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秋祭り

『お祭りなんですがね。えーっと、ヌシ様のために祭壇をまつり、供物を捧げ、日がな一日、踊った歌ったり祈ったり。これは村人の娯楽を兼ねてます。日が暮れて真っ暗になるまで祭りが続けられます。それを宵々宮、宵宮、本宮と3日間続けられるのです』

「容赦ないな、この世界の日本人って」


 とっぷり日が暮れた後の若い男女の大人なお祭りを2人はまだ知らない。平和だ。

 ミウラとイオタがゆっくりと山を下っていく。ミウラの背には人身御供となったこの時代基準の美女達5人が揺られている。2人は、前世のイセカイ語で話しているので、娘達にはちんぷんかんぷんだろう。


 ちょっと休憩。


『この国に住まいする人々の基本は米です。田んぼで米を作ってます。そして日本全国それぞれの地域に、大なり小なりヌシが住み着いています。神とヌシはだいたい同義語と思ってください』

「昔の日本と同じでござるな」


『はい、それをふまえて。えー、秋の収穫時期、お祭りが催されます。それぞれのヌシ守護下にある多々の村々は、己らのヌシに対し、感謝の気持ちを作物として捧げます』

「年貢でござるかな?」

『いえ、日本で行われている祭祀における気合いの入ったお供え程度の物量ですよ。大根のでかいのとか、米一俵とか』

「ほぼ年貢無しでござるな。理想郷でござる!」


『ですが、公共事業はしませんよ。川とか道とかぜんぜん整備しませんし、村々の争いにも介入しません』

「それでよくも世が回っておるのな」

『ヌシに従う人数が少ないからですね。この国は……国としての体を成してませんが、そのほとんどをサムライと称する武力集団が支配管理しています。人は、サムライの組織に所属するのが世の常ですが、一部、サムライの支配を恐れ、嫌い、ヌシの支配地域へ逃げた人々が居るのです』

「それが、昨日のイズの人たちでござるか?」

 土下座して額をすりむいて、さらに頭を打ち付けて脳震盪で気を失った村長さんとか。


『わたしらヌシは、おおむね縄張り内での争い事を嫌う性格を持っています。遠くのヌシは知りませんが、声が聞こえてこないから同じだろうと思います。また、逃散した領人を取り返すため武力に打って出たサムライ達は、その全てが全滅という憂き目にあっています。あと、ヌシの近くで戦など起こすようなものだと、怒りに狂ったヌシの手で皆殺しにされます。サムライ達なんざ力に差がありすぎて戦いにもなりません。もはや無視レベル。えー、無視しても何ともない力しかありません。オオアリクイとアリの関係です』


「ならば、人は全てヌシに元へ集うものではないのか?」

『ところがどっこい! そうはいきません!』


「どうして?」

『およそヌシが棲まう地域は険しい山や深い森。なぜかヌシは人跡未踏の地を好んで棲むのです。よってヌシの影響が及ぶ範囲で、人の生活ができる面積……田んぼを作れる土地は少ない。少ない人を囲いこむために、むざむざ大損害を覚悟でヌシと戦うサムライなんか居ない。ヌシと戦う利点がまったくないのです』

「するとなにか? 山とか森とか峻険でありがたみのない地はヌシが支配し、豊沃な地である平野部はサムライが支配しておるということでござるか? なんとも損な役回りにござる」

『そうでもないですよ。こと面積に限って、日本は山が締める面積の方が広いですからね。たぶん。国土のほとんどをヌシが支配し、僅かな平野部や盆地だけで人が生活し、サムライがしのぎを削っているのです。あと義経の鵯越の逆落とし戦法は使えません! おもしろがったヌシが妨害します』


「うーん、なんかなー」


『ちなみに、ここのサムライはヤクザと変わりませんよ。一般人から所場代を巻き上げてイキってる暴力団です。河川工事や新田開発とか公共事業という言葉や発想が脳にありません。ってか、この10年間、見たことも聞いたこともありません。あと平気で田んぼで戦争します。むしろ、平地である田んぼでの戦いを好みます』


