエベレストの岩肌並みの試練に感じられていた。
「うおぉぉおお!!!!」
扉から顔をだし、這い上がる。
残りは半分、しかも降りるだけ!
希望を見出し、足を掛けようとする。が……
「死の顔面着地事件の再来だな。」
重さに耐えきれず、扉がくの字に曲がる。
「「あっ」」
山岡と涅巴の声が交差する。
そして、扉と壁の接合部分が外れ、そのまま倒れ込んだ。
「うぉああああ!!!!」
山岡の視界では全てがスローモーションで再生された。
溢れ出す走馬灯、なんて思い返す暇もなく、小便器に激突した。
「うわぁ……」
噂にしか聞いたことのない現象が思ったよりも酷い絵面で、顔を背けたくなった。
「友親、合掌。」
「あっはい。」
「なぁむぅ……」
「えー、皆さんご存知の通り不審者が二人程学校に侵入したため、午後の授業は中止とします。」
「寄り道せず、まっすぐ帰るように。」
涅巴は窓からパトカーに連れ込まれる男二人の姿を見て変な気持ちになっていた。
「……ていうか、あのおっさん誰。学校の関係者でもなかったのかよ。」




