閑話 キュウシュウチホー
ニホン列島の最果て。人外魔境の地と噂されているキュウシュウ地方。
さらにその南端部にもヌシがいる。
サツマのヌシとオオスミのヌシであった。
オオスミの地でサクラ島が噴煙を上げている。あ、今、噴火した!
『あー、また噴火してる。これで何回目だろう? 百回までは数えてたんだけどなー』
のんびりと噴火の様子を眺めるオオスミである。
見た目、巨大な人型。全身は岩と見まごう皮膚でできている。デザインはオオガワラ的全身鎧。分厚そうな装甲と、太い足、力強い腕が印象的だ。別名、巨神オオスミのヌシと呼ばれるヌシだ。
『風は西になびいて……あ、マズイ!』
『オイコラ! 何噴火させてやがんでぇ! こっちに煙が流れて迷惑だろうがっ!』
マズイ相手がやってきた。
『あ、サツマ先輩、お久しぶりです。おかわりありませんでしたか?』
『うん、お蔭さんで、至って健康だ。血圧も130切ってるし。うん』
サツマは、ゆっくりと腰を下ろした。
見た目、巨大な青い狼。青い体毛が炎のように巻き上がっている。お腹の白い毛がチャームポイントだ。
別名、狩神サツマと呼ばれるヌシだ。
『てゆうかよ、オオスミ君、サクラ島な、アレ何とかなんない? こっち火山灰が酷いのよ』
サツマのヌシはブルルイっと体を震わせ、積もった灰を吹き飛ばした。
『いやーどうにも。……あ、そうだ! 横穴空けて圧力抜きしましょう!』
言いながら、オオスミのヌシは左手をまっすぐ構えた。
『やめ! ばか! こら!』
その左腕に乗っかり、腕ひしぎ逆十字の要領で妨害するサツマ。
『てめぇ、なんでそう短絡なんだ? 万が一、サクラ島を吹き飛ばしちまったりしたら、どー責任とるってんぇんだ?』
オオスミは頭をポリポリと掻いた。
『え? サクラ島がなかったら、灰が積もらないし、溶岩が流れないし、地震も起こらない。良いことだらけじゃないですか?』
『それもそうか、……じゃなくて! 大地の底からのエネルギーを採取できねぇだろうが! おまっ! ここぁなッ! キリシマ火山帯がもたらす地の底のッ! 俺らの発生源であり力の源が丁度良い塩梅にアレして絶妙なバランスをアレしてるんだよ! キュウシュウが魔界って呼ばれてる所以だよ!』
『あーはいはい! 判りました先輩! ですから左腕に齧り付きながら器用に喋らないでくださいって!』
サツマはオオスミの腕から離れた。
『判りゃいいんだよ。俺もそこまで言うつもりはねぇ。ところでオオスミ君』
『なんですか? サツマ先輩』
『オオスミ君の足下で奇声を上げてる猿、だれ?』
オオスミが足元を見ると――
「キィイエエエェー!」
「チィイェストオォォーッ!」
オオスミの足に木刀を振り下ろすサムライが2人ばかり。上半身剥き出し。日に焼けた肌が黒い。パッと見、猿と区別が付かない。
先ほどからガンガンバキバキと音を立てていてうるさい。
『いや、なんかね、僕の足に傷を付けることができたサムライは、オオスミとサツマの地の太守になれるってね。そんな約束がサムライの中にあるらしくってね』
『ほうほう!』
『暇さえあればこうやってガンガン打ってくるんですよ』
「キィエエッ!」
「チィイエェッス!」
『うるせぇよ!』
サツマが前脚を振るうと、サムライはどこか遠くの空へと吹っ飛んでいった。
『オオスミ君もオオスミ君だ! あんなの振り払えよ!』
『いや、かかってるの2国の太守ですよ。邪魔しちゃ悪いかなーって』
『おまっ(おまえ)! どくっ(どこまで)! でぇー(お人好しなんだ!)!』
『落ち着いて先輩! 頭の血管が切れますよ! 太いのが!』
『ヌシとしての矜持ってモンが欠落してねぇか……って痛てっ!』
サツマが、自分の足元を見ると、何所から湧いてきたのか先ほどと瓜二つで見分けの付かない日焼けしたサムライが、サツマのクリームパンみたいな爪先に打ち込んでいた。
『ちなみに、そのサムライは先輩のトコのサツマサムライですよ』
