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サムライ

 元の大きさに戻ったミウラは、イオタを背に乗せて疾走している。風になびくミウラのおひげ。風になびくイオタの尻尾。あきらかに、のぞみ号より速い。

 2匹のネコはムサシのヌシに会いに行くため走っている。


『ムサシのヌシ様は、いままで聞かされてきた内容を総合するに、どうも原初のヌシっぽいんですよ、これがまた』


 ミウラはもともとお喋りであった。イオタと会合してからのミウラは、その本領を発揮した。

 背中に乗っかったイオタは、ミウラの長話になれている。「ふーん」と気の無さそうな返事をしているが、しっかり頭に入れている。


『ムサシ様が言うには、大昔はヌシの数が少なかったそうです。悠久の時を過ぎ、気がついたらポコポコと各地にヌシが現れていて、デカイ顔をするようになったとか』

「ふーん」


『戦い合うヌシも少なくなかったそうですが、いつかの過去の時点でヌシの出現が少なくなり、争いで数が減り、争わなくなったとか。まあ、あらかたカタが付いたからでしょうね』

「ふーん」


『その頃かららしいですよ、人間が増えていったのは。それまであちらこちらで狩猟や稲作をして小さくまとまっていた人間が大きな集団になり、争いが起こり、より大きな集団に飲み込まれていったようです』

「どこかで聞いたような話でござるな?」


『ムサシのヌシ様は、ヌシの争いを参考にして人が争うようになったとか仰ってますが、いやいや、その事実は歴史が証明しています。食糧の増産と権力の集中ですね。原始国家の成立です。やがて支配者と被支配者に別れ、貴族が生まれ、サムライが生まれ、今ココです』

「侍が生まれたのでござるか?」

『侍というか、……あ、ちょうどいいや。あそこに行きましょう!』

 ミウラが方向を変えた。先には土煙と怒号が。


「おお、鎧兜に槍と弓! 戦でござるか!」

 イオタが言うとおり、開けた土地で鎧武者の集団同士が戦っていた。

「あれなるはどちらかの大将! 大鎧にござる! となると、南蛮人はまだ来ていないと?」

 当世具足は見かけない。


『わたしが詳しいのは桶狭間からでして。以前はとんと知識にございません。ところで、何所で戦ってると思われますか?』

「足下は……あれ? 稲でござるぞ。収穫前の稲でござる。踏み荒らしておる! 収穫が始まっておるというのに!」

『その通り。もうちょっと近づきましょう』


 ミウラは足音を完全に消し、戦場へ近づいていく。サムライ達はミウラに気づかず、実った稲を蹴散らかして戦っている。

 ミウラは勢いづけて戦場のまん中へ飛び込んだ。


 驚いたのは戦の当人達。

 いきなり巨大生物、ヌシが出現した。ほとんどの者は逃げるも、トチ狂った数人はミウラに攻撃を仕掛けてきた。

 1人がミウラの額めがけ矢を放つ。

 もう1人が槍を振り上げ、ミウラの足に突き刺す。

 残りは大太刀を振り上げ斬りかかってきた。

 

 矢はミウラに命中したが、刺さることなくポトリと落ちる。

 槍は突き刺されたが、穂先が折れた。 

 刀で斬りかかるも、全く切れず。

 ミウラは前脚を乱暴に振った。

 それだけで、サムライ達はバラバラになって吹き飛んでいった。


「鎧兜の意味が無いでござるな」

『物理的な力量差もありますが、なんか、こう、ヌシにはオーラ的な? 不可視の障壁的なのが張られていて、人の能力ではそれを貫通させることができないようです。で、同じヌシと、ヌシに似たようなナリソコナイだけが障壁を突破できるんですよね』

「良くできた話でござるな。とりあえず、殺し合いは避けられた。良きことにござる。稲は残念でござるが。では先を急ごうか」

『まだ見学は終わってません。この先の村へ行ってみましょう。たぶん、村を取り合っての合戦ですよ』

 シタシタと早足で村へ向かうミウラ。

 


「どういう事でござるかな? このっ!」

 イオタは3人目のサムライを斬った。


 両手に食べ物を持っていたので反撃も防御もすることなく藁人形のように斬られた。

 みすぼらしい家。たたき壊された戸からのぞく荒れた内側。

 老人の男女が血の海に沈み、上がり口で夫であろう若い男が死んでいた。

 奥の間には乱暴狼藉された跡が一目で解る姿の若いおなごが。血にまみれて死んでいた。

 さらに先には年端もいかぬ子らと、おくるみに包まれた赤子が死んでいる。

 この家を覗くまで、5軒の家を覗いた。ここが最も被害の少ない家だった。


『食べ物を奪うだけ奪って、殺して犯して逃げるところに出くわしたわけですな。せめて収穫が終わってから襲撃すれば良かろうものを』

「こやつら侍ではない!」

 イオタの目が吊り上がっていた。尻尾が不安定に揺れている。


『サムライです。ちなみに、旦那が斬り殺した3人は敵同士です。協力して襲撃したようですね。だよな、そこのサムライ!』

「ひぃ! お許しを!」

 土間の隅っこで縮こまってる最後のサムライ。下半身剥き出しだ。何をしていた最中か?


