開設
昼のワイドショーが、鎌倉のミウラ神宮よりの中継映像を流していた。
イオタさんが買い食いした店で、レポーターが一人きりできつねうどんを食べている。
「まさか、かような騒動になるとは……」
『イオタさんお神籤が品切れで予約販売になってますって』
お神籤が予約販売って……。
「ミウラ君抱きぐるみも飛ぶように売れておるらしい」
『イオタちゃん抱き枕も企画が出たらしいですが、生産工場が、刀を持った謎の覆面犯罪者に襲撃されて、機械が壊れて生産中止になったそうですね』
「それは仕方ないな」
しばし無言でテレビを眺めているネコ2匹。
『あ! 取材のため力ずくでうどん屋さんから人を排除していた事に怒りを覚えた重症のイオタさん患者が殴り込みをかけてきた! いつまで独占してんだコラーって叫んで、ああー!』
「レポーター殿が袋だたきにござる。画像の揺れが酷くて酔いそう、ああっ、画面が閃光を発した後、真っ黒に!」
画像がスタジオに変わった。元俳優の司会者が、冷静に見当はずれな質問をレポーターに入れている。当然レポーターは答えられない。それでもしつこくレポーターを呼ぶ司会者。
これ以上は見るに忍びなくなって、テレビの電源をオフにした。
『ちょっと予想していた以上の騒動になっております。こまりました』
「仕掛けておいて何を言う」
『反省しております。焚き火を仕掛けたつもりが、おりからの強風で森林火災にまで発展した様相になってまいりました。ここで手を打たないと火消しすらままならぬ』
「如何致す? 水でもまくか?」
『水は逆効果でしょう。ここはいっそ、爆破消火の方向で』
「チャンネル・イオタのヌシ」開設のお知らせ。
動画配信サイト・ヨウツーベに、一つのチャンネルが開設された。配信者名は「nushi of MIURA」。
数ある偽イオタ配信動画といささか異なる点は、伊豆のミウラ神社と、鎌倉のミウラ神宮が公式に相互リンクしている所だ。特に伊豆のミウラ神社は、神社の解説でヨウツーベを開設済みなので、そこからもリンクが張られている。
さて、肝心の画像は……囲炉裏にくべられた薪が、小さな炎を揺らしている図。
板の間の中央に添え付けられた囲炉裏と火。背景は古い竈と土壁。
画面に流れる「先行テスト配信(LIVE)」のテロップ。流れてくる音楽は、聞いたことのない和楽。
ちょっとこれ本物じゃない!?
そんな情報が瞬く間にヨウツーベ界隈に流れた。シイッターのトピックスに「イオタのヌシ、ヨウツーベ開設」のハッシュタグがトップで紹介された。
しかし、何の情報も動画から流れてこない。揺れていた炎も、時間と共に消えている。
コメントもチャットも禁止されていて、動画上で情報交換ができない。検証動画がいっぱいあげられたが、だいたい言ってることは同じだった。
窓から差し込んでいるであろう明かりが陰り、画面が暗くなって物の判別が付かなくなってきた頃、動きがあった。
いきなり画面が明るくなった。
これだけで大騒ぎである。もうすぐ顔を出すぞ! SNS界は大騒ぎとなる
明かりの色、ぶれ方から蝋燭か油皿が使われたのではないかと検証が入るも、動きはそれっきり。
長時間にわたり、同じオレンジがかった色合いの明かりが続くので油皿系の明かりだと推測される。っと、ドヤ顔の推測系動画が多数上がる。
動画アップから12時間後の深夜。夜通し、ずっと動画を見ていた者が恩恵を賜った。
見逃してしまっても仕方がない。そんな不意打ち気味に、画像の前を何かが横切った。
それは人の下半身。紺の袴に黒くて長い尻尾。足音も立てずスタスタと3歩で通り過ぎた。
落ち着きかけていたSNS界が大騒ぎのぶり返し!
