結婚式
ミウラ半島の深い山の中。ミウラの家である。
かやぶき屋根の日本家屋。土間があり、竈があり、囲炉裏があり、6畳と8畳の間がありと、この時代では大きめの普通の家だ。
『えーっと、なんかすいません。気がつかなくて』
ミウラの声は、見た目が子供の人のに変わっている。
「うむ、まあよい。某もどうかしていた。大概の者、神ともヌシともならば、女子の生け贄を求めたりするものでござる。それにその巨体だ。おなごに覆い被さったところで潰すのみでいたせぬ。許せ」
『有り難き幸せ。せめてバンキュバーンな美女でしたらイオタの旦那も、あ! 思いだした! デイトナさんだ!』
「うむ、某も思いだした、デイトナ殿くらいの美女であらば、話はこじれなかった」
そう言って……イオタもミウラの嗜好に理解を示した。なんだかんだ言って似たもの2人である。
「うーん、でもな、なんであの時腹が立ったのだろう?」
ミウラがそんな事するとは……村娘がイオタ&ミウラ規格に適合する美人であらば、あのようなみっともない真似はしないで済んだはず。けして性癖によるものではない。もともとミウラもイオタが持つ性癖にかぶりが多く、ミウラが選んだスケベビッチはイオタも至高なはず。日本語オカシイ。
「まるで、某が某でないというか、性格が狂ったというか……」
『その件に関してですが、わたしも疑問に思うというか疑ってるところがありまして……なんというか、弁解でも言い訳でもありませんが、わたしって、人間の女の子をはべらすような性格してましたっけ?』
前脚を顎に当てるミウラ。
「たしかに。ミウラはそんなことしない。せいぜいスカートの中を覗いて喜ぶようなド畜生だった」
『そうでしょうそうでしょう。わきまえてるのがわたしです。ねぇ旦那……』
ミウラはすこし言い淀んだ。
『……わたし達、転生に成功したと思いますか?』
「失敗したと? どういう事でござるかな? 某は某でござるよ?」
『うーん、上手く言えないなー。もうちょっと考えさせてください。それと、先輩のヌシが近所に棲んでるんですよ。ムサシのヌシ様って言って、気さくないい方ですよ近いうちに会いに行きましょう』
「それは心強い!」
等と話をしながらイオタは収納からお供え物を取り出していた。
米俵だとか野菜だとか炭だとか、なんかいろいろ。
あれから一日かけて全てのお祭り会場を回ってたのだ。もちろん、人身御供に出された娘は全部返した。でもって、同じような寸劇が何回も繰り返されたのだ。飽きるというか慣れるというか。
「おっと、あったあった! そら!」
『あ、徳利と盃だ』
徳利というより瓶子に近い。変わったデザインの酒器だ。
「酒もあるでござるよ!」
儀式をもって始まりと成す。つまりそういうことである。
「盃を交わすにしては、ミウラ、おヌシの体がでかすぎるぞ。どうしてくれよう」
ミウラは4トントラック8台分より幾分小さいという巨体である。今も、家に入らないので庭先で香箱座りをしている。縁側に腰掛けるイオタと話をしているのだ。
「できれば、床の間がある6畳で執り行いたいが……」
時代がよく解らないが床の間が存在する世界だった。
『旦那、ご心配なく。そう言うときの変幻自在です。むん!』
ミウラが気合いを入れるとアラ不思議。ウラの姿はみるみるミ小さくなっていき、現実の虎サイズにまで縮まった。虎サイズのチャトラネコである。
「ほほう便利でござるな!」
『えーっと……ちょいと上がりますよ。っと!』
ヒョイと足音もなく縁側に飛び上がり、イオタと一緒に奥の6畳へ歩いていく。
……イオタさん、あの巨体だから村娘に手を出せないと思ってましたが、このサイズになれば出せるんですよね。気がついてないみたいなんで、だまってよーっと!
不謹慎な事を心に秘めるミウラであった。
さて、2人は床の間の前で向かい合って座っている。
イオタは正座で。ミウラはネコのお座りで。
2人の間に徳利と盃が三宝に乗せて置かれている。
「では、まいる!」
ミウラの手がネコのあれなんで、イオタが自らの盃に酒を3度に分けて注ぐ。酒は白い色をしていた。ミウラの村自家製どぶろくである。この時代、酒税法がないのでなんら後ろめたいことはない。
酒を満たした盃を両手でもち、そっと口を付ける。2度、小さく盃を傾け、3度目で酒を飲み干す。
横に置かれた桶に酒のしずくを払い、口を付けたところを指で拭い、三宝に盃を置く。
そして、3度に分けて酒を注ぐ。三宝をミウラに差し出す。
ミウラは盃を両前脚で持った。ネコの手は意外と器用なので、これ位のことならできるのだ。
ミウラはイオタを真似、3度に分けて中身を飲み干した。
「これで固めの盃を終了とする。これより某とミウラは夫婦にござる」
『なんか、こう、恥ずかしいような、てへ!』
「次に問題となるの嬉し恥ずかし初夜にござる」
間が空くこと約3秒。
2人同時に口を開いた。
「某が上でござる」
『わたしが上になります』
夫の位置取りのお話である。
「固めの儀の席位置が夫側でござった」
『わたし、オス。イオタさん女性』
この間、5秒。
「埒があかんな。この場合、勝負でござる」
『まさに雌雄を決する戦いでございますな。一歩も引けません』
「殴り合いか? それとも相撲か?」
『暴力に訴えない良い方法があります。競歩です。早歩きです。この家の周りをぐるぐる回って先になった者勝ち』
「良かろう。勝負でござる!」
とうことで、上半身まっすぐで足をコソコソ動かして進むイオタと、四本の足をチョコチョコというかカサカサというか動かして進むミウラの競争となった。ちなみに公平を期すためミウラは虎サイズのままである。
「ミウラよ、お先に失礼でござる」
イオタが先に出た。
『四つ足を嘗めないでください。こちらこそ先に行きますよ。ゆっくりしていってください』
頭一つミウラが先に出た。
「いやいや、某が先に行くでござる」
『なんの、わたしがお先に行きます』
「某が行く!」
『わたしが先に行きます! ほら、頭一つ出た。出たって言った。言って出た!』
「いくでござる」
『出ます。いきます』
「いくいく」
『もう出る。ほら出た。まだいかせませんよ!』
「あー、いっくー!」
『出る出る、出たー!』
周回数を決めていなかったのと、ヌシとしての無限体力ボーナスと、2人が意地っ張りなため、徒競走は三日三晩続いたという。
冷静になった2人は、ミウラが言ってた面倒見がよい先輩のヌシに挨拶するため、家を後にした。
男女混合徒競走、流行ると良いな。
そろそろ本領発揮です。