イオタのヌシ、会見
畳敷きの会場に、所狭しと座布団が並ぶ。最後方にテレビカメラが数台。映像は全社が共用する段取りになっている。
一段高くなった場所にお値段が張りそうな文机。上に蓋付き湯飲みとマイク。
一見、噺家の講談会。
集まったのはメディアに携わる人たち。テレビ新聞はもちろん、海外の方も、ネット関連の方も、思い思いの格好で座っている。
イオタのヌシの記者会見は、会場の関係で人数に限りがある。各メディアは自主的に会合を持ち、会見に出席する会社と人数を決め、質問が被らないように中身の調整をした。どの順番で何の質問をするのかである。
それと時間制限もかかっているので、質問は重要事項からとなっている。時間が来れば、そこでお開きだ。再び記者会見をしてくれるとは思えない。昨日、何食べました? は最後尾の者が質問する。そんな段取りだ。いわゆる談合である。
間もなく記者会見が開かれる。
夕日テレビ系列からの代表記者、吉田拓男が、隣になったライバル会社の顔見知りと雑談に興じていた。
「まさか、イオタのヌシがあんな美少女だとは思わなかった。表現に偽りありだ」
「まったく!」
笑うしかなかった。
「でもよ、妖怪油嘗めより格段に良いと思うんだが?」
「君、好みか?」
笑って頷いた。答えをちゃかしたが、実は正解だった。
「それはそうと、国外のお仲間も多数参加してるが、きな臭い関係でお馴染みの連中も混じってるね?」
「アメリカ、ロシア、中国、その他諸々。時間の関係で後回しにしたかったけど、アメリカが力ずくでねじ込んできた。確実に時間内に質問させろってね」
2人とも、苦笑いを浮かべた。
「えー、では皆様。これよりイオタのヌシ様の記者会見を始めます」
宮司がマイクを持ってしゃべり出すと、みんな服装を整え、正座した。
「では、畏くもイオタのヌシ様、ご入場です」
美少女が入ってきた。
黒髪は後ろに束ねて。そう、ポニーテールだ。今日はあかね色の筒袖に、紺の袴。白い足袋。腰には一振の刀。
しずしずと歩くイオタ。座布団を前にして一礼。
客席に向けて一礼。つられて礼を返す客人達。
座布団の後ろまで歩み出て、手で袴を払う。バシュッとすがすがしい音が鳴り、するりと正座。
また軽く礼。
イオタが口を開いた。吉田は、思ったより小さな口だと思った。
「初にお目にかかる。拙者、ミウラのヌシの配下のヌシ、イオタと申す者。以後よしなに」
吉田は驚いた。普通の挨拶だ。知的な生物だ! そりゃ当たり前だ。
もっと高飛車に出るか、野性的な単語が飛び出すのかと思ってた。
「前もって申し上げるが、ヌシは皆大きい体をしておる。拙者ほどの小柄はまずおらぬ。加えて、人に似た見目形をしておるのも他にはおらぬ。貴殿らの言葉を借りると、特殊なヌシ、ということになる」
きりりとした口上。涼しい目元がまたなんともかんとも。
「聞かれる前に言っておく。ヌシは食べ物を取ったりせぬ。何も食べなくても活動に支障はない。巨大な力を振るったとしても食に関する要求が生まれることはない。とはいえ食べなくても良いというだけで、その実、食べることはできる。この場合の食べるとは、口、及び口に相当する部位で食物をかみ砕いたりして、体内へ落とし込む事にござる。しかして、それが滋養にも毒にもならぬ。石を食うこともできるし、腹をこわすこともない。排泄もせぬので、消化などもしない。何所へ消えるかは拙者らも謎にござる。拙者は好んで口に物を入れるが、その実、馬鹿舌にござる。ヨード卵とスーパの安いタマゴの差が解らぬ次第。この点は、人の勝利にござる。喜んでくだされ」
にっこりと笑うイオタ。つられて、記者席の各所から笑い声があがる。
「では、つぎに……ヌシには、人を初めとした動植物にとって当然の雌雄がござらぬ。ヌシは自然発生するもので、子を成すものではない。よって雌雄という概念はない。男でも女でもあるとか、男でも女でもないとか、第三の性などといった諸々の概念は無い」
改めてヌシの口から証される、ヌシの生態の一部。その場にいる者はもちろん、後方で控えている学者連中も興奮していた。
イオタの話はまだ続く。
「よって、拙者、見た目は女子にござるが、中身はさにあらず。性という物はござらぬ」
性がないって? え、でも胸は膨らんでるよね?
