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原子爆弾


 1945年8月6日朝。

 エノラ・ゲイが広島上空を飛ぶ。


 機長ティベッツ・ジュニア大佐の母親、エノラ・ゲイ・ティベッツの名を冠したB29である。この機体は、母鳥が卵を抱くようにしてガンバレル型原子爆弾を内包している。


「投下準備完了」

 爆撃手の少佐が最終確認を終えた。

 高度は9600m。狙いは広島市の市街地。


「投下!」

 ティベッツ大佐の指令で世界初の原爆が投下された。


 投下のタイミングに合わせたように、地上部分で大きな虹の輪が出現。モダンな造りの外科病院の真上に出現した虹の輪をくぐり、大型のヌシが顕現。


 オワリのヌシだ!

 

『ミウラのヌシ。キサマの言ったとおりだった』

 オワリは真上を見上げ、両手を広げた。


『なにやってんですか! オワリのヌシ様!』

 ミウラからの念話だ。


『付き合いだ』

 原爆はグングン落ちていく。直撃コースだ!


『付き合いだけで死ぬ気でござるか!?』

 イオタからの念話も入る。


『あと、ものは試し』

『アレは仮説です! ってか、それが目的ですか!』

 ミウラからの念話は焦りまくっている。ヌシは人が作った武器で殺すことはできない。例え原爆であっても。――という仮説(ミウラ個人の意見です)


『早く逃げるでござる!』

『もう遅い』


 オワリのヌシの頭上600mで太陽が生まれた。


 TNT換算で約16キロトンのエネルギーが解き放たれる。


 熱線は金属を溶かし、人の人生を影に変えた。

 凶暴な中性子が、人の肉体を内側から焼く。

 爆風は、木造建築物を吹き飛ばした。


 上空高く盛り上がっていく巨大な爆煙。キノコ雲に発達していく。


 民間人の犠牲を考慮に入れた攻撃。


 人が死ぬ。人が作った物も死ぬ。昔の人が生きていた爪痕も死ぬ。戦争に参加した者も、戦争に反対する者も、罪のある者も、罪の無い者も、一生懸命その日を働いて、小さな幸せを拾い集めていく者も、戦地に送った子の安全を祈る母も、無垢な赤子も、なにもかも!

 なにもかも!


 やがて、原爆の雲が消える。想定より早く消えてしまった。


 生き残った人は、そこで見た。

 爆心地で、両手を空に掲げた姿で黒焦げになった巨大なヌシの姿を。


 ポツリと降ってきた黒い雨は、すぐに土砂降りとなる。

 雨が瓦礫に降る。オワリのヌシにも降る。空からの贈り物は平等だ。均一に降り注ぐ。


『ガァアアーッ!』

 獣の咆吼! 物理で説明できない気の圧力!

 消し炭を四方に吹き飛ばし、中からオワリのヌシが姿を現した。


『所詮、人が造りし物。この程度か』

 オワリのヌシは、肩の埃を手でパンパン払う。


『愚者の太陽よ!』

 傷一つ付いてない! 毛一つ焦げてない!


 オワリのヌシはズシンズシンと地響きを立てながら、爆心地を中心に歩き回った。被害状況を調べるように、あちらこちらへと顔を向けながら。


『まあ……、こんなモノか』

 最後に一度顰めっ面をした後、虹の輪をくぐってどこかへと跳躍した。


 アメリカは、原爆投下に際し、観測機も飛ばしていた。

 かの機の記録ファイルに、爆心地を平気な顔をして歩き回る巨大生物の姿が映し出されていた。

  

 後年、判明した事の一つであるが、原爆による直接間接の死者数は3万人弱だった。

 現世との違いは、ヌシが関与したかしないかだけだ。

 

 

 

 1945年8月9日午前。


 アメリカ軍少佐チャールズ・スウィーニー機長のB29「ボックスカー」が、高度9,000メートルを飛行している。長崎方面はあいにくの曇り空だった。

 だが、スウィーニー少佐は、この作戦は、是か非とも強行されねばならないと、強い決意を持って挑んでいた。


 弾倉が開く。 

「投下!」


 インプロージョン方式の原子爆弾が投下された。


「あれ?」

 スウィーニーは目を疑った。


「レーダー!」

「感無しです!」


 レーダーモニター要員の中尉も機長の言いたいことを理解していた。

 レーダーに反応しないソレは、超音速で飛行している。こっちへ向かって一直線に!


