健全で前向きな打ち合わせ
「よ、よくぞご無事でぇー! 心配しておりましたぁー!」
サブロウがへなへなと腰から崩れ落ちた。
言いつけ通り、下の村で待っていたのだ。
「うむ、ご苦労! 問題は片付いた。皆の者も安心せよ!」
ミウラの露払い的な位置を歩いていたイオタ。サブロウと村人の歓迎に表情も綻ぶ。
「そ、それで! ミウラのヌシ様とイオタのヌシ様が無事帰ってこられたと言うことは、オワリのヌシを撃破されたので?」
オワリのヌシ撃破。この言葉に村人達もざわついた。
ミウラに何かあったら、イズやサガミは悪名高いオワリの物となる。生死に関わる。山に住む者達は気が気でないのだ。
「いいや。オワリのヌシ殿は話の分かるお方でな。少しばかり話し込んだら、笑顔で帰って行きおった。もうこちらに来ることはないであろう」
「さすがミウラのヌシ様とイオタのヌシ様! オワリのヌシと引き分け、つまり撃退なされましたか! おめでとうございまする!」
「「「おめでとうございまする!」」」
サブロウが音頭を取り、村人が唱和する。
「うーん、どうしてくれようか?」
『面倒くさいからもうこのままで済ませましょう』
人間達は、オラがヌシ様という感じで大変盛り上がっている。大きな意味で間違ってはいないから、このままにしておくことにした。
騒ぎが一旦落ち着いてからサブロウを近くに呼んだ。
「して、サブロウよ、情報を聞きたい」
「ははっ! なんなりと! 何から申し上げましょうや?」
褒美に金をもらったものだから、サブロウのテンションが高い。ミウラ達が喜ぶ=褒美が出る。と学習してしまったようだ。
「結局のところ、オワリのヌシ殿は何所まで手中に収めておるのでござるかな?」
ここからの質問はミラと事前に打ち合わせ済みのものである。
「はい! オワリのヌシは東から順に、スルガ、トオトウミ、ミカワ、オワリ、ミノウ、それとイセの大ヌシ様とシマの一部にございます」
「7カ国か。なかなかやるな。だが果たして、かように広大な土地を維持できるのでござろうか?」
「それにつきましては、スルガとトウトウミとイセ、シマに関して、オワリのヌシに恭順を示すヌシが残されておりまして、オワリのヌシは各地のヌシ達に目を光らせるだけにございます」
「目を光らせるか? 何故ゆえ、かように広大な土地が必要なのでござろうな?」
「さぁ、それまでは。ヌシ様のお考えになる事は、人のみである手前共が推し量れることではございませんでして。申し訳ありません」
『イオタのヌシよ、それはわたしが後で説明してやろう』
「ほう、ミイラのヌシはご存じか?」
『まあな。大したことじゃないが、人には理解できまいて』
いやまったく解らないけど、ここはこう言っておかないと、人間に対して潰しが利かない。
「さ、さすがミウラのヌシ様にございます! それはいったい?」
『人に話すことではないのでな、控えるがよい』
知らないからね。
「出過ぎた真似を! 平にお許しください!」
サブロウ氏、怒られたと思ったらしい。
『許すゆえ、そう怖がるな。ひと暴れして少々疲れた。イオタのヌシよ、帰ろうか』
「でござるな。相手が相手でござったからな。某も少々腕に痺れが残っておる」
サブロウを含め、村人達は震え上がった。
話し合いで済んだなどとヌシ達は言っていたが、どうしてどうして。チャンバラやったんじゃん!
あの魔神オワリのヌシ相手に。7カ国のヌシ(うち1カ国は大ヌシだった)を打ち倒した大ヌシであるオワリのヌシと戦い、引き下がらせたヌシ! しかも無傷の帰還。
噂によると、エチゴのヌシとウエノで戦ってこれを下がらせたって話だ。
……ミウラのヌシ様とイオタのヌシ様って、とんでもないヌシ様でないですか?