「どこの御家中の者か?」

「ひっ、アっ、アシムラ家のものですっ!」

「聞いたこと無い家名でござるが、アシムラの殿様が嘆こう。斬るか?」

『イオタのヌシ。逃してやろう』

 ゴキブリマントの赤い少佐の声だ。ミウラがヌシモードに入った。

「なぜに?」

 モードに合わせるイオタ。

『生き残って、我が恐怖を伝えさせる。行け!』

 汚い尻を見せ、脱兎のごとく走り去るサムライ。


 イオタの顔は暗い。尻尾がうねっている。

「侍とは武士(もののふ)ではござらぬのか? 武勇をもって主君に仕え、民百姓を守る者なのではないのか?」

『イオタの旦那、ご心配なく。旦那の時代のお武家様とここの侍は別の生き物です。こちらのサムライはヤクザの別称。さぶろう人、つまり権力者に付き従う卑しき者でございますよ。お武家様と比べたりしたらお武家様に失礼です!』

「ヤクザか。たしかにな!」

 イオタは唾棄するかのように言葉を発した。


『自分の我が儘を押し通すための力。それがこの世界のサムライ理論。まさに?』

「ヤクザでござる! 害虫にござる!」

『正解です、旦那。ヤクザが立派な武装を手に入れた。シノギをけずってお家の縄張りを広げている。いいえ、お家ではない、組です。広域指定暴力団アシムラ組。ヤクザの大親分アシムラなにがし長治郎とは俺のことでぇ!』

 ミウラがおどけて見得を切る。


「しかり!」

『ところで、競争相手のヤクザ組を吸収合併して、縄張りの土地を広げすぎて平野を通り越したら何所とぶつかるでしょう』

 がらりと声色を変えるミウラ。顔を見たら必ず犯罪に巻き込む大人の子供の声である。

「うーん、我らとぶつかる?」 

『そうです。ヌシの縄張り、領土へ接触します。ヌシと接触する組がいくつか。そんな組はもれなくヌシに滅ぼされます。ヌシはサムライを捕食するとまで言われています。そういった関係なんですよ、ヌシと人間は』

「ならば、ヌシで人の世を作ってはどうか!?」

『それだと人は思考を手放します。強権主義は人を家畜にします。主体性のない不自由な家畜の生活が、知的生命体として正しいですか? 人は人の意思で成り上がっていかなきゃ』

 ミウラはイオタの前に腰を下ろした。

『人にはまだ先があると信じたいですね。さ、先を急ぎましょう』

「……うむ」

 釈然としないイオタを背に乗せたミウラは、よりカントウ山地に沿うようにして北上していった。

 


「その、ムサシのヌシ様が治める地まで、まだ遠いのでござるかな?」

『山地沿いに北へずっと走ったところでございます。広大な領土をお持ちです。ま、ほとんどが平野部なのが、あの方らしいのですが』

「そこまではミウラの領土となるのでござるか? 広いなー」


 ミウラは平野部をひた走る。遠く右に左にと人の集落が見てとれる。城のような、砦のような、戦のための建築物も時々見える。


『いえ、ここの地はサガミのヌシ様の物です。わたしの領地は間借りしたミウラ半島だけ……ああ、イズも持ってますが。アレは不可抗力です。勝てたのは幸運。わたしの力じゃとても治まりません。イズは近い将来、どっかのヌシに……スルガのヌシあたりに取られると思います。それまでに領民を懐柔してスルガのヌシに反抗的になるように仕込まねば!』

「だからサガミの地を瞬間移動できないのか。あと最後の方が黒いぞミウラ。それで、勝手に他人の土地を走ってて大丈夫なのか?」

 大きな川をぴよんと超えた。イオタは、なんとなく多摩川を思いだしていた。


『普通駄目ですが、わたし、小さいし若いし弱いしで見逃してもらってます。サガミのヌシさんは難しいヌシさんですが、心は広い』

「ほほう、それは御仁でござるな。ちなみに、サガミのヌシ様はどの様なお姿でござるかな?」

『えーっとね、一言で言うと、堅い甲羅を持った蜘蛛ですかね? あるいは陸に上がった蟹? 自立型多脚砲台?』

「あんな感じでござるかな?」

『そう、あんな感じ、ってええーっ!?』

 ミウラは急制動をかけた。


 ミウラの進行方向に多脚砲台が突っ立っていた。8つの目。8本の足。足の先端は、鋭い刃物。特に前脚は蟹のはさみを装備した幅広型。

 全身を覆う甲羅はキチン質っぽくて堅そう。体のあちらこちらからヒレとか苔だとか蔦だとかが、垂れ下がっている。年季を感じさせる風体。

 口であろう部分に、鋭く尖った爪が生えた小さな虫脚がたくさん。イライラしているのか、ギチギチとこすれた音を立てている。


 サガミのヌシである。


 あからさまにミウラを正面で捕らえている。先回りされて待ちかまえられた。ミウラの位置情報が掴まれているのだ。

 8つの目が鬼灯(ほおずき)のように赤くなってる・

「心の広い御仁と聞いているが、どうみても戦う気満々にござるよ」

 

 


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