「情けないなー、侍とあろう者が!」

 プチオコ状態のイオタさん。軽く拳で近くの太い木を殴りつけた。木が嫌な音を立てる。


『はい、下がって下がって!』

「何でござるかな?」

 ミシミシパキョパキョと音を立てながら、大木は二つに折れていく。


「そ、某、かような力は……」

『気をつけてくださいね。小さくてもイオタさんはヌシなんだから』

 ゴッロンゴロンと回りの若い木々を巻き込みながら、下の方へ転がっていく。

 イオタは自分の小さい拳を不思議そうな目で見ている。


『あ! 地震!』

 その時、大地が揺れた。震度は1か2。さほど揺れない。

「某ではないでござる! 某にそのような力は……あったらスゴイでござるな!」

『ナイナイ! 無いっす!』

 ミウラは、前脚をブンブン振って否定した。

 ショボーンとするイオタさん。耳と尻尾が垂れている。


 休憩終わり。ミウラは歩き出した。 


『えー、話戻しますが、この国の時代が解らんのですよ。家康公はもとより、秀吉公や信長公の名も聞いたことがない。あるいは彼らと同じ事をしているサムライの話すら聞いたことがない。下手すると、鎌倉殿が鎌倉幕府を開く前の世界観なのかもしれません。だって、鎌倉らしき地はそぐそこ、わたしの領内ですよ』

「戦国の世なのだろうか? 京はあるのだろうか?」

 ミウラとイオタは再び歩き出した。イオタは、後ろの大木が気になったのか、時々振り向いている。


『そっち方面が情弱でして。人の行き来が少ないですし、旅人や商人やサムライは、わたしらヌシを避けるように旅しますし』

「したり。山ん中で巨大なネコにぶち当たったら怖いでござろうしな。竜とばったり出会うようなもの」

『まさにそのとうり。わたしが人間の旅人だったら一目散に逃げますよ。ああ、どうやら着いたようです』


 ざっと風を巻き込む音を立て、ミウラとイオタが飛び降りた先は、お祭りの祭壇が設けられた広場だった。

 原始宗教の生け贄の祭壇みたいなデザインだ。

 丁度お祈りを上げていた所だったのだろう、大勢の老若男女が祭壇に向かってひざまずいていた。


「ミ、ミウラのヌシ様!?」

 先頭で座っている老人が目を見開いた。


『いかにもミウラである。さて、昨年預かった娘を帰す故、受け取れ』

 腰を落として座るミウラ。その背から、娘が1人飛び降りた。


「とうちゃん、かあちゃん!」

「ヨネ! な、なんで?」

 両親らしいおじさんおばさんが泣き笑いの顔をしている。死んだか食べられたかしたと思った娘に会えたのに、迎えに行かない。


「か、畏くもミウラのヌシ様におかれましては、うちのヨネが粗相を致しましたでしょうか?」

 青い顔を通り越して白い顔になった老人が、なにか喉の奥で絡んだような声を出した。

 人身御供として送り出した娘が生きて返されてきた。ヌシ様の意に沿わなかった、ヌシ様の勘気に触れたと考えるのが普通の人。村、全滅の危機!


「違うでござるよ」

 イオタが前に出てきた。村人達はミウラの偉容に恐れおののいている。話が進まないとおもったのだ。


「年季が明けて帰ってきたのでござる。その子は良くやった。もう何処へヨメに出しても恥ずかしくない。褒めてやりなさい」

「ヨネ!」

「とうちゃん、かあちゃん!」 

 がっしりと抱き合う家族3人。後ろに小さい子がいるから家族4人か。


「有り難き幸せ……ところで、こちらのお方は?」

 イオタさん、見た目女性である。色白黒髪にオッパイ大きい。腰が細くてお尻が丸い。小豆色の細袖の着物に紺の袴。頭頂からは黒いネコミミが一対。長くて黒い尻尾がうねっている。そんなのが腰に刀を差している。

 人間じゃないし、さりとてナリソコナイでもない。ナリソコナイはもっと馬鹿面をしていて言葉を解さない。それにミウラ半島にナリソコナイはほとんど見かけない。


『この者の名はイオタ。イオタのヌシだ。あー、ミウラ半島の山の中に、今は既に滅びて跡形もないけど、「伊尾田」という地があってだな、そこのヌシでイオタのヌシだ。訳あって我の眷属となっている。これよりイオタの言は我の言と心得よ』

