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三歳児イオタさん


 前回までのあらすじ。

 イオタさんが3歳児になった。

 

 どよどよどよ!

 会場がどよめきでうるさい。


「と、このように、ヌシによって種類が違うが、その方らが言う物理や生物の学問を無視した力が備わっておる」


 イオタは、チョンと座布団にお座りする。つぶらな瞳だ。

 背が縮まったので、文机から顔だけが覗いて見える。


「ミウラのヌシが雷を落とし、オワリのヌシが、なんか、こう、すごい爆発的な攻撃技を繰り出すように。それぞれが何らかの力を持っておる」


 いやいやいやいや!


「ご満足いただけちゃかな?」

 あ、最後のトコ噛んだ。


「あ、ありがとうございました」

 吉田の質問は終わった。受けた衝撃から、ちょっと立ち直れていない。 


「次の方」

「はい!」

 吉田の隣に座っている男だ。


「人の力ではヌシに危害を加えることができないと言い伝えておりますが、本当でしょうか? そこを詳しくお教えください」

「うむ」

 ちっこいイオタさんが大人っぽく、クッソ生意気に頷いた。


「日本には、ヌシとナリソコナイと人が住んでおる。ヌシは人とナリソコナイを簡単に殺すことができる。ナリソコナイは、人を殺すことができる。ものすごく頑張ればヌシを殺すことができるが、まあ無理だ。可能性はあるとだけ言っておこう。そして、人は頑張ればナリソコナイを殺すことはできるが、頑張ってもヌシを殺せない。こんな関係に成り立っておる。

 理由は解らぬが、人の武器ではヌシを殺せぬ。例えどの様な武器であっても殺せぬ事は、先の大戦における原子爆弾でお解りかと思う。原子爆弾といえど、人の手で作られし物。ヌシに通じぬ。ならば自然災害では如何かという疑問もござろう。

 九州のとあるヌシが、知り合いのヌシに煽てられ、火山に身を投じたという事件があったが、何ともなかったらしいでござる。元々頑丈な作り故、ちょっとやそっとの災害では、傷つけられぬ。

 ちなみに拙者もその昔、人がわざと起こした崖崩れで生き埋めになったことがござるが、平気で這いだしてきた。何らかの行程で人が関与した攻撃は通じぬと言うことにござろう。

 ナリソコナイはヌシの気みたいなのが溢れると生み出される。限りある命を持つモノにござる。ご存じのように知恵はない。人が殺しても主は何とも思わぬ。存分に退治なされよ。手に余るようなら、血に逸った若いヌシを斡旋しよう」


 過去何回も喋ってきた内容だ。流れるようにすらすらと口をついて出た。


「有り難う御座いました」

 質疑は終わった。

 

「では次の方」

「夕日テレビの田中です」

 所属と名を名乗ると、さっそく質問に移る。


「なぜ会見を開かれたのですか?」

「その方、夕日テレビにござるな? 毎週ネコライダー・イオタを拝聴しておる」

 凄く気まずい。アレ、知ってるけど。明らかにイオタをモチーフにしている。無断で。


「それは有り難いことです。ご意見がございましたら承ります」

 それくらいの空気で引き下がっては記者の仕事なんぞ勤まらない。


「うむ、酷い出来にござる。それと、げぇむや小説、映画などに拙者らしき小娘が出演しとるでござろう?」

「はい」


「それ、間違っておるから。そこ元も、自分と違う自分が一人歩きすれば咎めることもあろう? 昔はヌシと人との間柄は決まっておった。人は等しくヌシを知り、ヌシは等しく人を知っておった。その関係が崩れたからには、たださねばなるまい? 以上にござる」

「あ、有り難う御座いました」


 やばい、これ以上突っ込んだら怒りが落ちる。ここですっこんだ田中は敏腕だ。


 次の記者が名乗りを上げた。 

「仮に、ヌシを生物の種としてとらえることを許していただけるとして、……ヌシの誕生と死亡について詳しくお話を伺えますか?」

「うみゅ!」

 イオタは一つ頷いた。舌足らずのままだ。


「まず、拙者はヌシの中で比較的若い方だと思っていただきたい、いや、最年少かも知れぬな?」

 額に皺を寄せ、顎に拳を当てて考える、クッソ生意気な3歳児。


「上手く表現できる単語がない。その方らの言葉だけで表現できるか甚だ心配にござるが、なるべく解りやすいように心がけよう」

 3歳児が難しい言葉を必死に繰り出しているように見えて微笑ましい。会場が温かい雰囲気に包まれている。


「ヌシの誕生は自然発生でござる。死ねば自然に帰る。死体は残らぬ」

 考え考え喋っている姿が微笑ましい。


「拙者を例に出すと、生まれたのは突然にござる。気がつけばミウラのヌシの脇に立っておった。その後すぐ、共にイズのヌシと戦ったのでござる。戦い方も知っておったし、完成された知識も持っていた。ミウラのヌシにとどめを刺されたイズのヌシは、霞のように消えてしもうた。その他、数件のヌシの死に立ち会うたが、皆同じにござる」


