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討論会


 バテレンの聖典を読み終わった。


「なんか、こう……文脈が。某の翻訳能力が弱いのでござるかな?」

『ラテン語なんでしょうかね?』


 感想はさておき――、


『如何ですかな? ご感想は?』

「うむ、理解できなかった。これではニホン人に理解させるのも難しいでござろう。通訳の座頭の苦労が忍ばれる」

 2匹は、何度も読み直し、何度も意見を交換し、何度も新しい解釈を試みた。

 その結果がこれである。


「おおミウラ、そろそろ時間にござる」

『あ、もうこんな時間だ! 急がなきゃ』

 

 

 

 ミシマにて。


 まず目立つのは巨大な超生命体オワリのヌシ。足下に宣教師2人と、通訳の座頭が1人。側にサルとハゲが控えている。


 そして徳川家から、ミウラ大学に参加していた5人がそのままやってきた。

 オワリを前にして、へっぴり腰になっている。

 跳躍(デフォールド)してきたイオタとミウラに対し、救世主を見る目で見つめている。


「よしよし、助けてやろう。某の後ろへ来るでござる」

 家康君ご一行、這々の体でイオタの後ろへ隠れる。

 保護者イオタさん。家康君にはとことん甘い。


『はじめよ!』

 場が整うとか、空気がとか、全く考慮に入れないオワリが開催を宣言した。メンタルすげー。


「ぶん投げられても困るでござる! サル殿かハゲ殿、司会進行を頼む」

 イオタがサル、またはハゲに場の調整を振った。


「はっ! では私ハゲが司会進行いたします」

 真面目なタイプに見えるハゲが司会を買って出た。サルより真面目に見えるのでうってつけだ。サルもその辺は理解している。


「まず、ご紹介から。後ろのお方は我が主、オワリのヌシ様。ミウラのヌシ様とイオタのヌシ様は昨日、ご紹介いたしましたので、人の紹介に入ります。カントウに覇を唱える徳川家当主家康殿。御嫡男信康殿。行政担当老中の本田正信様、本田正純様、経済担当老中の土屋長安様――」

 初めて漢字名が披露された。


 彼らはオワリの悪戯心で、この場の証人として引きずり出されてきた被害者だ。

 しかし、宣教師達にとって家康達の登場は瓢箪から駒。彼らは家康の名を知っている。大歓迎するべき相手だ。

 西で布教がはかどらなかったのは、ミカドを中心とする公家社会が邪魔をしたからだ。ここ東の地は公家の力が及ばぬ地。東の地の支配者たる家康に取り入ることができれば、明るい未来が待っている。


 何をされるかと恐れていたが、ピンチは一転、二度と無いチャンスに変わった。

 宣教師達は布教に自信がある。これまでだっていろんな手練手管を使い、アジア各国に教えを広めてきた。

 ここニホンで手こずるのがおかしのだ。いや、ヌシという悪魔のような存在が神の教えの邪魔をする。ヌシの存在は信じられぬが実在は実在。ヌシもろとも教えに引き入れればこちらの完全勝利である。宣教師たちは己の命と引き替えにしても入信させる覚悟を決めた。


「続きまして、宣教師側。宣教師の――」

『こやつらの名や国名はどうでも良い。始めよ!』

 紹介のコーナーが長かったので、オワリが痺れをきらしたのだ。


「では、イオタのヌシ様、ミウラのヌシ様。お願いいたします」

「こほん! 某、イオタとミウラは、昨日丸一日を掛けて、宣教師殿よりお借りした聖書を読ませていただいた。これお返しいたす」


 聖書の返却に、宣教師2人はシンクロして神の名を称えた。帰ってくるとは思ってなかったようだ。

 通訳の座頭が顔を引きつらせている。こちらは違う意味で驚愕しているようだった。


「よって聖書の中身は頭に入っておる。故に説教は無用。短絡的に疑問に思うところ、理解に苦しむところを質問いたす。それに答えていただく進行方法で参りたいと存ずるが、よろしいかな?」


 イオタの言葉を座頭が、宣教師に翻訳する。

 宣教師達はウンウンと頷く、肯定されたようだ。


「既にお解りかと存じますが、それでかまいませんと申しております」

 緊張のためか、はたまた別の理由か、座頭の額に玉のような汗が浮かんでいる。


「話す前に一つ確認がござる。宣教師達のお国に、某らのようなヌシは存在しておるのかな?」

「いいえ。ヌシがいるのはこの国だけにございます」

 座頭は即答した。


 やはり、ヌシの存在は特殊すぎる。イオタやミウラがいた日本にヌシがいたら、どうなっていただろう? 怪獣映画は生まれただろうか?