「来る――」


 瞬間移動が如く、ソレはボックスカーの下をくぐり抜けた。ボックスカーに大きな揺れ!

 機からは死角になっていて、見る事が出来なかった。ソレが投下した原爆を長い嘴を使って、器用に咥えたのを。


 そして、うっかり嘴が滑って飲み込んでしまったのをこのおっちょこちょい。


 空神ヒュウガの腹の中で中性子点火器が作動。プルトニウムが核分裂を起こした。

 TNT換算で、21キロトンのエネルギーが放たれたのだ。

 さすがのヌシも、体内からの攻撃は……。


『ギョ――――――』

 ヒュウガの悲鳴は途中で消えた。


 苦し紛れに長い首を上に向けた。口から一条の光を吐き出す。光は天を割り、宇宙へ消えていった。

 次いで、ヒュウガの全身から紅蓮の炎が噴き出した。

 長崎に住む多くの人々は、曇天を貫き落下していく、神々しく光り輝く鳥のシルエットを目にした。


『――ケヘェー……』

 情けない、もとい……神秘の声も聞こえてくる。

 

 ヒュウガのヌシは高度550メートルまで落下していた。


『ギョェー!』

 大気をつんざく狂声!


 大きく。力強く翼を広げた。全身が炎に包まれたヒュウガのヌシ。広げた翼の先端から、余剰の炎が、水滴のように飛び散る。


 体も一回り大きくなっている。


 軽くひと羽ばたきすると、ヒュウガの体は1万メートルの高みまで持ち上がった。その姿、火の鳥か鳳凰か、はたまたフェニックスか!


『ケェーッ!』

 大気が存在しない空でもうひと羽ばたき。

 ヒュウガのヌシはコンマ1秒で瞬間極超音速域(測定不能)に達し、南の方に消えた。


 この一連をボックスカーと観測用のB19の乗組員達が目撃していた。ほんの2秒だけだが、火の鳥がごとき変身した空飛ぶ幻獣の姿を16mmのカラーフィルムに記録した。

 二つの原爆投下の記録で、ヌシの存在とヌシの能力をアメリカ軍は認識せざるを得なかった。


「原子爆弾は、ヌシに効果が無い。それどころかパワーアップさせてしまうようだ。以後、原爆の使用は細心の注意を要する。これは警告である」

 3発目の原爆は日本に落ちなかった。

 

 

 

『結局、落とされてしまった。あれだけ準備したというのに……』

「気にするなミウラ。おまえの落ち度ではない」

 耳が垂れ、尻尾が力なく垂れている。背中が丸く……これは前からか……ヒゲも垂れている。


「ミウラはよくやった。某はそう思う。ミウラは某の自慢の相棒にござる! 今晩、某が慰めてやろう」

『そっすか!?』

 ミウラの立ち直りは早い。褒めて伸ばす教育の成功例と言えよう。


『くくく、ですがわたしはまだ諦めませんよ! 最後の一足掻きをさせていただきます。旦那! ご協力お願いします!』

「何か知らんが、まかせよ! と言うことは、今晩の慰めはよいのか?」

『あ、それは用事が済んだらすぐにでも!』

 

 

 そして――


 長崎事変の6日後に沖縄陥落。


 沖縄陥落前日の8月15日。日本政府はアメリカ合衆国に降伏した。

 

 

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