第一幕
「キャー! 吸血鬼よ! 吸血鬼が現れたわ!」
ナーロッパ大陸のとある街にて。女性の悲鳴が夜を駆ける。
「吸血鬼だ! 皆! 吸血鬼が出たぞ!」
「わー! 吸血鬼! わー! 吸血鬼!!」
彼女の叫びを合図に住民達は一斉に逃げ始めた。我だけは助からんと一心不乱に逃げる住民達。そんな彼らの後方には、夜風に黒のロングコートを靡かせながら悠然と歩く一人の人物がいた。
「げっへっへ。俺様を一目見ただけで大騒ぎするとは。今日の餌は活きが良くて美味い血が飲めそうドラなぁ」
貴賓のある服装とは裏腹に、下品に音を立てながら舌なめずりをする男。その際に口から見えた二本の牙、ヤマンバギャルを彷彿とさせる長い爪、そして何より語尾のドラ。この男、間違いなく吸血鬼である。
「おい! そこの吸血鬼野郎! 止まれ!!」
逃げ惑う住民の中、一人の勇敢な男が立ちはだかる。彼は手に持っている猟銃を構え、吸血鬼の眉間に照準を合わせた。
「何の真似だ人間。まさかその豆鉄砲で俺様を殺ろうって訳じゃあねぇだろうドラなぁ?」
「くっ! 馬鹿にしやがって!? くらえっ!!」
激しく重い銃声が一度鳴る。男は間髪入れず二射撃目、三射撃目と引き金を引いた。短射程からの見事な射撃、幾ら吸血鬼だろうと木端微塵で誰もが男の勝利を確信していた。
しかし。
「…………効かないねぇ! 吸血鬼だから!!!」
「な、何っ!? そんな馬鹿な!」
あれだけの銃撃を喰らっても無傷だった吸血鬼は、そのまま片手で男の顔を掴み軽々と持ち上げて見せた。
「ドラキュラララッ!! これが吸血鬼と人間の圧倒的な差だドラ! お前達脆弱な人間どもは俺様の血の糧になるドラ!!」
「くっ! 今際の際か……!」
最早打つ手がなくなった男は心の中で神に懇願の意を唱えた。意味の無いことだとは分かっている。しかし、祈るしかなかったのだ。
――神よ、どうか私をお助け下さい。この街を、この国を、悪しき吸血鬼からお救い下さい。どうか、どうか……!
「ぬぅん!!!!!!!!!」
「ぎゃあああああああッ!!!!!」
いない筈の神に祈りが通じたのか、突如吸血鬼の腕が真っ二つに切断され、男は尻餅をついた状態で地面に落ちる。そんな男の前には謎の人物が立っていた。
見たことのない服装を身にまとい、無造作に生えている髭、男の癖に後頭部で髪を結っている。祈りを捧げていた神とは全くかけ離れている風貌であるが、彼が持っている刀の刀身は闇夜においてもその輝きを失わない。まさに神刀と呼ぶべき神々しさを感じた。
「ぐ、ぐぎぎぎー! 俺様の腕をよくも……!! 貴様何者だキュラっ!?」
血飛沫を上げる腕を押さえながら吸血鬼が叫ぶ。刀を持った男は眉一つ動かさず、刀の切っ先を吸血鬼に向けこう言った。
「――名乗る程のものではない。拙者、只の侍でござる」