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ヌシの、パプリカを使ったとろーりチーズの蒸しホワイトドリア


 和風のゆったりした音楽が流れている。ミウラ神社の神官に、若いとき音楽を志した者がいて、そいつに作曲させた。


 音楽協会未登録フリー素材である。


 斜め上からかやぶき屋根の古民家が映し出されている。

 画像が移動。台所裏の窓から、なにやら作業をしているらしきイオタさんを覗き見る構図。

 ここまでが録画再生。これよりライブである。


 ミウラは嘘偽りのないヌシの生活を配信したいと希望している。だから加工できないライブに拘っている。


 画面が切り替わって、家の中へ。土間に立つ、エプロン姿のイオタさんが映る。

 先のお家紹介動画は没になった模様。


「さて、『チャンネル、イオタのヌシ』、初放映にござる。ライブにござる。拙者がイオタのヌシにござる。よろしく頼む」


 軽く一礼。頭頂のネコミミがこっちを向く。何かを感知したのか、左の耳がピクついた。250人ばかりの視聴者が悶絶した。

 そういう些細な出来事は置といて、さあ、「チャンネル、イオタのヌシ」(後に視聴者から「イオタちゃんネル」と通称される)の始まりである。


「ここではいろんな事をやっていこうと思う」

 だいたいのヨウツゥーバーは「いろんな事をやっていく」とか「おいーっす!」とか言ってるから、これは挨拶のような物と捕らえていい。


「まず今回から、しばらくは拙者が得意とする料理を披露しよう!」

 イオタが竈の縁を使った調理台へと移動する。カメラもイオタを追って移動した。


「すでに知っていようが、ヌシも物を食べることができる。食べたからと言って消化するわけでなし、血肉になるわけでなし、どこかへ消えてしまうからあら不思議にござる。それと、ヌシは味音痴なので、参考にされる方は、調味料をお好みの量に調整していただくことをお勧めする」


 ぺこりと軽く一礼。イオタさんの動きが堅い。だいいち、ヌシの下位種である人間相手に、イオタさんが頭を下げる必要はない。


「いざ、参る!」

 ぐいと袖をまくり上げ、白い腕を晒す。その白さに反応したもののふ共のメッセージでコメント欄が埋め尽くされた。


 まな板に鶏肉だとか、タマネギだとか、パプリカだとかを説明しながらトトトトッと切っていく。なかなかに上手な包丁捌きだ。

 

「次に、竈の火を確認してくだされ。火加減によって薪を何本かぬいてもかまわぬ」

 普通の家に竈はないし、薪も装備してない。


「まずはくりぃむとばたぁに火を通して、ほわいとそぅすを作るのでござる。さあ、ふらいぱんを用意するでござるよ! 小さな子は真似してはいけないでござるよ。」

 凄い得意顔で、竈から噴き出している炎の上にフラパンを載せる。


「熱する前に、牛乳とばたぁを入れて塩胡椒少々」


 フライパンにドボドボとブツを放り込み、手早く混ぜる。

 木べらで円を描くようにかき混ぜていく。


「こうして、焦げぬよう、涌き上がらぬように気を遣いながらゆっくりと木べらで馴染ませる。だいたい混じったなと思ったら火から下ろす」


 フライパンを横にどける。

 ガスや電気と違って、竈の火は薪が燃えているもの。簡単に火を消したり付けたりができない。火から下ろすときは、文字通り火から離すだけで、火そのものは消さない。


「次に、熱々ご飯を深皿に盛る。これは竈炊きをお勧めする」


 普通の家庭にはない竈は二つあって、フライパンを乗せていた方と違う方に釜が添え付けられている。

 重そうな器具他をあけると、中から湯気がふわり。ピチピチの白米が行儀良く並んで湯気を上げていた。


「これを深皿に取る。おお、深皿には前もってばたぁを塗っておくと良い。ばたぁとは牛の乳から作る油脂商品にござる」


 ドヤ顔でバターを説明するイオタさん。しゃもじで満タンコ御飯を盛る。上からしゃもじでぐっと押さえる。

 テロップが流れてきた。「御飯の量はお好みで」


 ここまで普通だ。おもしろ要素が一つも入ってない。


「次に、ぱぷりかをお好みの大きさに切る。ぱぷりか、とはぴーまんの熟した物にござる。拙者はこの世に無くても良いと思うのだが、ミウラのヌシが抜いてはいけないというので仕方なくでござる」

 トントンさくさくと切っていく。さくさくさくと……微塵切り一歩手前である。


「細かく切れば、味もさほど分からぬようになる。馬鹿舌万歳! そして先にゆでておいた鶏肉を――」

『イオタさんイオタさん!』

 イオタの台詞を割って若い男の声が入ってきた。ゴキブリマントの赤い少佐の声によく似た声だ。

 声は焦っている!


