暗躍
「某、だぶるしゅぅくりぃむが世界一だと思う」
『世界一はエクレアですよ。このリッチ・エクレアが勝利の鍵です!』
何言ってんでしょうね? ミルクフランスが一番美味しいのに。
『わたしはキノコ派ですが、旦那は何派ですか?』
ミウラが戦争を仕掛けてきた。
「某はアロフォート派でござる。うまうま」
戦争は回避された。
世界中の人がこうであるなら、戦争なんか起こりはしない。相手の心が分かったとしても戦争は起こるのである。
「黒こぅひぃが甘い物に合うのな」
『牛乳も合いますよ』
イオタが(神社に金を出させて)買ってきたコンビニスイーツをパクつくヌシ2柱である。
「おや? そろそろでござらぬかな?」
『ワイドショーの時間だ!』
2人はスマホで時間を確認した。名義は神社の跡取りだ。人の名義なのでギガとか容赦なく消費している。
で、どうやらイオタらしき人物(?)の出没がネット上で噂され始め、いよいよテレビのワイドショーが取り上げると知った。2人とも新聞はテレビ欄だけ見るタイプである。あと、ネットよりテレビに重きを置くタイプでもある。
昭和か!
「よしよし」
イオタがリモコンを操作した。神社の名と提供者の名が金文字でプリントされているテレビが、番組を映し出す。
各社とも、イオタ出没の話題でいっぱいだ。
ミウラは考えた、どうせヌシが再デビューするなら、派手にと。
ミウラ神社の御神体として、圧をかけた。めっちゃかけた。
儲かるというのが一番食いついた理由だ。
結果として、神社首脳部は思った通りに動いてくれている。
目撃者は遠目にしかイオタを見ていない。しかも後ろ姿だけ。
気をつけていたが、写真を撮られていた。ただし、遠方からの後ろ姿だけ。
マスコミの何社かがコンビニに防犯カメラの映像提供を求めたが、全て防犯を理由に断られている。
神社側の圧力で、個人店主が防犯カメラを適時切っていた。だから、見せたくても映ってないのだ。
『さすがワイドショー。希望的推測の上に立って希望的推測をしています。仮の上での仮の話を元にした仮説に対する耳に心地よい大多数が求める辛辣なご意見をお笑い芸人がドヤ顔で。わたしでもここまで掘り下げることはできません。いや、堀上げる? 盛る? 一種の才能ですな! スバラシィ!』
ミウラ神社の御神体からお褒めの言葉を頂いた。
「某の扱いが酷すぎるでござるよ。あの想像図からは悪意しか感じられぬ!」
『過去、イオタさんの絵姿を厳しく禁じていましたからね。隠里の人や箱根の人、行商のサブロウさんや家康公に至るまで、きっちりと約束を守ってくれた結果です』
「文句を言う先が無いでござる! しかし、どれもこれも、ギョロ目で口が裂けていて犬歯が長くて歯がギザギザで髪がザンバラ。手に抜き身の刀。どこの殺人鬼でござるか?」
『江戸時代の絵描き連中の仕業ですな』
資料絵が変わった。
「中には油をなめておるのもある。某、牛乳をなめたことはあるが油はないでござるよ!」
『胸焼けしそうな絵ですね』
また次の絵。
「背中が丸まっておる。某、姿勢だけは常日頃から気をつけておるというのに!」
『お召し物もボロボロですね。イオタさん、もう少しおしゃれですし。って、これ、乳房出てます。それも垂れパイ』
「某のはもうっと、こう、かっこいいパイパイにござる!」
でもって、テレビの中の解説者のプロ(芸人とか浮世絵評論家)によると、イオタはおぞましい姿をしていて、夜な夜な嘗めている油は鰯から撮った魚油で、それはネコだからね、ということになって、そこから低脳で好戦的で自分の見た目を気にしすぎで性格がひねくれていると出た。
あまつさえ、イオタ非存在論まで飛び出した。聖徳太子並みの扱いである。
「どうしてここまで言われねばならぬのか!? 某が何をした! 太平洋戦争を回避しようと飛び回ったのでござるよ!」
『敵しか斬ってないのにね』
ミウラがイオタをなだめている。
『ですが、もう少しお待ちください。逆襲の機会を作りますので。そこで思う存分暴れてください』
「きっとでござるよ!」
『お約束しますから。だいいち、神社だけの報道管制はもう限界ですからね』
さて、ミウラが小出しにしたイオタさんの情報に世間は翻弄された。
加熱する直前に、イオタさんが外出しなくなったのも大きい。新しい情報が出てこない。過去の情報しか手に入らない。報道予定は決まっているのに情報がナッシング。
枠が空くので噂話や仮説を生み、そこに尾ひれが付いて泳ぎだし、あまつさえ滝を昇って暗黒異次元龍にまでなった。
その話題はついに海外へと流れる。
特にアメリカ辺りがパックリ食いついた。先の大戦で、ヌシと絡んだ事がある唯一の外国だ。
当時の書類や記録映像、証言なども数多く残っている。非存在論(見えてるのに!)が闊歩しだした日本に比べ、存在の肯定論が主流で、恥ずかしいことに、日本より正確な情報を持っていた。
加えて、神秘のオリエンタル的な、ジャパニーズマジックのアレみたいな、なんか期待している空気が素人目にも解る。いよいよ、あの日本が開店したって感じ?
