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宿題


『良いことを思いついた。ハゲ。もう一度走れ』  

「はっ! 直ちに!」

 ハゲさんは踵を返し、走っていった。


「何所へ走ったのでござるかな?」

「徳川様を呼びつけに走ったのでございますよ」

「あれだけでよく解るでござるな?」

「へい、慣れでございます」


 いつの間に近づいたのか、サル君が揉み手をしながら説明してくれた。皺くちゃ顔が愛嬌たっぷりに笑っている。


「おお、サル殿にござるか。……久しぶりに会ってみれば、年を取ったな。貫禄がにじみ出ておるぞ」

「いやですよー、……あはは。イオタのヌシ様は相変わらずお若くて美しいままにございますな」

 羨ましく存じます。とは言わなかったが、ハの字の眉と笑ってない目と張り付けただけの笑顔が語っている。


「儂は年を取っただけにございます。気がつけばもうこんな歳。女房も子供もおりません」

 人生の終わりに近い歳だ。この年でよくもまあミウラ半島まで走れたものだ。


「そう言えばヌシになるとか言っておったな? もう諦めて嫁をもらったらいかがかな? 気に入ったおなごは居らぬのか? なんならヌシの強権を発揮してくっつけてやってもよいぞ」

「あははは! これは有り難きお申し出にございまする! しからば、良きおなごを見つけましたら、是非ともお力添えを!」

「うむ、任せよ!」

 権力者の悪い例である。


 ヌシよりプラチナチケットを手に入れたサルであるが、喜びの表情は長く続かなかった。

『止めよ、サル! イオタのヌシにそれ以上近づくな!』

「おおう!」

 いきなりであるがオワリの怒声が落石が如く降ってきた。


『ミカドが昔ヌシであった。ヌシと人の間に生まれた子が2代目、という寓話はでまかせじゃ! 諦めよ!』

 ニホン神話の成り立ちが、ここに明かされる。……さわりだけ言えば、今は存在しないアワのヌシが、ミカドの祖であるとされている。古事記、日本書紀が存在しない世界である。


 閑話休題。


「滅相もございませぬ! そのようなこと考えたこともございませぬ!」

 サルが地べたに向けて叫ぶ。

 イオタはジャンピング土下座を初めて見た。後になって、何度も回想するほどの綺麗な土下座だった。


「あー、なるほど」

 イオタはピンと来た。前世イセカイよりネコミミ美少女になってずっとこの方、そう言う目で見られることが多かった。


 いなみに、ミウラは焼き餅など焼かない。イオタさんの本性を知っているからだ。むしろニヤニヤして事の成り行きを見守っている。


 イオタは思案げに腕を組んだ。困ったように眉をひそめる。

「言っておくが、某というか、ヌシは子供を産まぬぞ」


 サルはヌシになりたいと言っていた。目の前に特殊な女性タイプのヌシ、イオタが現れた。尻尾と耳を除けば人間の女子。子を成すことができるのでは、と思い立つのは無理ならからぬこと。


「だいいち、サル殿がヌシになりたいのでござろう? ヌシの親では本末転倒にござる」

 イオタさんは怒ってない。気味悪く思うが、怒ってない。

 なんともなれば、自分がもし男だったら、ネコミミ美少女である自分に求愛するであろうから。……背景を知らない人が読むと、とんでもない変態にしかみえない。

 

「畏れ多くも初代様は人からヌシになったという説話の持ち主」

 ――解釈次第でそう読み取れるという範疇だが――

 オワリのヌシが正式に否定した寓話である。


「2代様以降は初代ヌシ様と人の間に生まれた御子。という神話にございますれば。……ここは現にイオタのヌシ様のような人の姿をしたヌシ様もおられる世界」


 ここでサルが言葉を切った。愛嬌に溢れた笑顔が、途端に鬼気溢れる表情へと変わる。


「何ででしょうね? 儂は底辺の生まれ。だのにミカドは頂点の生活。なんで儂はヌシに生まれなかったのでしょう?」

 サルは肩を振るわせている。


『それを偏執という』

 ミウラだ。ミウラはこういう執念深い男が大嫌いだ。


 続いてミウラが聞く。

『サルよ、ヌシになって何とする?』

「ヌシになれば、だれより強くなれる!」

 サルの顔が上がった。


「皆が儂を崇める! 儂を馬鹿にする者は誰もおらぬ!」

 立ち上がり、力強く腕を振るう。


『超人願望か。やはりな。精々頑張るが良いさ』

 他人より優れた種でありたい、という願い。自分は人とは違うんだという優越感に浸りたい。

 ぷいと横を向くミウラ。それっきりサルに関心を寄せなくなった。あえて無視している。


『さてっと、……イオタのヌシ。聖書を手にしてください。読めますか?』

「読めるかって? このような横文字……」

 イオタは聖書を手にし、パラパラと開いてみた。


「……読めるでござる」

 読めた。


『言語自在の能力(チート)が生きているようですね。そうじゃないかと思ってたんですよ! どれどれ?』

 ミウラも聖書をのぞき込んだ。

『はじめに――。読める! わたしにも読めるぞ!』

 ミウラの声はゴキブリマントの赤い少佐そっくりである。


『どうせやるなら徹底的にやりましょう。一切の責任は、言い出しっぺにして命じたオワリのヌシに帰順します。さあ、引き上げますよ!』

「おいミウラ! バテレンの経文なんか家に持ってたら縛り首にご――」

 イオタを小脇に抱えたミウラは虹のゲートを潜り秘密基地のいずれかへ跳躍(フォールド・イン)した。

 


 残された地で。

『サル! 宣教師共を見張っておれ』

「……はい」

 見張りの手配のため、サルはミシマの村人に指示を出した。

 それはごく普通の風景であった。

 



 して、イオタさんとミウラは――


『丸一日掛けてこれを読みます。24時間後に家康君が連れてこられるはずです。それまでに2人で読破いたしましょう』

「これをでござるか?」

 イオタはあからさまに嫌な顔をする。


 1.本が分厚いこと。

 2.ご禁制の品であること。

 この2点が嫌がる理由だ。


『嫌な理由を一つずつ潰して差し上げましょう。


 1.わたしたちヌシは疲れを知りません。徹夜しても疲れないし眼精疲労もないし眠くもならない。

 2.御公儀は、バテレンに対し禁教令を発しておりません。ですんで、御本を読むことは合法です。

 3.実を言うと、わたしもバテレンに詳しくないんですよ。

 4.どうせなら見聞を広めませんか?

 2つの理由に対し、4つの答えが返ってきた。


「む、それならばよい」


 イオタとミウラは手分けして聖書を読み始めたのであった。

 

 

 

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