第六幕
「そんな……侍太郎が負けちゃったってコト?」
信じられない光景を目の前に言葉を詰まらせるリコちゃん。
「ふん、侍と言えど所詮は人間。このデイオがちょいとばかし本気を出せばこの程度よ!」
侍太郎に勝利したデイオ。激闘を終え興奮冷めやらぬ顔で呆けるリコちゃんに視線をやる。
「どうだリコちゃん、吸血鬼にとって人間という存在の矮小さが嫌と言う程理解出来ただろう? 特に【夜の支配者】の前では人間なんぞ雑草にへばりつく事しか出来んアブラムシの様な存在だとなぁ……!」
段々とリコちゃんに迫ってくるデイオ。コツコツとなる足音一つ一つが妙に耳に響き、恐怖心を煽る。
「そしてこのデイオ、【夜の支配者】という器だけで納まる気など毛程も無い! 全ての人間共をこのデイオに血を献上するだけの家畜にし、今頃胡坐をかいている吸血鬼【本家】のボンクラどもを殺し、ナーロッパ大陸全土を、この世界全てを手中に治める!! 【世界の支配者】デイオとして世のロリっ子達を従わせ、未来永劫の存在となるのだ!!!」
リコちゃんの目の前まで来たデイオ。彼は右手を高くあげ、その手に冷気を溜める。
「まずは手始めにリコちゃん! 貴様を氷像にして【世界の支配者】の館に相応しいオブジェクトにしてくれるわ!! ウニィイイイイ!!!!」
「――オラぁッ!!」
「うげぇッ!!??」
後寸での所で氷漬けにされてしまう所で、リコちゃんは再びデイオのロリコンざっこぉおちんを蹴り上げた。彼がおちんを押さえている隙に、全身全霊フルパワーを使い拘束具を破壊し、デイオの横を通り過ぎる。彼女が必死に向かったその先は、館の出口ではなく、氷漬けになってしまった侍太郎の元だった。
そして彼女は侍太郎を思い切り抱きしめる。自身の体温で侍太郎を解凍させるという何とも無謀なことを成そうとしているのだ。
「侍太郎! いつまで寝てんだし! 早く起きろだし!!」
懸命にそう叫ぶリコちゃんであったが、侍太郎からの返事はない。代わりに感じるのは凍てつくような寒さだ。
「ねぇ、早く起きてよ! デイオを倒すんでしょ? 街の皆に希望の明日を届けるんでしょ!?」
肌を切り裂くような痛みが段々と消え去り、遂には身体の感覚が鈍くなってきた。それでもリコちゃんは声を張り上げ侍太郎に訴えかける。
確かに、今この場においてデイオを倒せる可能性を秘めているのは侍太郎しかいない。街の皆に希望の明日を届けられるのも侍太郎をおいて他にはいないのだ。
「……侍は約束を絶対守ってくれるんでしょ? ウチとの約束守ってよ!! 侍太郎ッ!!!」
しかし、それ以前にリコちゃんは嫌だったのだ。自分の憧れだった存在がこうも簡単に負けてしまうのが。一生懸命お手紙を書いて、やっと叶った筈の約束が、無残に破られそうな結末が。
「リコちゃん、君は何て健気な少女なんだ……。君がこのデイオに靡かなかったことを心から悔やんでやろう」
おちんの痛みが完治したデイオが拍手を送りながらリコちゃんに近づく。表情こそ憐れんでいるが、彼の手にはリコちゃんを葬るための冷気が宿っており、拍手をするたびに氷の結晶が弾ける。
「せめてもの情けとして、君が憧れる英雄の隣で永遠の眠りに付かせてやろう……! ウニィイイイイ!!!!!!」
デイオの両手がリコちゃんの頭上目掛けて振り下ろされる。侍太郎を助けるために体力を使い果たしてしまった彼女には最早避けられる術はない。彼女がそこまでして助けようとした侍太郎は、未だ直立不動で凍っている。
文字通り詰みの状況に陥ってしまったリコちゃん。せめてもの抵抗として両目をギュッと強く瞑り、【憧れの英雄】に力強くしがみついた。
しかし、リコちゃんはまだ幼子。悔しさや恐怖など様々な感情が入り混じった一粒の涙が、強く瞑った筈の目尻から滴れ落ちる。
頬を伝って落ちた雫は地面に落下し音を一つ立てて弾け消える。弾けた涙の粒が侍太郎の足元に微かに触れた。
――ぬぅん!!!!!!!!!!!!!!!!
「うげぇえええ!!!!!!!!」
今際の際だった時、漢の叫び声が木霊する。咄嗟に目を開けたリコちゃんの目の前でデイオが吹き飛ばされたのだ。
そして最も驚くべき光景は、凍っていた侍太郎の右腕が動いていたこと。そんな事では飽き足らず、氷像と化していたその身体がゆっくりと確実に前へ前へ歩を進めたのであった。
そして。
「ぬぅんんんんんんッ!!!!!!!!!!!!」
侍太郎が両手を大きる開く。彼が纏っていた氷や着物が四方八方に砕け散り、鍛え抜かれた筋骨隆々、裸一貫、褌一丁の侍太郎が誕生した。
「――氷獄の夜より舞い戻って来たぞ、デイオ!!!!」