噂の美少女
人によるヌシのとらえ方を整理してみよう。
まず極端な主張をする者。ヌシは存在しないと主張する者。これは海外に多いが、日本国内でも支持する者が徐々に増えている。なんちゃって科学と同類だ。
次に、過去のヌシと人の関係を否定する者。
サムライから逃げて作られた隠れ里のこと。サムライとヌシの関係について。全否定する学者が一定数存在し、大きな派閥ができている。学界の長老が取り仕切っているので面と向かって反論しにくい。
これは、どうやら外国のどなたかが世論操作しているらしい。国会議員や有識者に浸透している。昔、左巻き運動が知識階級の嗜みみたいに取り扱われていたが、これはその口だ。
第三に、ヌシの存在を認めるが、ナリソコナイと同レベルで温和しい超大型動物にすぎぬと主張する者。
ヌシを珍獣枠で保護しようとNPO活動家が寄付金で金儲け……中心になって活躍している。また、奇跡の動物として生物学的、または医学的な見地から興味を持つ者もこのグループに含まれる。
彼らは、得てしてヌシの知能を低く見る傾向にある。
残りは宗教家。
ヌシを神として崇めている者達。新興宗教の設立が絶えない。そして国はガバガバな基準で片っ端から認可しまくっている。高額寄付金により、離散した家族を山のように排出しているが、政府は宗教の自由を盾に、ガバガバな方針をとっている。
理由その1:今までにないことをするのが面倒くさいのだ。それまさかうちの課でするんじゃないでしょうね?
理由その2:宗教界との癒着。ほら、票集めとか!
総じて、ヌシと人との歴史的な関わりを否定する思想が蔓延しているのだ。
ほんの80年前、人とヌシが知的な関わりを持ったというのに。数百年の昔、人とヌシの関わり合いが書籍になって残されているというのに、偽書として疑いがかけられている。
80年で事実に疑いがもたれる。100年で伝説となり、200年で存在しないとされ、300年で女体化される存在。そういうことだ。
ここいらで、一発かましておかないと、つけあがりが止まらない。
我らはお前らより知的。お前らではどうあがいても我らを殺せない。肉体的、精神的、霊的にお前らの上位種って事をわからせたる!
こういった事情で、ヌシ達は動き、全権をミウラに託したのだ。
それがどうなる事かも判らずに!
最初は誰も気づかなかった。
なんか可愛い子がいると、小さな地域コミュニティで噂になっていただけだ。
意図的に伊豆ミウラ神社が、素人なりに情報の拡散を押さえていたからに他ならない。
ヴィーン。
神社境内に設営されたコンビニのドアが開く。
先ほどから不思議と客足が途絶えた店はがらがらで、アルバイトの青年が暇をもてあましていた。不意の来店に青年は姿勢を正す。
すっと入ってきたのは、黒髪の美少女。勝ち気な美貌だが、どこか涼しげ。ポニテが良く似合う。
今時珍しく袴姿。ミウラ神社の巫女さんだろうか? 最近の巫女さん、ネコミミカチューシャ付けてるからね。あと電動で動く尻尾が可愛い。
美少女は入口の買い物籠を手に、ズンズンと奥へ進む。
彼女の後から、神主姿の老人がたくさん付いてくる。まるで彼女の付き人だ。
美少女はスナック菓子の棚で幾ばくか悩み、海苔塩ポテチを2袋、籠へ入れた。続いてコンソメ味を2袋。じゃがロングを2箱。タケノコの山を1箱。アロフォートを2箱。ぐるっと回って飲料品用冷蔵庫のドアを開ける。ジンジャエール大、コーラ(ノンシュガーでない)大、オレンジジュース大、飲むヨーグルト大、をそれぞれ1本ずつ。
また回って、雑誌のコーナーへ。
ここで、お付きのおじさん方に声を掛けた。涼やかでキリッとした声だ。
「この中で一番と二番に売れている漫画雑誌を所望したいのだが、どれでござろうか?」
「はっ! ははーっ! えー!」
「人間の文化の研究のためでござる。早く選んで」
「おーい! 店員さん! 売れてるのどれですか?」
お爺さんは漫画を読まないタイプであった。若い店員さんに素直に聞いた。
「はいはい! えーっと、これとこれですね。少年シャブプと少年シャブピオン」
「うむ、なんか習慣性のありそうな雑誌にござるな」
「週刊誌だからでしょう。なーんちゃって!」
美少女は老人の戯言を無視してにっこり微笑む。青年は、はにかみながら笑った。なんか良い匂いがするよ!
青年が薦める雑誌を籠へ無造作に放り込むも、まだ、選んでいるようだ。青年の協力が必要である。どうせこの子以外に客はいない。青年は喜んで美少女に付き合った。
「この辺の天然色雑誌の中で、売れ筋を2冊ばかり選んでくだされ」
「えーっと……」
青年はとまどった。
神社系の老人達もとまどった。
美少女が指定した棚にあるのは、肌色が表紙のほとんどを占めている雑誌様。まだ、コンビニにおいてあるんだ。
「えー、店員さん、選んで選んで」
老人は青年に押しつける。
「いや、この辺は人生の先輩方が詳しいでしょう?」
「なんなら、境内の出店契約を今期限りで打ち切っても良いんだぞ」
「これとこれです。あと、この漫画(快楽点)がお勧めです」
「ご親切痛み入る」
ヒョイヒョイと肌色の雑誌を籠へ入れる美少女。なんだか、である!
「ではこれで勘定を」
レジに持ってきた。
「レジ袋はいかがされます?」
「いただきたい」
「お支払いは現金ですか?」
「おい! お支払いだ!」
「ははっ! 現金で!」
でっぷり肥えて偉そうな風体の老人が腰をかがめて汗をかきながら、鰐皮の長財布を取り出し、万札を渡した。
「きみ、釣りは要らないよ! でもレシートをくれ!」
「いえ、そう言うわけには!」
なんだか揉めているが、美少女は委細かまわずコンビニを後にした。……レシートに「快楽点」が印刷されているが、税務署が見逃すだろうか?
「コンビニって便利にござるな」
美少女は境内を歩き、本殿へ向かった。黒くて長い尻尾をリズミカルに揺らしながら。
何日か後、青年のシフトの日だ。客足が途絶え、暇していたときである。
また美少女がやってきた。
先日と同じ服装。着物と袴だ。
今日は1人だけでお供がいない。
美少女はコンビニスイーツとパックの牛乳と缶コーヒーを籠いっぱい買い込んでレジに並んだ。
「えーっと、レジ袋はご入り用ですか?」
「えこばっくを持っておる。ここに入れてくれ」
「申し訳ありませんが、そういうサービスはしておりま――」
美少女のネコ耳が萎れた。どういう仕掛けになってるんだろう?
「特別ですよ!」
青年はにこにこ顔で袋へ詰めた。
「お支払いは?」
「これで」
取り出したのはキャッシュカード。電子決算付き。
あ、きっと名義は神社だ。
「ありがとうございましたー!」
「うむ、また来る」
尻尾を揺らして美少女が帰っていく。
青年は店長に直訴して、シフトの回数を増やしてもらった。
そして、謎の美少女が出没する噂をマスゴミ……、失礼、マスコミが嗅ぎつけた。




