ミナモト軍
サスケが、緊急の用件を持ち、イオタ達の隠れ家へ飛んできた。
「一大事にございます!」
シュバッと風切り音を(わざと)立て、サスケが隠れ家の庭にひざまずく。由緒正しきニンジャの作法である(ミウラによる)。
「如何致した?」
イオタの準備は楽でいい。裸でいようが、次の瞬間、いつもの細袖と袴姿になれるのだから。例え裸でいようと。気をつけて読んでいただくよう二度言いました。
『何かあったか? 遠慮せず報告しろ』
裏に回ってから巨大化したミウラが屋根を飛び越えて庭に降り立った。
巨大化したと言うことは、虎サイズまで小さくなってナニカをしていたと言うことだ。小さくなってナニカをしていたと言うことだ。気をつけて読んでいただくために二度言いました。
「ミナモトの軍、5万! ハコネ峠の西、ミシマに布陣しております!」
「『え?』」
「ミナモトの軍、5万! ハコネ峠の西、ミシ『聞こえなかったのではない!』
律儀に繰り返そうとするサスケを止めた。
『ほーう、そう来たか』
ミウラは落ち着いている。落ち着いているように見える。ネコだから表情が解らない。そこを利用した。内心が大震災にも関わらず。
【予想を遙かに、遙かに上回る早い時期でござる】
【出遅れましたね。……いや、かっこいいから言ってみただけです】
この距離であるが、イオタとミウラは念話を使った。
【イオタの旦那、すみませんが早急に探ってきてもらえませんか? わたしだと動きが逐一バレる】
【ミウラは気配を消すのが苦手にござるからな。良いだろう。某が偵察に出向く】
【お願いします。ミナモトもニンジャを使っているかも、です。その辺はハコネ衆に対応させましょう。妨害です】
【妨害の理由は?】
【面白そうだから】
【委細承知】
イオタは虹の輪を潜り、何処かへと跳躍した。
『サスケよ、命を下す!』
「ははっ! 何なりとご下命ください!」
サスケは片膝を地に付け、手を添え、ニンジャの礼を取る。
ミウラはサスケに何点か命じ、隠れ家から下がらせた。
さて、イオタであるが――
現在の伊豆市西側山中まで一気に跳躍。ミナモト軍が駐留するミシマの真南だ。
ミナモト軍は東方向であるハコネ峠に意識を集中しているだろうから、その虚を突き、軍の横手から近づこうというのだ。
イズ山中を風のように走るイオタさん。途中、気配を消して移動している人間を幾ばくか見つけた。おそらく、ミナモト家の忍者なのだろう。こちらはサスケ達と違って本業だ。だからといって、高速で走り抜けていくイオタを知覚できてない。
イオタにはネコミミという超高感度集音覚システムがある。ヌシとして、イズの山々に張り巡らした超感覚がある。視覚や音が届かぬ距離を離して移動していく。
そして、山の端っこ。ミナモト軍が布陣する様を一望できる場所に出た。
さすがに、良い場所はミナモトの忍びが占拠していたので、気づかれないよう、後ろからどつき回して気絶させ、転がしておいた。後で気がついたら、上に報告を入れるだろう。
ミウラのヌシは気づいているよ、とのメッセージも兼ねての暴力である。
【あーあー、聞こえますか? どぞー】
【聞こえますよ。どうですか様子は? どーぞー】
【たしかに5万の軍勢にござる。適度な間隔で散らばっておって、連携がとれておるなー。ハコネ峠を中心に据え、扇状に展開してござる。少し南にズレておるからイズ方面も押さえて居るぞ。ヌマズに分隊がござるが、これは後詰めにござるな。どぞー】
【攻撃的な陣形ですか? どーぞー】
【現状は受け、にござるが、動けば即攻め、に転じられる陣形にござる。どぞー】
【悪戯心が湧いてきました。ちょっかい出してみます……あ、ちょっと待ってください。どーぞー】
ミウラとの通信が一旦とぎれる。その間、イオタは、ヌシとしての視力を最大に生かし、敵情を視察していた。
「森や山との距離が微妙にござる。守るにしても、攻めるにしても、人を散らばらせすぎる。ミウラの一撃必殺を警戒しておるのやもしれんが、……陣から出る気配が微妙にござるな? 不安と期待?」
もう少しヌマズの方へ移動してみようかな、と考えていたとき、ミウラから通信が入った。
【あーあー! 本日は晴天なり。聞こえますかイオタの旦那? どーぞー】
【感度良好にござる。どぞー】
【状況が大きく変わりました。一旦戻ってください。大至急!】
【了解にござる。おばー!】
【気をつけて。オーバー!】
何が起こった?