 イオタの話は終わった。イオタの話に生物学はない。まるで国語だ。

 会見をリアルタイムで見ている学者連中はパニックだ。


 次の者がマイクを握る。

「ヌシの寿命をお教え願いたい。ちなみにイオタのヌシはおいくつですか?」

「ふむ?」

 イオタは腕を組んで(机で見えないが)こてんと首をかしげる。お茶の間で憤死者が多数発生した。


「数えておらぬ。だが、拙者が生まれたのは……おそらく徳川の家康公と同じ頃、やや拙者が早いかな? イズのヌシが死んだその日にござるから、だれぞ偉い歴史学者が検証してくだされ」

 ざっと500歳前後だ。

 

「そしてヌシの寿命でござるが、理屈上、不老不死にござる。ムサシのヌシ殿は、人がこの島国におらぬ頃より生きておられたご様子にござる」


 ドヨドヨと空気が揺れる。テレビの向こうで歴史学者がアップを始めました。ムサシのヌシと話ができれば、古代日本のありようが解明できる。

 

 質問は次の人に移る。

「徳川家康との関係は? その昔、箱根峠の通行を許可されたとされています。何万という武装集団だったと記録に残されています。その辺りを含めてご回答いただきたい」


 イオタは目を瞑りウンウンと唸り、何度も頷いている。思いだしているのだろう。


「……家康公は、キョウを含む西国のサムライと武力衝突を避けるためにカントウ平野へ居を移したいと申し出てこられた。多くの人死にを避けるためだと申しておられたな。

 拙者らヌシは、サムライを毛嫌いし、馬鹿にしておった。あやつらを頭の悪いヤクザと断じておった。

 だが、家康公はサムライであってサムライでない。遠く未来を見据える力を持っておると思えた。だから通行を許可した。

 これは拙者だけの判断ではない。ミウラのヌシも同意の上にござる」


 イオタ(幼女タイプ)は言葉を選んでいるのか、思い出しながら喋っているのか、ずいぶんと声が堅い。


「して、家康公とはそれきりにござる。義理堅く、ミウラ神社へ何度も参拝しておったそうな。初心忘れることなくそこで政策を練ったと、だれからだったか後世で聞いた。覚えているのはそれだけにござる。一度くらいは会ってやっても良かったと後悔するたった1人のサムライにござるかな?」

 ここ、聞かれるだろうと思って創作しておいた。


 そして次の質問に移る。

「イオタのヌシは第二次世界大戦当時、軍部に命令を出していた。それは何故ですか?」

 ザワッっと会場に緊張が走る。


「なんでござるかな?」

 3歳児イオタちゃんはこてんと首をかしげた。これだけで会場並びに視聴者の大半がイオタの味方に転んだ。


「第二次世界大戦とは、先の核兵器が落とされた戦争にござるかな?

 正直に申すよ。拙者、日本が戦争していることを知ったのは、東京が空襲で焼けた頃にござる。いきなりミウラのヌシの領土に攻撃が始まり、訳も判らず反撃いたした。

 ミウラのヌシ共々、何事かと知り合いの物知りのヌシに問い合わせて初めて知った出来事にござる。誰からかような悪意溢れる嘘偽りを聞いたか知らぬが、……誰がそのような嘘をしたり顔でその方に教えたのかな?」


 無垢な3歳児が、困り顔をしている。絵面的に、むさい大人が幼児をいたぶってる。

 ……このような歪められた質問が来るだろう(真実だが、イオタが関与したのは反戦の方向である)と、前もって予想していたので、早い時期にイオタは幼女化したのだ。ミウラがサムズアップしている絵が頭に浮かぶ。


「しかし――」

「質問は1人一回だけです。ご苦労様でした。次の方」


「ちょっと待ってください! イオタさんはまだ答えていません!」

 イオタは答えたはずだが? ジャーナリストを名乗る者あるあるだ。


「イオタのヌシを敬っていただきたい! 出なければ御退出を!」

 宮司さん大激怒! これが自分の役目だと思っている。番犬かな?


「まあ待て、宮司殿」

 イオタさんが中に入った。


「拙者は答えた。されど、貴殿の望む答えではなかった。貴殿が書いたお話通りの回答以外、認めぬと言うことにござるかな? だとしたら、痴れ者よ。これよりおまえを軽蔑いたす。これが拙者の答えにござる。気に入らぬなら途中退出を許す。こうやって冤罪は作られると心得よ。では次の方、どうぞ質問を」


 ぎゃーぎゃーい言っていたが、両隣と前後の記者に何か言われている。その記者は怒りのためか恥ずかしさのためか(たぶん前者)、顔を真っ赤にして温和しく座った。


 次にマイクが渡ったのは、アメリカの記者だった。

「アレジ・カーペンターです。テキサス出身です。アメリカ報道関連を代表者してきました」

 骨が太いのだろう。1人用の座布団に巨体を納めるのに苦労している。あと顎が割れている。ま、テキサス出身者はみんなこんなだ。(注:イオタさんの私見です)


「1945年7月の末、当時のアメリカ海軍の軍艦、正確には戦艦4、巡洋艦2、駆逐艦9が、伊豆半島沖を航行中、全艦消息を絶ちました。後にハワイ沖で漂流中の艦船を発見し、調査したところ、全艦隊の乗組員の死亡が確認されました」

 アレジは流暢な日本語を操る。白かった頬がピンク色に染まっている。


「全て刀傷です。我々はヌシの犯行であると確信しています。これについて、ご意見を伺いたい」

 報道関係者にしては目つきが鋭い。日本の報道関係者が温るすぎるのかも知れないが。


「お答えしよう」

 どう答えるのか?


「それは拙者の仕業にござる」

 

 

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