演芸会
江戸城城主エド・タロウジロウはいささか後悔していた。いや、後悔というより、甘く見ていた。
何を? ヌシを。
隠れ里の者を脅しすかし、どうにかこうにか協力は取り付けられた。
そし、ていつミウラがやってくるのかと村長に問いつめたところ「ヌシの風が吹くから分かる。虹の輪を潜って顕現される」としか言わない。何度か問いつめたが、これで分かるだろうの一点張り。
言葉を多く知らぬので、表現方法に難有りか? と飲み込むことにした。時間もないし。
そして、村長の言っていた言葉の意味が解った。
風だと言っていたが、アレは圧だ。風が吹かない風だ。
髭や髪の毛、全身に生えた毛が、全部後ろへ持って行かれる感覚。戦場にて、不意を突かれ大軍の突撃を左手から受けた、あの圧迫してくる力。殺気と言い換えてもよい。尊きお力と呼んでもよい。
まだ姿も見えないのに、心と体が負けを認める圧倒的力の差。
そして虹が架かる。祭壇上に輪と成りし七色の虹。
その輪を潜ってミウラのヌシ様とイオタのヌシ様がお姿をお見せになった。ミウラと呼び捨てにしていた自分を裁きたくなる魂の後悔。自動で自然とヌシに様を付け、頭の中で考える言葉すら丁寧語になってしまうる有様。
顕現なされたイオタのヌシ様は、すぐに圧を殺し、突撃直前の猛将並に落としていただいた。
ミウラのヌシ様も、ションベンちびる圧から、土下座すれば何とか許してくれそう並に落としていただいた。
後で教えていただけたが、ヌシ様の圧を落とす術に優れているのはイオタのヌシ様で、苦手と称されるのがミウラのヌシ様であらせられる。……サムライとしてはイオタのヌシ様の方が恐ろしい。
ここまで圧を落とされた上、あの体格。屋敷に忍び込まれ、隣の部屋にたたずまれていても気がつかない。それ、すなわち死!
だがしかし! 甘く見過ぎていたとはいえ、ここまで来てしまった。幕は切って落とされた。前に進むしかない!
さあ、オクニよ踊れ! 美女よ、ミウラの主の前に集え! 美少年よ、イオタのヌシの脇に侍れ!
して――、イオタとミウラはというと……
仲良く並んでオクニの舞台を観劇している。
オクニは自称イズモの出。この世界、当時、イズモと言えば芸能と神秘の国。イズモのヌシを祭る社の巫女であると本人が言ってるらしい。
言うだけあって、おそらくカントウで一番の美女であろう。姿態も関東一、なまめかしい。
舞台のヒロイン役、サンジュウロウ少年は掛け値無しの美少年であった。さすがに醤油顔だが、化粧も相まって、かなりの見栄えだ。
踊りのレベルは、この時代である。推して知るべし。物はさっ引いて考えなければ!
そんな状況下。ではまず、まずミウラから。
腹を地に付けたお座り状態のミウラである。前脚や顔の周辺に絶世の美女が寄り添っている。しなだれている。
艶やかな黒髪。卵形のフェイスライン。肉食系女子による攻めた衣装と着こなし。
ミウラの感覚で言いなおせば、生卵の白身ですか? 髪の毛に艶と纏まりを与えているのは? 臭いんですけど。臭さを上塗りするための香が、これまた厳しい。風呂入れ、風呂!
卵形の顔形。広い方を下に、狭い方を上にの正卵形。よく表現される逆卵形の逆。そして八割れの髪型。最新流行である。
これに似たのを見たことがある――お多福のお面だ。
そして、今舞台で踊っているオクニさん。流行の最先端を突っ走っているのである。推して(以下略
して――
イオタさん。
お多福が受肉した現人神オクニの踊りを死んだ目で見つめるイオタ。
そいうやー、前世イセカイの女性って、ほとんどが美人だったよなー……今更だけど、あのころは恵まれていたのでござるなー……無くしてから気づく大事な物。
まぁ……もう少し時代が下がって、江戸時代まで来れば、美的概念の摺り合わせができるのだろうけど。
してして――、
両脇と背後、そして気を抜けば膝に座りに来る美少年を侍らせている。この時代でも美少年は美少年。イオタ感覚でもギリ美少年。
しかし!
痩せても枯れてもイオタはTS転生体。男の感情と情熱を持つ熱血ネコミミ美少女、本性はスケベ。性の相手は美少女に限る。ただし美魔女も含むマン!
何が悲しゅうて男の娘を侍らさにゃならんの? なんで男のウナジだとか平たい胸を見せつけてくるの?