イオタは踵を返し、急いで山中へ飛び込んだ。
「何事にござるかな?」
設定上の主住居たる隠れ家へ戻ってきたイオタ。戻るなり状況を聞く。
『サスケから連絡が入りました。身分の高そうなサムライが2人。ミナモト家のニンジャの先導でイズの森に立ち入りました』
「それで?」
イオタは先を促した。
『上から下まで白装束。髷は白と黒の水引で。刀の類いは身につけず』
「なんと?」
『ミナモトのニンジャが、サスケ達ハコネの衆に接触しようとしているそうです』
「某らと繋ぎを欲するか?」
『おそらく。ミナモトの者は、ハコネ衆とわたし達が繋がっている事を察知してますね』
「恐ろしいほどの情報収集能力にござるな。サスケ達は、踏み込んだ調査なんてしておらぬというのに」
『ああ、そうそう! 悪いことに行商人のサブロウまで捕まってます。現在、白装束と行動を共にしております、というか、させられております』
「いや、もう、これはバレバレじゃん!」
『わたし達と会えたら満足するでしょう。さっさと追い返しましょう』
「であるな。エドの例もあるし。適当に追い払おう。ただし、美少年をあてがわれたら斬る!」
『どこで会いましょう?』
「サブロウがしょっ引かれておるのだ。あそこしかあるまい?」
2匹のネコはミナモトの者に会うことにした。
イズ山中。イオタが毎度釣りを楽しんでいる淵。
そこに、白装束のサムライと、サブロウが向かっていた。
「この大岩を曲がった所にある淵です」
サブロウが額の汗を拭きながら、岩角を曲がった。
静かなものだ。誰もいない。白滝の落ちる水の音だけが、森に吸い込まれていく。
「おられぬではないか!」
若い侍がサブロウを怒鳴りつける。歳は10代前半。血気盛んな小僧だ。
「いつもいつも、ここに居られるはずあるまい! それくらい考えよ!」
白装束の先頭を歩いていたサムライが叱責した。歳は30前後だろうか? 不貞不貞しくも凛々しい顔つきをしている。
「とっておきの場所を知られてしもうたか。残念にござる」
声は後ろから聞こえてきた。
白装束とサブロウが、瞬時に振り返る。
先ほど曲がった大岩の上に、腕を組んで立つイオタがいた。サブロウ達を見下ろしている。
「イ、イオタのヌシ様ぁー!」
サブロウが泣きべそを掻きながら平伏した。
白装束のサムライ2人も、サブロウに倣って平伏する。
「で、サブロウ? 今日は何用でござるかな? 例年に比べ、ちと早いようだが?」
とぼけてみる。
「お恐れながら!」
年長の白装束が訴え出る。
「畏くも、イオタのヌシ様におかれましてはご機嫌麗しゅう、恐悦至極にございます」
イオタが口の端を上方向へ歪めた。イオタさん、ちょっとだけ殿様気分を味わえてご満悦のご様子。
「だれが発言を許すと言ったでござるかな?」
こう言えとミウラに言われた。
「申し訳ございませぬ!」
額を地面に擦りつけるサムライ2人。サブロウまで擦りつけている。
「まあ、よい。サブロウ、お前は関係無さそうにござるな。いいぞ、行け!」
「はっ! ははっ!」
器用に土下座したまま後ろへ平行移動。サッと立ち上がってパッと走って消えた。生き馬の目を抜く商売の世界で生きてきた凄腕の行商人はこうでなくては。
「おまえ、運がよいでござるな。ミウラのヌシが、会ってくれるそうだ」
「有り難き幸せッ!」
逃げていくサブロウに「あっ! コラ!」と言いかけていた若い方のサムライも、額を地面に擦りつけた。
ヌビョウ――、とサムライの後ろから風が吹き付ける。
その威圧感に、何事かと振り返る2人のサムライ。
音もなくたたずむ巨大な影。木漏れ日の中、泰然とたたずむ巨獣。
『わたしがミウラだ』
サムライは2人とも挨拶も忘れ、身動きもとれず、目を剥いたまま固まっていた。
サムライのキモを抜く演出は成功した。イオタが横を向いて笑っている。
ようやく年かさのサムライが我に返った。
「申し遅れました事を詫びいたします。拙者の名はミナモトのイエヤス」
家康キター!




