第七幕
「う、ウニィ……! まさかこのデイオの凍結でも死なないとは……!」
よろよろと起きあがり侍太郎を睨むデイオ。そんな眼光に一切怯むことなく、侍太郎は両拳を構えた。
「いいや、拙者は一度貴様に殺された。しかし! リコちゃんの熱い思いが、正義の灯が再び拙者を奮い立たせてくれたのでござる!!」
侍太郎の魂が籠った言葉。それを聴いてリコちゃん目から再び涙が零れた。自分の行動が憧れを救ったんだと実感した歓喜の涙だった。
「受けた恩は必ずや返す、それが侍の本懐……! デイオ! リコちゃんとの約束と恩義に報いる為、今度こそ貴様を討つ!!」
「ウニウニウニ!! 侍太郎! 馬鹿も休み休みに言うんだな! お前は一度このデイオに敗れた。その挙句、最大の脅威となる刀もへし折られているのだ!! 生身の貴様にこのデイオが勝つなんて、美容室に行き髪型と眉毛を整えれば女にモテると甘い妄想をしている醜男と発想が同じ!! 脳内お花畑のモンキーなのだ!!!!」
デイオが両手を大きくかざすと、侍太郎の周囲を数えきれないほどの氷柱が取り囲む。
「刀を持たぬ生身のお前に、この技を回避することは不可能!! 死ねいッ!!」
デイオが手首を曲げると、それを合図に幾百もの氷柱が侍太郎に降り注ぐ。一射一射降り注ぐたびに凄まじい轟音が鳴る。
「フハハハハ!! これが【夜の支配者】の実力よ! そして念には念を入れて確実にお前を仕留めてやろう! 死線はまるでレーザービーム!!!!!!」
身動きの取れない侍太郎に向かって、トドメの一射が放たれる。先程は刀で軌道を逸らし攻略した技だが、肝心の刀はもうない。万事休す、袋のネズミとは、まさにこの光景である――。
「――ぬぅん!!!!!!!」
そんな最中、再び男の雄叫びが響き、無数に存在した氷柱は全て砕け散る。そして侍太郎は飛んでくるレーザービームを拳で思い切り殴り、デイオの方向へと反射させたのだ。
「うげぇえええ!!! うげうげぇえええええ!!!!!」
発射された時の数倍の速度で跳ね返されたビームがデイオの胴体を貫く。あまりの損傷に悶えるデイオ。その隙に侍太郎は疾風の如く疾走し、彼との間合いをつめた。
「ば、馬鹿な……!? 刀抜きでこのデイオの攻撃を突破するとは……うげッ!!!」
痛みと起こった現象に困惑しているデイオに対して、ボディーブローを喰らわす侍太郎。
「侍にとって真なる刀は己の信念と正義の心!! 例え刀が折れようが、己が折れない限り拙者は前へ進むのみ!!!」
侍太郎は渾身の力で、デイオの顎に向け拳を振り抜く。落雷のような衝撃音と共にデイオは宙へと放り出された。
「うげぇえええええええ!!! 侍太郎! 貴様、冒頭からあれだけ刀アピールしておいて、結局最後は拳でケリを付けるつもりかぁああああああ!!!!!!!」
宙を舞うデイオが何かを口走っているが、侍太郎の耳には届かない。彼は最後の一撃を食らわせるべく目を閉じ精神を集中させていたからだ。
侍太郎の裏には様々な出来事がスライドショーのように過っていく。自分の勝利を待ち望んでいる街の住人達、吸血鬼を討つ為、出国を決意した晩の月。趣味の散歩で海岸を歩いている際、偶然拾ったボトルメッセージ。
――そして。
「――侍太郎!! 侍太郎ぉぉぉぉ!!!!!!!」
「ぬぅんッ!!!!!!!!!!!」
リコちゃんの声を合図に侍太郎は両目を見開き、落下してくるデイオを殴る。
「ぬぅんぬぬぬん! ぬぅんぬぬぬぬぬん! ぬぅんぬぬぬん! ぬぅんぬぬぬぬぬん! ぬぅんぬぬぬん! ぬぅんぬぬぬぬぬん! ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬん!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!! ぬーぅんぬぬぬぬぬーん!!! ぬぅんぬぬぬぬぬぅん!!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!!! ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬんぅん!!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!! ぬーぅんぬぬぬぬぬーん!!! ぬぅんぬぬぬぬぬぅん!!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!!! ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬんぅん!!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!!! ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬんぅん!!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!! ぬーぅんぬぬぬぬぬーん!!! ぬぅんぬぬぬぬぬぅん!!! ぬぅんぬぬぅん! ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぅん!!! ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬんぅん! ぬぅんぬぬんぬぅんぬぬぬぬぬん!! ぬぅんぬぬぬぬぬんぬぅん!!!!!!!!!!!!!」
「うげぇええええええッ!! このデイオがッこのデイオがぁああああああああッ!!!!!!」
「ぬぅんッ!!!!!!!!!!!」
渾身のラッシュ攻撃の後、最後に振るった右拳を受け、【夜の支配者】デイオ肉体は何処までの暗い夜の闇に離散した。その最期を見送った後、侍太郎は大きく息を吐き拳を納める。勝ったのだ。侍太郎が【夜の支配者】デイオを倒したのだ……!
