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教育


 話は本筋に戻る――


 エド城内、家康君の執務室にて。

 ここは、選ばれたメンバーしか入れない特別な部屋である。小姓の1人すら入れぬ。


「小便所改修による硝石の生産が軌道に乗りました。量産型硝酸の第一期生産分で、全力斉撃5会戦分の火薬を確保。小隊、中隊制度は全軍への換装、並びに訓練が終了。合わせて時期下士官候補の育成も順調でございます」


「サムライ達、並びに一般人への基礎教育機関により識字率と計算能力が普及。エド市中の犯罪が、このぐらふで読み取れるとおり、極端に低下しております。道徳教科の導入による効果有りと認め、領内全域に広げたのち、服従してきた東北の諸侯にも進めるように致しましょう」


 徳川軍はトウホク各地のサムライと領地を難なく服従させていた。もともと、北の地は「武家の棟梁」というブランドを殊のほか有り難がる習性を持っている。だたから簡単だった。

 ニホン統一という事業に協力を求む! 付いては武家の棟梁たる徳川家の臣となり、ニホンの平和に貢献せよ! との触れに、ほとんどのサムライが賛同し、徳川の支配下に入ることを誓った。

 いまや、カントウ以北、ニホンの半分が徳川の物となったのだ。


「大便利用の農産物向け肥料は、前回報告いたしました生産量より2割増えております。これにより農産物の生産量も右肩上がりにございます。合わせて塩水選別法、等間隔田植え法による米の取れ高は三割増でございます」

「うむ、皆の者、ようやった。よくぞこの家康を感心させた! 褒めてつかわす!」

「「「ははーっ!」」」


 家康を前に、一同頭を下げる。業績を上げ、認められ、当主から褒められるのは気持ちが良いものだ。家康は名君として家臣達に慕われている。


「父上。農産物の生産量が上がることで、懸念の四公六民制でも充分な税収を上げることができるようになりました。領内の関を無くし、港湾税を少なくすることで商人と船を大量に呼び込み、代わりに金を落としていってもらう。大領土を持つ者にしかできない技にございましたね」

 信康が笑う。元々優秀な人物である。年かさの重鎮達より覚えも早く、また、行動力に優れていた。


「うむ、信康も分かるようになってきたな」

 自慢の息子が大局的な視点を手に入れた。父親として喜ばしい限りだ。


「なんだか、領地経営が楽しくなってきました」

「ははは! 信康は良き棟梁となろうぞ!」

 家康のこの一言が、信康を跡取りとして決定づけたのであった!


「必ずや、儂の目の黒いうちにヒノモトを手にする。そして皆が楽しく暮らせる世を作るのだ!」

「父上ッ!」

「「「殿ッ!」」」

 執務室は熱い熱気に包まれた。それは正義を執行する男達が出す熱量だ。


 そして、それらが全てミウラの掌の上でファイアーしていることに、誰1人として気づかなかった。


 同時刻。イズ半島の隠れ家。本店営業部にイオタとミウラはいた。

 囲炉裏を前に、虎サイズになったミウラが寝そべる。イオタはミウラのお腹をクッション代わりにして、体を預けていた。

 イオタさんは杯を傾けている。目の前にはお酒の入った徳利が置いてあった。


「あれから数年が過ぎた、にござる」

『家康君と面会したのが、つい、こないだのようです』

 家康は、イオタ達のアドバイスに沿って、計画的な都市作りに着手した。


 ミウラが指示するそれは、都市の機構がそのまま政治に繋がるハイソで有機的で遠大な計画であった。


『人心を掌握し、国中の人を支配するには――』

 と名うって、選ばれた人(エリート意識、選民意識を植え付ける)の前で、(フランス)の神モンジュールボサーツ(ミウラ創作)に匹敵(家康の体感)するヌシの知恵(現世知識・教育)を授けた。


 授ける前に、家康とエリート集団を教育。名目はこれからの説明に付いてこれるための一般教養科目である。口の悪い者は、それを洗脳と呼称し、やっきになって貶める。やれやれだぜ。正解だけど。


 イオタは何杯目かの杯を干した。

「ヌシの体になって困ったことの一つに、いくら酒を飲んでも酔わぬということにござる」

『ヌシは薬物無効というか、人の手が入った物質による影響が無効なんですよね。だからお酒じゃ酔わない』

「ヌシの敗北にござる!」


 それならヌシの手で酒を造れば、という意見もあるが、そこにイオタさんらが気づくまで、今しばしの年月が必要とされる。

 

『東日本を制覇した家康君は、近いうちに西と雌雄を決するでしょう。場所はセキガハラ希望! 公家衆との最終決戦でもあるこの戦い、落とせませんよ! って、イオタさん、何いじくり回してくれてるんですか?』

