第三幕
「わー! なんてこと!? 吸血鬼に人間が勝ってしまうなんて! 胴上げよ! 胴上げをしましょう!」
「すごいぜお侍さん! すごく、すごいぜ!! お侍さん!!! 銅像を作ろう! お侍さんの銅像!」
「どー! お侍さん! どー! お侍さん!」
街の危機を救った侍太郎に住人達は歓喜の声を上げる。
「ぬぅん。拙者は自分の責務を全うしたまで。見返りなど一切不要でござる」
「吸血鬼を倒したのに見返りを求めないだなんて……! 素敵過ぎるわお侍さん!」
「凄い、凄すぎる謙虚さだ! すごい! すっごーい!」
「すー! お侍さん! すー! お侍さん!」
「ぬぅん……」
侍太郎の一言一句に湧き上がる住民達に対して流石に恥じらいを感じたのか、彼らから目を逸らし無精髭を顎を指で撫でる侍太郎。すると逸らした目の先に居たある少女に視線が止まった。
大歓声を上げる観衆の中、一人黙って俯く少女。侍太郎は瞬時に察する、幼い彼女ではとても抱えきれない悩みを秘めているのだと。
「失礼、お嬢さん。何か悩み事でござるか? 拙者で宜しければ喜んで助太刀するでござる」
少女の前で片膝をつき、目線を合わせて侍太郎は言った。そんな彼の言葉に安堵したのか、少女は堪えていたであろう感情を涙に換えて表現する。
「じ、実は……友達が、“デイオの館”に行ったっきり戻ってこないの……」
「デイオ……? 其奴は何者でござるか?」
少女が口にしたデイオという人物。その名前が出た瞬間、先程の歓声が不穏な空気に変わっていく。
「デイオ……? それってまさかあのデイオってコト!?」
「この地域の吸血鬼を束ねる、あの夜の支配者デイオのコトか!?」
「わー! デイオ! わー! デイオ!」
「デイオ、夜の支配者……。何故ご友人は単身で其奴の館に?」
「分かんない……。でも、街の平和のためにデイオを倒しに行ったんだと思うわ。だって彼女も侍太郎さんと同じ、侍なんですもの」
「……どういう意味でござる?」
「彼女も日ノ本の国出身だってこと。名前はリコちゃんっていうの。侍太郎さん、リコちゃんのこと知ってる?」
「リコちゃん……!」
リコちゃんという名前を聞いて侍太郎の目を大きく見開く。しかし、それもまた一瞬の出来事。平常の刃が如く鋭い侍の眼光に戻った後、ゆっくりと立ち上がった。
「お嬢さん……悲しき辛い悩み、拙者に打ち明けてくれてありがとうでござる。後のことは拙者に全て任せて欲しいでござる」
「え? それって……?」
「今から拙者、デイオを討つべく出発するでござる。悪しき吸血鬼の親元デイオを倒し、必ずやリコちゃんを救ってみせよう……!」
「侍太郎さん……! ありがとうございます! あっ! コレ、お役に立つか分かりませんがどうかお使いになって下さい」
そう言って少女はある品物を侍太郎に預ける。
「私の先祖代々から受け継がれてきた秘剣、【対吸血鬼特攻滅殺封殺日輪丸】です」
「ぬぅん……」
少女から手渡された刀は全長五メートルはあるだろうか、鞘から柄まで漆黒であり、そして殺意の波動と呼ぶべきか、禍々しいオーラを発していた。そんな大剣を少女は何処から取り出したのか、それは神のみぞ知ることである。
「……お心遣い感謝する。しかし先祖から受け継がれてきたこの刀、拙者のような者が扱って良い品物では無いでござる」
「で、でも! これがないとデイオには……!」
不安と戸惑いを見せる少女。そんな彼女の頭を侍太郎は優しく紳士的に撫でてあげる。
「心配ご無用。その刀には負けるやもしれぬが、拙者にはコレがあるでござる」
そう言って侍太郎は柄を弾き、己の武器である刀を半身露わにさせる。研ぎ澄まされた刀身は月の明りに照らされてキラリと一筋鋭く光った。