『何で人が不可侵のヌシにダメージを与えられるんだ? おかしいだろ? おかしいだろ、サツマのサムライ。俺んちのサムライか? 知らなかったよ、今の今まで!』
『先輩ん家のサムライさんですからね、忖度して今まで言えませんでした。実は迷惑なんです。とても』
『オオスミ君には悪い事しちまったなぁ、謝るよ。ごめんね』
サツマは悪いことは悪いと、ちゃんと謝れる大人のヌシであった。
『とりあえず、テイしておいて……っと』
サツマは前脚をテイと振り払い、狂猿どもを未だ噴火の収まらぬサクラ島の火口方面へ張り飛ばした。
場所が場所だけに命が危ぶまれるが、たぶん大丈夫だろう。サツマサムライだし。
『話は変わるが、……聞いた話によると、サガミのヌシがネコのヌシとやらにやられて取って代わられたらしいぜ!』
『すんごい飛びますね? 地理的にも』
『ほら、チュウゴクちほーにまで手を伸ばしてるオワリのヌシってのが居たろ?』
『ええ、先輩が一撃で分からせる予定の大ヌシですね』
『アレな、東にも手を伸ばしたんだけど、そのネコのヌシとやらとぶつかって引き分けたらしいぜ』
『へぇー! 強いんですね、ネコのヌシ。先輩ほど強いのかな?』
『ばっきゃろい! 俺様の方が首の皮一枚分強ぇえんだ!』
『また微妙な実力差ですね』
『それほどでもねぇや!』
どこか自慢げなサツマである。
『でもって何が言いたいのかてぇとよ、そのネコのヌシにはよ、人と同じサイズのヌシがくっついているってんだよ』
『人と同じ大きさのヌシですか? ナリソコナイじゃなくて?』
『おおよ! エチゴのヌシともぶつかってたんだがよ、エチゴのヌシの鼻っ面を切り刻んだって話も聞くぜ! 覇道剣稲妻三段返しってワザだそうな』
『覇道剣稲妻三段返し!?』
『うん、ありゃぁ俺でも返せねぇわ』
『すげぇっすね。でもよくそんな遠くのヌシの噂話なんか耳に入りましたね?』
『うん、まあ……俺って、人を保護するタイプのヌシだからさ』
サツマが顔を横に向けた。
『あ、まーた、ちいパイ子に手を出したでしょう?』
オオスミが回り込んでサツマの顔面をのぞき込んだ。
『いや、ほら、お父さんとお母さんが病気でさ、風邪だって。可愛そうじゃん?』
また横を向くサツマ。オオスミと視線を合わせたくないようだ。
『ご両親が病気じゃなくて、先輩が病気なんでしょ?』
オオスミは、がっしりとサツマの顔を手で挟み込み、無理矢理目を合わさせる。
その時、空が陰った。
『テメェこの犬ッコロ! そこにいたか探したぞ!』
上空より声が聞こえてきた。
二柱の上空を高速度で飛び回る鳥形のヌシだ! 一番似ている動物は猛禽類。違うところは長い首と鶴のように長い嘴だ。
『てめぇはヒュウガのヌシ! この鳥頭ヤロウ!』
口撃には即口撃で返すサツマである。ちなみにこのトリさんは、空神ヒュウガと呼ばれている。
『誰が鳥頭だぁ? コラァー?』
『お前の頭のデザイン(意匠)って鳥だろ? 英語でバードヘッド。訳して鳥頭。僕、何か間違ったこと言った?』
『……言ってないよね? ごめんね、犬ッコロ』
ヒュウガは素直に謝った。
『解りゃいいんだよ。解りゃ。で、何かご用? 今ちょっと立て込んでるんだけど』
『えーっと、なんだたっけ? ごめん、また来るわー!』
ヒュウガは北へ飛び去った。
『鳥頭が!』
『ヒュウガのヌシさん、何しに来たんでしょうね? で、先輩さっきの続きなんですけどね――』
『あ、いけね! あの子が呼んでる。じゃな、オオスミ君!』
どうやったのか、オオスミの拘束をスルリと抜け出たサツマ。タンターンと跳び跳ね、一回半捻りを入れてあっという間に遠くまで走っていった。もう豆粒ほどの大きさにしか見えない。
『もうー!』
いつもの事なのだが、煙に巻いた先輩を見送るオオスミであった。
「キィイエエエェー!」
「チィイェストオォォーッ!」
『うるせぇよ!』
狂猿たちはオオスミに蹴散らされた。




