でびゅう
記者会見の日時、および条件について、公式なところから各メディアに通達があった。
ミウラ側から神社に出した条件は以下の通り。
・参加人数は、神社会議会館の大広間(畳敷き)に収容できる人数とする。人選は任せる。
・全員、終始正座のこと。最低限の礼儀であるため、正座できぬ者は遠慮すること。なおザブトンは提供予定である。
・メディア1社に1人のこと。1人最大1件の質問しか受け付けぬ事。質問の内容によっては答えぬ場合があるので注意すること。
・イオタのヌシ、もしくは神社側の出席者が失礼であると感じた記者は、即退場すること。
・会見時間は2時間まで。失礼な出来事があれば時間内に打ち切ることもある。
これにメディア側からの陳情が入り、共同でテレビカメラを数台設置することが追加で承認された。
さて、いよいよ会見の日がきた!
当日、会見場内は報道規制が入っていたが、場外は明記されていなかった。という事で、国の内外を問わず、多くの報道陣が詰めかけ、より良い場所をと陣取りゲーム(物理)が開催されていた。
大手メディアは、中継本部と称し、芝生を踏みにじり、テントを張り、アナウンサーや解説者を手配し、万全の用意を調えていた。
イオタが顕現(現れる)場所が本殿祭壇部と公的に発表されていたが、まさかテレポート? ありえねぇ(w)とばかりに、テレビカメラを通路に配置。
本殿に繋がる通路を死角が無いように押さえていた。よって、本殿に向けられたのはおざなりな数のみ。
「さて、いよいよ、約束の時間まであと10分を切りました」
とある大手メディアのベテランアナウンサーが、迫る時を伝えた。画面左下に残り時間をカウントするタイマーまで出ている。
おとなりのテントでも同じような切り口で放映されていた。
「解説の今河さん、イオタのヌシとはとのようなヌシなのでしょう? 改めて解説をお願いします」
解説ったって、ここ数日で数百回は繰り返された内容だ。誰もが耳にタコができる程、聞いている。
「古くから相模の地に住まいするヌシ、ミウラのヌシの眷属とされています。通常、ヌシは大型ですが、イオタのヌシだけ、人とほぼ同サイズとのことと伝わっております」
もはや定例文と化している。
「ではここに、……最も見た目が近いとされてる絵ですね。鳥山石燕が描いたイオタの姿絵を……映せますか?」
画面は水墨画(?)に変わった。
江戸時代中期に描かれたその姿は、おどろどろしい。一言で言って妖怪の絵。
着物を着崩した姿は女性らしく、胸の谷間を強調。黒い長靴を履いている。
顔は般若とさして変わらず。頬は痩け、目はギョロっと大きく剥かれ、口には牙が描かれている。頭に獣の耳が生え、黒くて太くて長い尻尾の先っぽにヘビの頭。禍々しいうねりが入っている。
手にはみすぼらしい刀が握られ、所々錆びている。足下には枯れ草が描かれ、間から髑髏と肋骨が覗いてた。
「まあ、……化け物、妖怪ですね。では今河さん、解説お願いします」
「はい。イオタは、徳川家康が関東に覇をとなえるまで、関東の地に威勢を張っていたサムライ達を多く殺していました。また山間部に住む人々をサムライの手から守っていたとの伝承もあります。正と邪、和と乱、ハレとケを併せ持つ、いわば二面性を表すヌシであるとの学説が主流となっております」
これも百回は解説したであろう。立て板に水が流れるような淀みない解説である。
「ほほう! ではミウラのヌシとの関連は?」
何回「ほほう!」と言ったことか。年季の入った「ほほう!」である。
「はい、皆様ご存じのように、各ヌシ達の名は、地名に由来しております。ヌシの名が地名になったという説もあります。ミウラのヌシのミウラは、そもそも三浦半島のヌシであった事に由来致します。このようにイオタの名も地名に由来します。文献などにイオタなる地名は、現在存在しませんが、三浦半島の各地に伝わる古い口伝を元に起こした記録によると、昔、イオタなる地名が存在したとなっております。そのイオタの地の小さなヌシがイオタであり、何らかの原因でイオタの地が無くなり、ミウラのヌシの保護下に入った、と解釈するのか主流の説となっております」
「なるほどなるほど!」
だいたい合ってる。ってか、ミウラがその場で急遽思いついた出任せが、現代にまで伝わっていたのだから驚きだ。
ここで画面が切り替わり、とあるゲームの1シーンが流れる。
「このゲームに出てくるイオタというキャラクターは、鳥山石燕のイオタ画がデザインのベースとなったとされています。あ、必殺技の覇道剣三段返しが出ましたね。凄いグラフィックだ。これ強いですね」
「ああ、うちの孫もこれ持ってますよ」
「今年の頭から我が夕日テレビ日曜朝9時から『ネコライダー・イオタ』の放送が始まりました」
ネコライダー・イオタのワンカットが右から左へ流れていく。商魂たくましい。
「視聴率高いんですよ。皆さんどうかよろしくお願いします」
アナウンサーは笑いながら頭を下げた。
「うちの孫も喜んでみてます。よろしくお願いします」
解説の今河さんもノリで頭を上げた。
「えーさて、間もなく約束の時間ですが、まだのようですね。ではここで、イオタがよく目撃されたとされる――」
アナウンサーが喋っているのに画面が切り替わった。本殿だ!