アメリカを筆頭に、海外メディアが大挙押し寄せた。
おかげさまで、伊豆のミウラ神社は参拝客でウハウハだ。イオタ絵馬が爆売れ!
「これがミウラ様の仰っていたご利益か!」
ミウラ神社の宮司は悟った。
そして神社はここに最終兵器、鳥山石燕のイオタ秘蔵絵を出した! 特別拝観料1500円だ!
公的見解とも取れるイオタの姿絵である。加熱に加熱した参拝客の中には、神殿を壊す者まで出て、社会問題にまで発展。
日本国総理大臣の名で官房長官の口から、なんと! なんと、あの「遺憾の意」が表明されるまでに至った。(あまり大きなニュースにならなかったし、ワイドショーも金にならないからさほど大きく取り上げなかったが、権威主義者のイオタさんは感動していた。ってか、遺憾の意っていつから使われだしたのだろう? 昭和の時代は無かった気がする)
で、イオタさんの取り扱いをまとめると、日本は妖怪。アメリカは等身大のクリーチャー(プレデター的な)。
総合的に、とても怖い、かつ、おどろおどろしい容姿という共通認識に収まった。
再度記すが、日本でイオタさんの似顔絵を禁じたおかげで、正確な絵姿は伝わってない。
アメリカは目撃者ゼロ(目撃者はみんな死んだ)。
よって想像や間違った伝聞だけが残った。
さて、ここまで来ると、後はイオタに会いたい、見たいという欲求が高まる。
なにせ、イオタ以外のヌシは、よく目撃されている。巨体であるため、目に入りやすい。ミウラですら、たまに(営業として)愛らしい(自己主張)姿を現している。
イオタさんは人間大。森や山を歩いていても目撃されることはないのが要求に輪をかけた。
高まる神秘性。
そして、運命の日を迎える――
伊豆ミウラ神社本殿に白羽の矢が突き刺さった(神社には事前連絡済み)。
矢には文が括り付けられていた。
各社テレビカメラが見守る中、宮司自ら梯子に登り、矢を引き抜き、引き抜き、ペンチを使って引き抜き、手紙を開いた。
中は……
「イオタのヌシ様が記者会見を開いてくれるそうです」
多くのメディアを前に、ミウラ神社広報担当者がビッグニュースを公表した。
とたん、ギャースギャースと飛び交う質問。
広報担当は、激しいボディアクションを伴ってどうにかこれを鎮める。
「もちろん、イオタのヌシ様が顕現なさいます。つまり、皆様の目の前にお姿を現され、答弁していただけると、こう言うことです」
ギャース! ギャース!
「お静まりください! 皆さん落ち着いて! 後日、しかるべきところから、記者会見の条件について発表があると思います。その条件を了承していただける方々のみ、記者会見を開かせていただきます。公的発表は今しばらくお待ちください! 現在、これ以上の情報は持ち得ておりません。本日はありがとうございました。これで会見を終了致します」
ウッキー! ウッキー!
神社の関係者は、マスコミから犯罪者のような扱いをされつつ、命からがら退避した。
ちゃんと正式な通達がある。これ以上の情報を持ち得ていない。と明言したのに、さらなる情報を神社側より引き出し、有ること無いこと言質を得ようと食らいつくマスコミ(主にワイドショー関係者)。ありもしない言質とったってしかたないだろうに。
与えられた情報が衝撃的な内容だったのに、時間にして2分そこそこしかなかった。
翌日からワイドショー番組は4時間、5時間とイオタ関連の報道枠を取った。たった2分そこいらの会見を4時間枠に引き延ばすのはさぞや骨の折れる作業だったであろう。(それがイオタの記者会見まで毎日)
何度も何度も、それこそ何度も神社広報担当のお話を繰り返して放映。何にも無いのに神社より生中継。今日なんか、日が暮れていく光景が実況と共に固定カメラで中継されていた。
しまいには、脚立が何処で売ってたとか、矢を抜いたときに使ったペンチの製造メーカーだとか、買ったであろう(想像・予想・推理)ホームセンターに生中継が入ったり、製造メーカーの社長に感想を聞いたり、あの時使った脚立の角度だとか、それの批判だとか、みんな必死に仕事をしていた。
それをイオタとミウラはテレビで鑑賞。大笑いしていたという。