登録数(?)が爆あがりするも、その後音沙汰無し。
やがて夜が明け、辺りは白い光に満ちてくる。炎の明かりも朝日に隠れてしまった。
さてそろそろ、まっとうな社会人、並びに学生の健全なる諸君は出勤登校の時間。徹夜明けの泥っぽい体を引きずりながら支度をする人も多かろう。
っと、いきなり、またまた、画面前を横切る下半身。紺の袴に黒くて長い尻尾。今度は白い足袋もチラ見えした。
さあ、お祭りだ!
イオタさんが朝の支度をする! いよいよ本番だ!
盛り上がるイオタ患者。
さあ! さあ! ……何も起こらない。
ギリギリまで見続けて時間切れ。後ろ髪を引っ張られながら家を出る者。何もない囲炉裏だけが映し出されているスマホの画面を見ながら、会社へ、学校へと急ぐ人の群れ。
みんなが日頃の生活を取り戻した頃である。
不埒な理由を報告して休んだ者、シフトの関係で家にいた者、或いは在宅で、或いは自宅警備員が。選ばれし者達だけが見た。
画像が何かで塞がれたのだ。画面が浅黄色一色だ。
カメラの直前に座り込んだ者の背中らしい。
なにやら動きが有ったようだが、後ろからでは何が何やらである。
だいぶ長いこと画面が塞がれていた。
いなくなったのは現れたときと同じく唐突にだった。
今まで火が入ってなかった囲炉裏に、赤々とした炎が上がっている。
炎が炙るのは、黒い鉄鍋。自在鉤(あの魚の形した)にぶら下げられているヤツ。
鍋から湯気が上がってきた。それに合わせてか、カメラが揺れた。ピントや画角を調整したのだろう。
ずっと流れていた音楽が止んだ。「先行テスト配信(LIVE)」のテロップが消えた!
何かが始まる、いや! 始まった!
諦めず動画を見続けてきた人の死んだような目に生気がよみがえる!
ゴソゴソと音がして、また目の前の画像が塞がれた。誰かの背中だ。ピントが合ってない。
「イオタさん、イオタさん、カメラの前に座っちゃだめです。何も映らなくなりますから」
若い男の声が聞こえた。ゴキブリマントの赤い少佐の声そっくりだ。……ちなみに、この世界、ガンダムがない。代わりにモビールフォース・ガンカルがある。そこで敵役の声を当てている人は赤井さんではない。
初めての音声が若い男の声となり、シイッターが大いに荒れた。
「お、そ、そうか?」
狼狽えた少女の声。画面が揺らぎ、視界が開ける。
何事もなかったかのように済ました顔のイオタさん初登場! 浅黄色の着物に紺の袴だ。
補強したはずのSNSサーバーがダウン!
イオタさんがカメラの正面に正座で着席。
鍋の蓋を取り、木勺で軽くかき混ぜる。鍋の中に入った大根とかが垣間見えた。
イオタさんが木勺にすくった汁に口を付ける。唇をムゴムゴさせて、脇に置かれた壺より、白い粉を出してドバドバと鍋に投入する。
「いやちょい! イオタさん、塩入れすぎ!」
また若い男の声が聞こえてくる。
「お、おう!」
投入を中止し、味を見る。目がバッテンになる。
どうやらイオタさんが無防備に投入した調味料は塩だったらしい。
桶から水を投入。
「味を調えるのに水を使うところをはじめて見ました」
声だけのツッコミが入った。
続けて味噌を投入。
「普通逆ですが」
味見をして、満足げに頷くイオタさん。
そして、流れるアップテンポの和楽。
徐々にフェードアウトしていき、放送は終了した。
後に、シイッター上で、あの男の声は誰だ? ミウラのヌシが顕現されたのだ、とか、イオタさんの料理は一個艦隊分の破壊力だとか、大いに賑わったという。