本殿の内側から、七色の光が溢れた!
「あ、いま、本殿に発光現象が見られました! どうやら、現れたようです!」
「変ですね? どの道も使われた形跡がありません!」
ここに集った全ての人が身構えた。
警備に狩り出された機動隊員が臨戦態勢を取る。
うねりのようなどよめきが、本殿から波状に広がっていく。
本殿出入口に集まった人垣がズボンのジッパーを降ろしたように左右へ割れていく。
狩衣姿の神官が後ろを気にしながら本殿より出てきた。
その後ろから――
「あっ! いまイオタが姿を現しました!」
カメラが、イオタのヌシをとらえた。
艶やかな黒髪。後頭部で揺れる髪の束。細袖の前あわせに紺の袴。足下は黒のブーツ。腰には金糸銀糸で彩られた刀が一振。
背は女子にしては高く、男子にしては低い。そこそこ豊かな胸。
細いウエスト。丸みを帯びた腰。歩幅から推測するに足が長い。
血色の良い細面の顔に、ぱっちりとした勝ち気そうな目。ぶっちゃけ、だっちゃ系美少女。
そして頭頂に黒い三角のネコミミ。フレキシブルに動く。
お尻からは黒くて長いネコ尻尾がユラリと揺れている。
「ネコミミ美少女キター!」
アナウンサーがハゲシク叫ぶ!
「誰だ! 化け物と言ったのは!」
夕日テレビのベテランアナウンサーだ!
日本列島が悲鳴と歓声で揺れた。
書き込みが多すぎ、ダウンするSNS系が多数発生。
イオタを捉えるカメラ。彼女をアップで捉えた。
それに気づいたのか、イオタがカメラ目線をくれる。
そして、指をさし、唇を尖らせ、小首を傾げてウインク一つ。
童貞を殺すモードに全サーバーがダウンした。
彼女の姿を正確に予想しいていたのは、薄い本系に連なる業深き者達だけだった。
「えー、イオタのヌシ様が控え室へ入られました。まもなく、イオタのヌシ様の記者会見を執り行いたいと思います」
きっちりと正装を整えた宮司が、自らマイクをとって司会進行。肩に力が入っている。
ザブトンを平安京の町並みが如く並べ、隣と肩をふれあいつつ正座待機中。イオタの映像を見て、心の中まで正座する者も多数。
「どうか皆様におかれましては、失礼のないよう礼節を持った対応を切に願います」
宮司一礼。
会場の様相はと言うと、一見落語会。一段高くなった上座に、黒檀で作られた文机が一つ。卓上に蓋付きの湯飲み。信楽焼の最高級品だ。中は超高級玉露。神社の家紋入りモッコリふかふかザブトンが敷かれている。
会場後方と壁際にテレビカメラが設置されている。集まったメディア関係者は国の内外を問わず。日本人以外にも、各国の特派員が集結し、マイクを手に喋りまくっていた。
ざわついていた会場が、水を打ったように静かになった。
イオタのヌシ、入室。