「うむ、考え事をするにあたり、手持ちぶたさでな」


 イオタさんが左手で弄っているのは、ミウラのソーセージである。……説明が足りなかったようだ。ミウラが作ったソーセージである。太くて長いタイプの。


「だったら、わたしも舐めちゃいますよ、イオタさんの粒ブドウ。レロレロ!」

「あっ! こら! 急に舐めるな!」


 ミウラが舐めたのはイオタの粒ブドウ。……説明が足りなかったようだ。イオタがブドウより作った飴である。


『だったら、イオタさんもわたしのソーセージから手を放してくださいよ!』

「熱くなって汁を滴らせた(囲炉裏で加熱した)ソーセージを五平餅でグチュゥとくるみ……」

『あっああー!(旨そうを表現する感嘆符)』

「熱をもち、トロっとした甘味噌をかけ(囲炉裏の火で熱した)」

『んふぅー(良い匂いでフレーメン)』

「これは某が美味しく頂くのでござる。もぐもぐ」

『ぬほぉー(肉体的な反応ではなく、所有件を有する品物を取られたという悪感情による高ぶり)! チュバチュバ(あくまで飴【糖を煮詰めて固めた物】を舌で転がす音)! うっ!(何かに気づいた感情を表現する言葉)!』


『おや? 家康公が神社に入られたようだ。今日だったっけ?』


 ミウラ半島の付け根、ヌシの森に連接して神社が建てられている。元はその地のミウラを祭る祭壇が鎮座していたが、家康の寄進により立派な神社に建て替えられた。

 その名も「ミウラ神宮」。


 総本山らしい。


 そこの奥まった秘密の一室で、イオタとミウラによるお告げという名の洗脳……もとい、教育が行われているのである。


 初期の頃、イズの隠れ家に呼んでいたが、イオタ達の秘密保持や、エドからの距離や、なににつけ面倒くさいので、エドから近いミウラ半島で済ませる事にした。そしたら、家康君がハッスルし、あっという間に神社を造ったのだ。

 神社の奥まった場所に神秘の場所がある。外から中が見えない構造になっていて、イオタやミウラが、そこへ直接跳躍(リープ)して姿を現すという寸法だ。

 秘密を知るのはイオタとミウラを狂信的に信奉する隠れ里の者達。彼ら数世代は、秘密を漏らす恐れがないので安心だ。

 偶然であるが、ちょー偶然であるが、先に謝っておくが、その位置が、なんと、ぴたり、現世での鶴岡八幡宮のある場所でしたー。


「鎌倉殿、ごめんなさい」

『現代人だったわたしはそれほどでもありませんが、封建社会を生きたイオタさんにとっては、なんともな思いなんでしょうね。分かりますよぉー』

 と、ミウラは口先だけで理解を示した。


 そんなこんなで、家康公ご一行様が神社に入られると、神主の方が詔を上げられる。それを不思議な方法でイオタとミウラが受信し、到着を知るというシステムである。


 して――、


 家康公のミウラ神宮入りであるが、いつものメンバーでいつも通りお宮詣でという理由付けでやってくる。

 いつものメンバーは家康本人、跡継ぎの信康、あとは内政に特化した家臣が3人の固定メンバー。

 ミナモトのマサノブ。その子、ミナモトのマサズミ。能力と忠誠心を買って引き込んだツチヤのナガヤス。この3人だ。


 彼らがミウラ神宮で合宿(?)し、出した計画を老中の役職にある重臣数名が実行する。

 このトップダウンシステムで、徳川の領地は飛躍的に発展していった。この実績を導いたトップファイブに対する家臣領民からの信頼も厚く、政治が上手く回っている。

 支配下に収めたカントウのサムライ達も、実利が回ってくるので反抗など起こさない。むしろ協力的。

 サムライの2世達は、実に従順で有能な下士官として育っていく。


 してて――、


『家康公とのミーティング日は、明後日の予定ですね』

 ミウラは、居間の柱に取り付けたカレンダーを眺めていた。


「前日入りされればよかろうに。実直なお方にござるな」

『政治が上手く回ってるし、軍部も強化されたし、自信もついたしで、今が一番面白い時期なんでしょうねー! 良いことですぅー。あと「教育」も順調ですし。クククククッ』

 台詞の前半は白いミウラであったが、後半は黒いミウラであった。


「えーっと確か、今回は海軍力と制海権についてでござったな?」

 イオタさんは前世イセカイで海洋貿易を嗜んだ経験があるので、海軍力の重要性についてはちょっとうるさかった。一年中、海で水着とか温泉でのぼせ上がたりして遊んでいたわけではないのだ!


『海外貿易をからめての話です。初日は、さわりと脅しですかね。翌日から本格的にレクチャーする予定です。この時代、ヨーロッパ人の一部権力者は野盗海賊とさして変わりありませんからね』

 *注)ミウラ個人の感想です。


「バテレンもおるのかな? 厳しく対処せねば!」

 *注)イオタさんは江戸初期の下っ端役人です。


 ミウラは一連の講義で、家康に給金よりも「やりがい」が大事だと教えた。家康が好んで使うようになり、いまや徳川家は「やりがい」を合い言葉に、猪突猛進している。

 後世、「やりがい」という言葉が社畜共を苦しめる要員の一つとなるのだが……。この言葉、偉人家康公が1人で思いつき、広めたと言うことになっている。忖度がらみの取り扱いで言語戦争が起こったのだが、それはまた別の話。


「さてでは!」

 イオタとミウラは、準備に取りかかった。



 

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