第四幕
「……例えば、だ。この熱々のラーメン。君はラーメンでいえば丁度これくらいの食べ頃だと言える」
街から幾分か離れにある館でラーメンを啜る一人の男。高貴なブロンドヘアーに高身長の好青年に見える一方で、艶やかな唇に付いた汁を拭う仕草は何処か妖艶。爽やかさと色っぽさを兼ね揃え、何処か危険な空気が漂うこの男こそ、【夜の支配者】デイオであった。
「しかしだ。このラーメンをこのまま放置し続ければ麺が伸び、スープが温くなり、畑の肥やしにもならん残飯になるのみ……悲しいことだとは思わないか?」
そう言ってデイオは鎖で壁に腕を吊るされている少女に目を向ける。ナーロッパ大陸では珍しい黒髪の少女は間違いなくリコちゃんであった。
「はぁ!? 何言ってんのか全然分かんねぇし! さっさとウチを離せよキモキモおっさん!」
この地方の吸血鬼を束ねるデイオだと知っていながらも威勢良く叫ぶリコちゃん。そんな彼女の様子を肴にするように、デイオは魚介エキスたっぷりのスープを嗜む。
「ほう、このデイオに対して随分と吠えるじゃあないか。流石は単身でこの館に乗り込んできただけのことはある」
そう言ってデイオは徐に席を立ち、リコちゃんの前で膝をつき、彼女の顎に手を添える。彼の手は氷のように冷たく、自分の体温や精気が吸い取られているようなそんな感覚があった。
「その勇気を称えて君に一つ提案があるのだが、どうだ? このデイオの仲間にならないか? そうすれば君の若さは永遠の物となり、未来永劫このデイオと共に生きることが出来る。なんとも素敵な提案じゃあないかい?」
「…………アンタと未来永劫?」
「そうさ。夜の支配者に使えるロリッ娘メイド吸血鬼という属性モリモリ杜野凛世としてこのデイオの――」
「――オラぁッ!!」
「うげぇッ!!??」
何か色々口走りそうになったデイオが突然悲痛な叫びをあげる。何を隠そうリコちゃんがデイオの股間に思い切り蹴りをお見舞いしたのだ。
「ウゲ、このデイオのおちんに蹴りを……! お嬢ちゃん、これが君の答えだと言うのか!?」
「そうだよ! アンタと未来永劫だなんて絶対ヤダ! ウチは街の皆と一緒に明日を楽しく生きたいの!」
「……まさか人間の小娘にフラれるとはな。まるで学生時代の放課後、人が居なくなった隙をついて、好きだった女の子の椅子に顔を擦り付けているのを目撃された時のような、吐き気を催す最悪な気分だ……!」
デイオは股間を押さえながらその場で軽くジャンプをして、おちんのダメージを緩和させながら言った。
「おちんの痛みと振られた心の痛み、その償いはお嬢ちゃんの命一つなんかじゃあ償いきれんぞ? 覚悟は出来ているのか?」
デイオは自身の爪に血を凝固させ大鎌のような形に形成させた。まるで命を刈り取る形をしているソレを目の前にリコちゃんは動じることなく、ただデイオを睨みつける。
「死ぬ覚悟なんかとっくに出来てるもん……! それにね、ウチが殺されても侍がやってきて必ずアンタを倒してくれる! だから何も怖くないもん!」
凶刃の前でも屈することなく言い放ったリコちゃん。幼さの残る彼女の瞳には確かに侍の魂が灯されていた。
「…………サムライ? 誰だそれは?」
「ウチの故郷にいる正義の人達! 侍がきたらアンタら吸血鬼なんて一瞬で退治してくれるんだから!」
再び言い放つリコちゃん。しかしデイオは自らを脅かすであろう侍の存在に顔を顰めることはなく、彼女のことを嘲笑する。
「ハハハっ! 君はサンタクロースやオタクに優しいギャルを信じてるとでも言うのか? その侍とやらが君の故郷から遠路はるばるこのデイオを倒しに来るだなんて……全く発想が貧弱貧弱ゥ!!」
「…………来るよ。毎日お手紙沢山書いたもん。侍は約束を絶対守ってくれるんだもん」
「そうか。ならば約束通り君を殺し、後にやってくる侍とやらもこのデイオが葬ってやろう……。グッバイ! 我がおちんを傷物にした少女よッ! ウニィイイイイ!!!!!」
デイオはリコちゃんの首目掛けて、生成した大鎌を振るう。リコちゃんは目を瞑り死を悟ることなどせず、最期の抵抗としてデイオを睨み続けた。
――ぬぅん!!!!!!!!!!!!!!!!
そんな中、突如男の叫び声が館内に響き渡り、この部屋の扉が勢いよく蹴破られた音が聞こえた。リコちゃんの首が飛んでしまうまで後寸での所だった。
「…………誰だ貴様は?」
「――拙者、侍でござる」