「侍太郎ッ!!!」
侍太郎の身体に衝撃が走る。リコちゃんが全力ダッシュで駆けてきて彼に抱きついたのだ。
「ありがとう……。ウチとの約束守ってくれて。ウチ、ちょー嬉しいし」
リコちゃんはそう言って侍太郎の顔を見上げる。
「これで街の皆は救えたんだよね? 明日は良い日になるんだよね? 侍太郎?」
「…………ぬぅん!」
侍太郎はそう返事をした後、リコちゃんを優しく抱きしめた。彼女の身体がまだ冷たく、震えたのを感じたからだ。
憧れの侍に温められたリコちゃんは笑った。容姿相応の子供らしく、彼女の苗字と同様の、それは見事なヒマワリのようだった。
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「ふいー。ナーロッパ大陸到着っと」
侍太郎とデイオが死闘を繰り広げていた同刻、ある海岸にて、異国の者であろう三人が立っていた。
「まずは街に行って、観光したり異国のお料理に舌鼓……。と言いたい所だけど、侍太郎を先に探さなきゃね。『拙者、居ても立っても居られぬでござる』とか言って泳いで行っちゃうんだもん。折角、ヒラガちゃんが格好良い船造ったのにさぁ」
腰巻作業着に白いタンクトップを着ている女が、両手を頭に組みながら言った。そのポーズのせいで両脇が露わになっているのが、なんていうか、えっちだった。
「ほっほっほ、侍太郎の行動力には驚くばかりじゃのう。一緒におって飽きが来ないわい。全く愉快愉快ハレ晴レユカイ」
その隣で小柄なジジイが、三つ編みにした白髪の髭を弄りながら言った。
「二人とも、ここは敵地だ。もう少し緊張感を持て」
そんな二人に注意を促すもう一人の人物。中性的な顔立ちとポニーテールのように結ってある長髪、侍太郎や他の二人とは空気が違う、クールな人物であった。
「侍太郎と合流することも重要だが、私達の目的は吸血鬼討伐。第一優先を履き違えなるなよ」
「ふぅん……。そんなこと言っちゃってさぁ、トガシちゃん、侍太郎のこと凄い心配してたよねぇ。『侍太郎の奴、今頃迷子になって一人寂しい思いをしているんじゃあないだろうか?』とかさぁ」
「ほっほっほ、ツンデレ、テレテレ、テレフォンショッキング」
二人の煽りを受けて頬を染めるトガシは場の空気をリセットするべく、ワザとらしく咳ばらいを一つする。
「……下らん話はここまでだ。そろそろ先に進むぞ。ナーロッパ大陸の民達が、私たちの救いの手を待っているのだから」
そう言ってトガシは踵を返し、二人を先導するように前へ進む。
「…………それに、あの侍太郎が腹を空かして泣いているかも知れないし」
ボソッと小言を一つ零し、トガシは先程よりも歩調を強め進む。残った二人は顔を見合せ、やれやれと言わんばかりに方を透かした後、振り返らず先に行くトガシに着いていく。
天に昇る満月が三人の照らし、真っ白い砂浜に三人の影と、腰に携えている刀のシルエットが浮かび上がった。