「はっははー!」

 村人一同が一斉に頭を地べたに擦りつけた。


 この光景に、半歩足を引いてしまったイオタさんである。

「おぬし、いつもこうなのか?」

 イセカイ語による会話である。


『だいたいこんなです。旦那をわたしの眷属と言うことにしとかないと、余計な邪推を呼ぶでしょう?』

「確かに」

 前もって打ち合わせはできていた。建前上、イオタをミウラの眷属ということにすると。実際は真逆でミウラがイオタの眷属なのであるが。


「で、では、お供え物をお受け取りくだされ!」

『うむ』

 鷹揚に頷くミウラである。


「ではさっそく品定めとするか。何、全部は持っては行かぬ」

 なんかミウラ以上に怖がられているイオタ。怖くないんだよアピールするためにできるだけ、穏やかに話しかけることにした。


 ……それは、ヌシとしては大変マズイ対応であった。ヌシは神秘であらねばならぬ。イオタに神秘性を感じぬ村人は、ぞの実力を過小評価した。

 そうとは知らず、イオタはお供え物に目を送る。


「米が1俵か。これはもらっていこう」

 ヒョイと掴んで脇に放り投げる。収納が口を開け、俵を飲み込んだ。


『あ、イオタさん、収納もって来れたんですね?』

「……そうか! 無くしててもおかしくない状況であったな。付いてきてくれて助かったでござる」

 イセカイ語の会話である。


 俵を軽々しく持ち運んだ腕力に、村人は目を剥いた。だが、それくらいの腕力なら、村一番の力持ちであるタゴサクにだって無理すればできる。

 しかし、収納は別だ。見た者は神隠しを連想し恐れた。


「後は大根か……っと、なんでござるかな?」

 大きな桶があって、中を覗くと、みだらな姿の若い女子が震えていた。


「これは?」

 イオタが村長に聞いた。

「はっ! ミウラのヌシ様えの捧げ物でございます」

『あ、しまった!』

 ミウラはイオタから目を逸らした。


「この村一番の器量よしにございます。煮るなり焼くなりスケベするなり、ご自由に」

「ほう! ほうミウラ?」

 その場から逃げようとしたミウラだが、動けなかった。イオタに髭を2・3本がっしりと握られていたからだ。


『いてて、あ、ああのイオタさん?』

「だまれ」

 イオタの目からハイライトが消えていた。


「性懲りもなく、また若いおなごか?」

『いえ、もう要らないという連絡が遅れただけで』

 ミウラは逃れられないのだが、たいへんいたたまれず、1㎜でもイオタから離れようとあがく。


「「「察し!」」」

 その状況を……ミウラとイオタの関係を村人達が察した。村人達もいたたまれないでいた。 


「ま、まあまあイオタのヌシ様!」

 何とか間を取り持とうと老人が両手をパタパタさせている。


「その方、村長殿とお見受けいたす。今後一切未来永劫、おなごの生け贄は必要ない。これはミウラのヌシのお言葉である。だな? あ?」

 ヤクザのカチ込み隊長みたいな凄みがあった。


『うむ、そのとうり。代弁ご苦労』

 目を合わせようとするイオタ。目を合わせようとせず、明後日の方向を向いているミウラ。


「あ、あの奥様……」

「拙者は奥様ではない!」

 旦那様だ。だが、村長の言葉に何故かカチンときたイオタさんである。持ち上げようとしたところに腹が立つ!


「拙者はミウラのただの眷属にござる。奥様などとぬかしたり書に起こした者がいる村は、族滅させるので以後気をつけるよう。ではこれにて失礼いたす」

『そう言うことである』

 髭を引っ張られながら、退場するミウラとイオタであった。


 村人達は、立場と力関係を察した。

 

 

「いっぱい村を回らねばならぬのな。疲れないか?」

『大丈夫です! 領内でしたら、瞬間移動できるんですよ、ヌシは。ほら!』

「あ、ほんと! すごい!」

 前方に虹の輪ができた。それを潜ったらたくさんの光の筋が後方へ流れ、再び現れた虹の門を潜ると、次の村に出ていた。


『正確に言うと、領内の一度でも寄ったことのある場所なら可能なんです。例の頭に入ってくる地図と照らし合わせて初めて可能となる歩行術です』

「さすがにござる。見直したでござる!」

『えへん!』

 

 

 だが、次の村でも女性問題と奥様問題が繰り返されたので、ミウラの株価が底割れした。


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