 チャットは、この声誰だ誰だ? ミウラのヌシだ! ミウラのヌシ、エエ声や! の文言で溢れかえった。


「何でござるかな?」

 イオタがカメラ目線になった。どうやら声の主はカメラの人のようだ。


『フライパンが! 火から下ろして!』

「何言っておる。ふらいぱんは火から下ろしておるわ!」

 カメラが横にスライド。フライパンを映す。


 ホワイトソースを作っていたフライパンだ。火から避けるため、横にずらしたはずだったのだが、ずらし方が足りなかったようだ。一部が火にかかって熱の供給が続いていた。

 だが、問題はそこじゃない。


 いや、フライパンであるが! 


 フライパンの中身が黄色い光を発していた。


 フライパン降ろして! 焦げる焦げる! そういう方向性でしたか! そんなメッセージでチャットが溢れかえる。

 投げ銭も大量に放り込まれた!

 牛乳だった物体が入道雲のように涌き上がり、意志を持った動物の頭みたいに左右にゆっくり揺れている!


【オオオオオォーン】

 静けさや、腹に沁みいる謎の声。


「なんでござるか!」

 イオタが慌ててフライパンを竈から持ち上げた。


 熱が引いたせいか、一気に謎物体が形を作り上げていく! 

 黄色い光が徐々に収まっていき、タマネギだった物体は赤黒く変色。所々黄色に発光している。


『何を召喚したんですかイオタさん!』


 ぶにぶにと苦しそうに藻掻き、やがて発光が収まる。

 色も白いフワフワした物に。


 赤くて小さな目が二つ。兎のように長い耳が垂れて左右に割れている。

 ぴょこんと顔を出す。兎大の可愛い生物。小さなお口をムグムグさせている。

 ぶっちゃけ可愛い。


「これって……」

『ナリソコナイですか?』


 白いナリソコナイは、フライパンからぴょこんと飛び降りた。尻尾はネコのように長い。

 キョロキョロと辺りを見渡し、上を見上げハッと気づく。

 イオタの腕に首筋をモゾモゾと擦りつける。目が細められ、気持ちよさそうだ。


『イオタさん、責任もって飼ってくださいよ!』

「なんででござるかな? 拙者は与り知らぬ事! おまっ! 何懐いておる! あ、これ、食材を食うでない! これ! 食べるなと申しておるのに――」


『突然ですが。本放送はこれで打ち切らせていただきます。ご試聴ありがとうございました!』

 ナレーションが終わると同時に画面が激しく揺れて、ブラックアウト。


 おい、何だ今のは! ヌシの恐ろしさを垣間見た 等々、どんどんチャットが溢れていく。

 そして――ヌシ関連の研究者界隈が大荒れ!


 ――よい子は真似しちゃいけません――

 

 

 

 白い兎みたいなネコみたいな、きゅうベェみたいな可愛いのは、チャンネルという単語をアナグラムして、ネルちゃんと名付けられた。イオタにしてはなかなか良いネーミングセンスである。

 ナリソコナイらしいのだが、ナリソコナイかこれ?


『物を食べる以上、ナリソコナイじゃないですね』

「食べるけど糞はまだしていない」

『生物ですかね? どうやって作ったんですか?』

「牛乳を温めていただけにござる」

『うーん、そうなるとバターと塩加減ですかね? 原因は』


 謎である。ヌシの力は未知数だ。


『なんにしろ、チャンネル登録者数がとんでもないことになってますから、成功とみなして良いでしょう。幸先良いですよ、これは!』


 ミウラが言うように、初回正式ライブ配信でチャンネル登録された数と、いいねの数がぶっちの記録を叩き出したのだ。


「次も料理かな? できれば、某が作った事のある料理にして欲しいのでござるが?」

『それが平和、もとい……良いとわたしも思ってた所です』


 その日、次回配信内容について、夜遅くまでネルちゃんと一緒に遊んだ。(日本語ェ)

 

 

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