「では始めよう。貴殿らの経文に一通り目を通させてもろうた」

 イオタがやるせない顔をしつつ話し始めた。


「いわゆる一神教でござるな。唯一の神。唯一神でござる。すべての人はただ一柱の神の元、すべからず平等であると。なかなか良きお心がけにござる。感服つかまつった」

 イオタは座頭に通訳を促した。宣教師達は喜んでいる。


「なあ座頭、いちいち通訳しては時間が掛かりすぎないか?」

「はい、ではこれからは私が全権を持つ者としてイオタ様と直接受け答え致します」


 座頭はイオタにヌシという尊称を付けなかった。ヌシは神という言葉に等しいから拒否したのだ。

 その事に、その場にいる人間達が怒りの感情を表に出し、ざわめいた。


『静まれ』

 ミウラの一言で温和しくなる。


 イオタは続けた。

「では、その方の答えが宣教師の正式な答えであり、二言はあり得ぬ。との見識でよろしいか?」

「はい、その通りにございます」

「一応、宣教師殿に確認を取っては如何か」

 イオタの念押しだ。


 ニホン人サイドの者は頷いている。イオタの言いたいことを理解した座頭は、この事を宣教師に伝え、同意を得た。


 頷いたイオタは話を進める。

「その方らの唯一神信仰とは真逆の存在に多神教というのがある。某らニホンに住まう数多くのヌシを神と崇める風習も多神教の一つにござろう。して――」


 座頭は、何か言いたそうだが、黙ってイオタの話を聞いている。人の説を論破する定番方法の一つに、相手の話を聞き、後に矛盾点を付くというのがある。おそらく座頭はそれを狙っているのだろう。

 座頭は、今は宣教師側の人間であるが、元はニホンの住人。ヌシのいるニホンの事情に詳しい。それだけでも有利なのだが、さらにニホンの住民は宣教師達の教義に対し無知であるのだから、座頭はチートし放題だ。

 よって、座頭はイオタ、すなわちヌシを突き崩そうと、矛盾する言葉を手ぐすね引いて待っている状態である。


 イオタの話は続く。

「――これは前置きにござるが、多神教の長所は、様々な神を受け入れる寛容さにある。これは様々な人や文化を受け入れる素地があるという事でもあろう」


「イオタ様!」

「黙れ座頭! 人の話は最後まで聞けと教わらなかったか! これは前置きであると申したであろう。発言の一部だけを切り取り批判するつもりであるなら、もはやこれ以上話をするに値せぬ! その方ら、話を聞かなんだとして、この会合を打ち切る!」

 イオタはぴしゃりと言い放った。


「申し訳ありません」

 座頭はすぐに謝った。失点1である。


「話を続けよう。ただし、多神教にも欠点がある」

 ホラ、こういう展開なのだぞ。あそこで切り上げたら損するのはお前達だったんぞ。って目で座頭を睨むイオタさん。

 座頭はそれを肌で感じ取ったのか、第六感で感じ取ったのか、首をすくめている。


「それは『差別』の助長にある。神の力に差がある故、神にも上下を付ける。自然と人にも上下を付け、それを不思議に思わぬ土壌がある。寛容だが、不平等な社会を育成してしまうという欠点にござる」


 座頭は、イオタの話しに納得し、最後まで黙って聞くことを貫いた。まだ前振りが続いているようだと思ったからだ。


「話を唯一神、一神教に戻すが……一神教にも欠点がござる。神の前の万人が平等。ご立派な教えにござるが、その方らの神を信じぬ異教徒らに関しては……ずいぶん厳しい対応をしておるようにござるな?」

 イオタは座頭に回答を促した。


「我が神は唯一の真理にございます。異教はその真理に背くものにございます」

 これ以上は言わない。相手が手強い論客と知り、守りに回ったのだ。


「ふむ、その方ら、愛や平等の文言を唱えながら、異教徒を弾圧・虐殺しておらぬでござろうな? かく言う某らヌシは、その方らでいうところの悪魔の形相を備えておる。ヌシを信奉する人々もその方らからすれば異教徒でござろう? ニホンで暴れぬか、不安にござる」

「それ故の布教にございます。平和のための布教にございます」


 ここまで、双方の話に破綻点はない。上手くお互いを認め合い、話は進んでいるように見える。

 一見は。


「ならば、問おう。座頭よ、我が問いに答えよ」


 イオタさんの(ミウラ仕込みの)攻撃が始まった。

 

 

 

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