月代剃って前髪お団子の髪型。ああ、某の美的感覚は前々世に捨ててきたのでござる。現在のイオタさんからすれば、ただのカッパにござる。ご丁寧につきあわせがキュウリの漬け物にござる。
某、前世で何か悪い事した? 人殺しでもした?(した)
「ささ、どうぞ一献」
ナンバーワンの美少年ホストが、中身男子に酒を勧める。ドブ酒にござる。生きて帰れたらハコネ衆に布で漉す酒の作り方を教えようと心に誓った。
「ミ、ミウラ……」
イオタがイセカイ語で話しかけた。
『なんです、旦那? いま喋らせないで、吐くから』
「撤収にござる。某の心がヤバイ!」
『賛同いたします。では!』
グイとミウラが立ち上がった。なんかすごく体力を消費したような?
『先を急ぐ。なかなかに面白き試みであった。だが、今後は無用に願う』
「うっぷ!」
イオタさんも立ち上がった。ちょっとふらついたようだ。
「拙者、いや、ヌシは飲み食い致さぬ。拙者らは趣味で食べ物を口にするだけにござる。酒肴は村人に与えよ」
では!
と、イオタとミウラが立ち去ろうとした。
中座しての立ち去りである。エド・タロウジロウが慌てた。接待の不首尾を自覚したのだ。……なんとなく最初からシクったなー、とは思っていたが、何が悪かったのか、原因は解ってない。
「お! お待ちくだされ! 是非ともお話を! 願いの儀が!」
もうなりふり構っていられない。ミナモトの件を話すには今しかない! ヌシの返事を待たず、口を開く。
「ミナモトが、既にこちらへ手を伸ばしてきております! 我らエド家は戦を望みませぬ! 我が家は――」
「サムライの世界は与り知らぬ!」
イオタが途中で遮った。
『エド組であろうとミナモト組であろうと、我が地を汚すなら滅ぼすのみ』
ミウラがイカ耳を伴った鋭い目で睨みつける。エドもミナモトもヤクザ扱いである。
「エド・ジロウサブロウよ」
「エド・タロウジロウにございまする」
「タロウジロウよ。某、女に見えるが女にあらず。そもそも、ヌシに性別はござらぬ。故に美少年の趣味はござらぬ。食べたり呑んだりはできる。だが、『できる』だけで『必須』ではござらぬ」
「え? は?」
エド・タロウジロウと家老の2人が目を白黒させた。
『阿國!』
「はい!」
『足運びの基本がなってない。踊りの主導権を握れ。精進しろ』
ミウラにとって、ダンスは山風のリーダーのテクが基本となっている。要求される水準が高すぎる。
「はっ!?」
驚いた顔をするオクニを尻目に、イオタとミウラは虹の輪を潜って跳躍した。
ヌシが立ち去った後の祭り。サムライ達はいたたまれない空気に包まれている。
隠れ里の者達が哀れの光を宿して目でサムライ達を見つめていた。
「ぬおーっ!」
『ああ、イオタさんが狂った!』
刀を振り回し、部屋に入ってきたアブを追いかけるイオタさん。
「くっそ! 速すぎて斬れんわ! はぁはぁはぁ!」
『小さすぎるし、速いし』
「思い出すなり胸くそ悪いッ! 酷い目に会っウポッ!」
『イオタさんが吐いたー!』
イオタさんはBLが苦手なのである。
『わたしより余程ましでしょうに!』
ミウラはBLが大好物である。
「あいつら風呂に入っとらん! イカ臭いのが鼻について、ヴェックショィ!」
イオタさんは酷いくしゃみをした。
『鼻や目が良いのも考え物ですなー。しかし、あのエド家とやら、頭悪いんじゃないの?』
「まだ、見込みがある方にござるよ。話を付ける方法に刀以外を選んでござる」
冷たい山水を口に含み、うがいをして口を清めておく。
「エドのタロウだかジロウだかが申しておったが、ミナモトの手が伸びておるとな?」
『先に西だと思ってたんですがねぇ……。広大なカントウ平野に目を付けたか? 濃尾平野もそこそこデカイでしょうに。行動原理が解らないなー』
「ハコネの者を呼ぶでござるか?」
『うーん、まだ命令して何日も経ってませんしねぇ』
「某だけでハコネへ行こう。中間報告だけでも拾ってこよう」
『うーん……そうしていただけますか?』
とか何とか言い合いながら方針を決めるネコ2匹。
「今日は、なんか、疲れた。もう寝る」
『無限力のヌシを疲れさせるとは、恐るべしBL力。では、お供え物回りの続きは明日一日だけですから、わたし1人で回りましょう。では寝ますか、健全な意味で』
「うむ、健全な意味で寝る」
こうして2人は健全な意味で寝た。健全な意味で寝た。いいか? 健全な意味でだぞ!
そして翌朝。
緊急の用件を持ったサスケが館を訪れた。