サブロウと村人達の脇が汗でぐっしょり濡れている。
「ではサブロウよ、また楽しい話を聞かせてくれ。さらばじゃ!」
サブロウと村人達が恐れおののき土下座している間にネコ2匹は虹の輪をくぐり抜け、姿を消した。
彼らは、2匹の姿が見えなくなり、虫も声が聞こえてくる夜更けまで土下座しっぱなしであったという。
秘密基地にて。
真っ暗になったので油皿に火を灯した。ヌシに明かりは必要ないが、雰囲気と習慣だ。
『ちょっと聞いていたよりオワリさんの領土、広くないですか?』
「うむ、サスケ達に裏を取らせよう」
虎サイズに縮まったミウラのお腹に、もたれてくつろぐイオタさん。浅黄色の着流しに着替えている。
『この調子だと、エチゴのヌシの領土も広がってますよ』
「我らは我らでシモフサ、カミフサ、アワを取ろうと画策しておるが、一向に進まぬ」
イオタ的に、将来開闢されるであろう(希望)、徳川幕府(希望)のため、カントウ平野を安定化させておきたいのだ。徳川家への忠誠は、30俵2人持の侍DNAだね。(*現金換算で年収160万円:諸説有り)
『他ヌシへの攻撃はオワリのヌシに封じられたようなものですしね』
引き下がってもらうため、カントウは平和だといってある。実際、カントウのヌシは(イオタとミウラに比べ)温和しい小物ばかり。サガミのヌシを下すミウラの戦闘力と比べるまでもない。
だが、ここぞと言うところで後方攪乱なんぞをやらかされるのも困る。
「うーん!」
『うーん!』
腕を組んで黙り込むネコ2匹。
先に口を開いたのはイオタだ。
「サルとハゲ、信用の度合いはいかほどと見たでござるか?」
『サルは駄目。狂信者。ハゲは中身によって信用に値するかと』
また考え込む。
『サスケ達に接触させましょうか?』
「相談でござるな。あやつらハコネの衆も地震と噴火でてんてこ舞いのはず」
『ですねぇー。今後の農作物被害も考えないと』
イズ、ミウラ、サガミの地から献上される作物をサスケ達に回して糊口を凌がせるという手もあるが、献上する側も飢饉で大変だろう。この手はダメだ。
「いいところ、農作物、米でござるな。米の生産性を上げる農業指導をするとか?」
『おや、イオタの旦那、米作りに詳しいので? さすが江戸のお人!』
「いやいやいや、全くでござる。某、田んぼを見たことはござるが、入ったことも作ったこともない。ミウラの方こそ如何にござるか?」
『うーん、わたしの知識は麦や産業に特化してましたから、米は聞きかじりですよ。逆行転生は信じないタイプでしたから。確か種籾を塩水に浸けて沈んでるのだけ植えるとか、田植えの際、苗と苗の間を空ける方が病気にならず、米の実りも良いとか? しらんけど』
「それいこう!」
『駄目ですって! 塩分濃度が解りません。濃すぎると全部浮くし、薄すぎると全部沈みます。苗の間隔だっていかほどか? 空けすぎたら収穫量が少ないですし、詰めすぎたら元も子もないし。組み合わせが何種類もあります。何年も試行錯誤を繰り返さねばならないし。そこまで余裕はないでしょう?』
「即効性無しでござるか。ままにならぬのう」
イオタさんは、ソファ代わりにしているミウラの柔らかいところを撫で撫でする。
「被害の大きいところから手を付けるか? 崖崩れがあれば土砂をどけるとか、川を浚渫するとか。ヌシならではのヌシにしかできない仕事もあろう?」
『それで行きましょう。サスケ達はオワリとエチゴの領土の確認だけに絞って調査させましょう』
「それが良いでござる」
イオタの左手がモゾモゾと動いている。
『あと、良い機会ですからシモフサ、カミフサ、アワの三国を視察に出かけましょう。なに、小物のヌシばかりですから、心配には及びません。旅行気分で出かけましょう』
「で、ござるな。早速行動に移ろう。明日から」
イオタがフッと息を吹きかけ灯りを消した。当たりは真の闇に包まれた。
『はい、明日から』
イオタの顔のすぐ側からミウラの声が聞こえた。
何かを敷く音と、モゾモゾ動く気配と、衣擦れの音しか聞こえない。
健全な健全な健全な暗闇健全ツイスターゲームが、健全専門家による指導の元、始まりました。