「疑念がそこかしこより感じられるので、さらに踏み込んで答えよう。胸は飾りにござる。先ほど申したように、排泄を一切せぬ故、貴殿ら御懸念の場所には何もござらぬ。……残念でござるかな?」
イオタと目があった。吉田を見ている。吉田に聞いているのだ。
吉田は慌ててブンブンと顔を振った。
「では、宮司殿、司会進行を頼む」
イオタのしゃべり方が変わった。生き生きとした自分の言葉だ。おそらく前口上は上司であるミウラに言わされたのだろう。国会答弁でメモを見ながら喋る議員みたいな固さがあった。
「ははっ!」
畏まる宮司。よい年をした老人が小娘に顎で使われているのが、なんともコミカルだ。本人も喜んで使われているからWINWIN。
「では、第一の質問を受け付けます。以前よりの取り決め通り、所属と名前を名乗ってから質問をお願いします。一番目の方どうぞ」
一番目は吉田だ。
「はい! 週間文鳥吉田です」
会社名と名を名乗った後、光栄ある第一番目の質問が始まった。
「では質問です。先ほどイオタさんより――」
「失礼いたします!」
吉田が話している途中に宮司より割り込みが入ってきた。
「イオタさんではなく。イオタのヌシ。またはイオタ様。訂正して初めからお願いします」
宮司が睨んでいる。
イオタは御神体の一柱。ヌシに仕える神官として、ここは見逃せない。
尊称を意味するヌシ(課長とか社長とか)をつけるか、宗教もいろいろあるだろうから、百歩下がって様を付けろと。そう言うことである。
大失敗……ではない。わざと「さん」付けにしたのは探りだ。どの程度のこらえ性、或いは性分を持っているかを知りたかった。これには最初の1人が犠牲にならねばならない。そして、この会見の性格上、お怒りはあっても、最終的に許されると踏んだのだ。
「えー、申し訳ありません。イオタ様」
「許す」
しれっと答えるイオタ。実は尻がこそばゆかった。
「イオタ様はがヌシである証拠をお見せいただきたい」
これに宮司は顔を真っ赤にして立ち上がろうとした。それをイオタは手で制す。
「その疑念ごもっとも。拙者、どう見ても人間に耳と尻尾が映えておるだけの小娘。かような質問は想定内にござる」
イオタは立ち上がり、文机の横に移動した。
両手を真横に広げ、袖を指で掴んでピンと張る。
「この筒袖に袴は、着物のように見えるでござろうが、さにあらず。拙者がヌシの能力で作りだした物」
後ろを向いて背中を見せるイオタ。くるりと一回転し、元通り正面を向く。
「この刀も同じく。拙者が作りだした物」
鯉口を切って白刃の一部を見せる。
「ヌシは着物を着ない。あれ全て裸にござる。ミウラのヌシも毛皮を纏っておるだけで裸にござる」
美少女の口からポンポン裸という言葉が出てきて、ちょっと困る。
「して、拙者も構造上、その方と同じく、裸の上に着物を着ておる事になるのだが……。この着物は拙者の一部にござる。某がヌシの力で変形させ作り出した物。いわば皮膚、もしくは毛皮のような物にござる」
えーっと、全裸って事ですか?
「さて、ヌシと人の違いを示す条件の一つに、ヌシの神通力という人には決して真似できぬ力がござる。それをお見せしよう」
ぐいと腰を落とし身構えるイオタ。
何をするのか……ミウラのヌシは雷を操ると言うが……まさか!
「いや! ちょっと待ってください!」
「むうん!」
イオタが気合いを入れた。体全体から燐光を放つ。たすけておかーちゃん!
イオタの姿が蜃気楼のように揺れる。
ポン!
間抜けな音がして……
「これで如何かな?」
えーっとですね……、3歳児にまで縮んだイオタ様が、チョコンと立っていた。




