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仕込み


「さすが神君家康公。お見事でござる!」

 イオタさん、エドの方向を向き正座して座っている。


「これにて、ご恩を全てお返し申し候」

 常人にはよく解らないが、イオタさんの何処かでイオタさん独自の解釈による主従関係にケリが付いたのであろう。でも、イオタさんの横顔は、ちょっとばかり寂しそうだ。


『それが良いことであるか、悪いことであるのかは、イオタさんにしか解らないことなのです』

 ミウラもイオタに付き添い、エドの方角を向いて座っている。


「これにて、長の暇を頂きたく候!」

 イオタさんが土下座した。ミウラも土下座した。付き合いだ。


『実は、家康公がお亡くなりになった時の事を考えて、ある仕込みを依頼しておきました』

「何でござるかな?」


『かごめかごめ、の歌を市中に流行らせること。カイの国にて、穴掘りの大工事を行っていたことを、誠しめやかに全国へ流しておくこと。この二つです』

「ほほう……、何故に?」


『徳川埋蔵金伝説です。未来に夢を与えたい。有りもしない埋蔵金に夢をはせる未来人。楽しいじゃないですか! ヒヒヒヒッ!』

「宣教師の言うサタンにござるな!」

 イオタはミウラの髭袋(ω←こういうの)をポンポンしている。イオタのお気に入りだ。

 

 

「ミウラが言うところの『民主主義』とやらは無理にござったな」

『民主主義を広めるには国民の知識学力理性民意、それぞれに高い水準を求めます。今はまだ無理です。徳川政権は強権主義ですが、今はトップの者に正義を求めましょう』


「つまり、いずれ民草の学力が上がったなら、民主主義に移行すると?」

『それはニホンの国民に任せます。ちなみに、怖いのは強権主義です。共産主義や宗教国家が悪いとは申しません。強権主義に陥るべくして陥るシステムが共産党システムであり、宗教国家であるというだけ。民主主義も一度は強権主義に染まり、その洗礼を受けるでしょう。悪いのは制度ではない。政治家、ひいては人なのですから。「大人」なんてえらそうに言ってますが、子供が余計な知恵を付けただけなんですから』


 ミウラはω(髭袋)をイオタの頬に擦りつけて甘えている。


「よく判らんな。公方様の(まつりごと)は、そう悪くはなかったと思うのだが?」

『いつか、旦那には世界の仕組みをお見せしましょう。いずれ訪れる未来の世界において』


 そう、お互いが正義と信じる主張と主張のぶつかり合い。宇宙と地表との確執。人型戦術兵器が跋扈する未来世界。大艦巨砲主義の宇宙戦艦がブッパで無双する世界。そんなサブカル、もとい……未来の選択肢の一つをイオタさんに見せよう。そう決意するミウラであった。


『あと、蒸気機関とその応用、並びに石炭の有効性と有害性とその除去方法、さらには内燃機関や飛行機の概念などについても仕込みました』

 どうなるニッポン!

 

「さて、済んだことは終わったこと。また何か新しいことでもするか、それとも、のんびりと暮らすか?」

『そうですね。人の世にかまい過ぎました。しばらく、えっと、百年単位で手出しを控えましょう。でないと、ニホンの国は自立できません。観察だけに止めて、我々は精々神々しくありましょう』


「ハコネの衆とだけは細々と付き合っておくか。そういや、いつの間にか、長の息子のサイゾウがハコネ衆の長に変わっておったの? サスケは相談役にござる」

『へー、そうですか。そういやゴエモンが、あのお二方にお孫さんが生まれたとか言ってましたね?』

「月日の経つのは早いものにござるなぁ……」


 いつの間にか、南天の空には丸い月が上がっていた。日はとっくに落ちていたが、暗視能力を持つネコ2匹にとって、月明かりがあれば昼間とさして変わらない。

 鈴虫であろうか、か細くも綺麗な声が聞こえている。


『生殖能力を得た雄の鈴虫が、雌の鈴虫をある目的を果たすために呼んでいるのですが、そこは言いっこなしで風情を楽しみましょう』

 種としての生物の定義の一つに、生殖能力が上げられる。生殖能力を持たぬヌシは、はたして生物と呼べるか?


「ミウラよ、これ……」

 イオタが、そっと細い首を覗かせた。ミウラに見せるためだ。

 細い首が月の明かりを受け、青く光っている。


『ひょー!』


 はらりと覆っていた布が落ちる。

 くびれた腰、張った胸、丸い尻。それらが次々と薄明かりに照らされていく。

 すべすべの表皮が月の光の下に晒された。


『美しい。曲線だけで構成されたライン。艶めかしいほどに美しい。そして、ポッチリ、もぐ……』

 ミウラは先端部を口に含んだ。


「ポッチリに歯を立てるな! 浅ましい!」

『だって! かぐわしき香りがぁ!』


 ポンッ!


 イオタが手にしていた瓢箪の栓が抜けた。

 ミウラがポッチリ部分を咥えて栓を抜いてしまった。


 ツルツルの表面が月の光を青く反射していて、とても綺麗だ。細い首から一つめの膨らみまでのラインを構成する曲線が艶めかしい。特に腰部分のくびれはどうだ! お尻も安定の大きさだ。これなら立てておいても転けはしないだろう。


 そんな美しい瓢箪を、ヒョイと手に取るイオタ。


「某が丹誠込めて磨いたでござるからな。それトクトク……」

 瓢箪の中に、酒が仕込まれていた。濁っていない。


『良い香りですね。どれ一口、キュッ! ……松ヤニの味ですね? 和製のジンですか、これ?』

「蒸留した酒に混じっておる不純物を松ぼっくりで漉したのだ。某、このすっきり感がたまらなく好きでござる。ごくん! ……間違って、本物の松ヤニを入れてしまったようだ」

『昔からジンと松ヤニは、飲んでも区別が付かないと言われてますからね。カーッペッペッ!』


「こちらが本物の松ぼっくり酒にござる。ごっくん! プハーッ! うまうま!」

『ちょびり。……やはり差が解りませんが、うまうま! 冷たい炭酸で割りたいな。炭酸って確か温泉地で湧いてたような記憶が? イズだったっけ?」

 それは兵庫県の炭酸鉱泉である。

 


 して――、


 家康が作った江戸時代は、その後、100年か200年か、だいたいそんな辺まで続いたのであった。


 欧羅巴諸国とは葡萄牙と阿蘭陀、そして順調よく代替わりした清との貿易を大々的に行い、ニホンは多大な利益を得、また利益を与えた。

 友好的な関係を結んでいた欧羅巴諸国と激突したのは、江戸幕府開闢ン100年の後。南の諸島海域であった。

 直後、先を見越した徳川幕府は、曖昧だったニホンという国名だか何だかを正式に日本国と改め、政治形態を対欧羅巴向けに改変。ここに徳川一家支配体制は終わりを告げ、近代っぽい政治形態へと変貌するのであった。


 ――が、それはまだまだ先の話である。


 ニホン人は、人の手でもたらした太平の世を精一杯満喫する。ゆっくりと、ではあるが、人身売買の無い豊かな国を作っていくのであった。

 

 

 

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