ヌシ
相変わらず……
全裸のイオタさんと全裸のミウラが向かい合っていた。
『結婚してくださいイオタさん!』
「はぁ?」
『駄目ですか?』
「いや、いやいやいや、某もミウラのことを想っておった。お主が死んでやっと気づいた次第。もちろん喜んで!」
『やったー! イオタさんがわたしの妻に!』
小躍りするミウラ。
そんなミウラに、パタパタと掌を上下させるイオタさん。
「はっはっはっ、それは違うぞ、ミウラ。某が夫でミウラが妻な。あたりまえであろうが」
『何言ってんですか! イオタさん、あなた女性でしょうが! わたし、ほら! わたし、オスでしょう!』
前世と前世の前世でいろいろあって……イオタは男からのTS転生でネコミミ美少女へ、からのネコミミ美少女へ。ミウラはアラサー女子からのTS転生でオスネコへ、からのオス猫ヌシ転生へ。
「魂は男でござるし」
『二回も転じたら魂なんかリセットされますよ! 無効無効!』
「むっ! ならば結婚せぬぞ!」
『はい、わたしがヨメでイオタさんが旦那さんで結構です。――今は』
「よーしよし、素直な子は大好きでござる」
ミウラの巨大な顎下を撫でるイオタ。体格差はできてしまったが、撫でかたに年期が入っている。伊達に30年も40年も一緒に過ごしてはいない。
「落ち着いたら固めの杯でも交わそう。……ここ、酒とか杯とかあるのかな? ざっと見渡したところ、自然がいささか豊か過ぎる土地にござるが?」
人、住んでるの? って話。
『人間が持ってます。知り合いに言って用意させましょう』
「それは心強い。む? ああっ! 某の刀が!」
話に邪魔なので横の地面へ刺しておいた日本刀が湯気を発し、消えていった。
まるで、先ほどのヌシやナリソコナイの死と同じ消え方だった。
『あれ? するってぇと、イオタの旦那もヌシって事になりますねぇ』
「某がヌシとな? ヌシって何だ?」
『自然豊富な土地神様みたいな超生命体と思ってください。ドラゴンみたいな存在です』
「ドラゴン……竜でござるな。デ……デノ、親しくしていた竜が居たはずだが、いまいち思い出せぬ」
記憶に混乱が見られる様だ。
『ナリソコナイの詳細についてもおいおい説明します。時間が惜しいので、話し戻しますが、共通するヌシのパワー……神通力の一つに、「変幻自在」ってのがありまして。ヌシによって個性があるのですが、ある程度の外観を変化させる「変身」だったり、体の大きさを幾ばくか変化させる「巨大化」なんかがありまして、イオタの旦那の場合、ものを作ったりする「創造」ですね』
「ほほうー、……あ、なんかできそう。あ、できた!」
イオタの手に、日本刀が現れた。左手には刀にふさわしい鞘が握られている。
『大自然を背景に、素っ裸のネコミミ美少女が抜き身の日本刀を手にしてる図ってなんか耽美的でチュキ!』
何度もいうが、ネコミミ尻尾付き美少女のイオタと巨大ネコのミウラは、一糸まとわぬ素っ裸である。
「むーん、すると、こんな事もできたり……できた!」
『なんて事するんですかぁーっ!』
「何てことするんですかって、当たり前のことであろう?」
イオタが「創造」の能力で作り上げたのは、着物、である。
以前と等しく、細袖の着物に紺の袴姿。いわゆる女子大生卒業式の着物の振り袖無しバージョンである。
『あーっ! もう! 空気読めないネコなんだから!』
ミウラはクリームパンがごとき(巨大であるが)前脚をバンバンさせている。
「何言ってるか理解できんな」
イオタは帯に刀を差して、腰をパンパンしていた。
『番であるわたしが全裸なんだから、イオタさんも一生全裸で押し通すべきです!』
「おお!」
イオタが目を見張った。
『解っていただけましたか?』
「今、おパンツと、おブラを装備いたした!」
『あーっ! もうー! ……それはヨシ!』
話は付いたようだ。
「ちなみに、ミウラは雷を操るところは見ておったが、お主のヌシとしての共通神通力はなんでござるかな?」
『えーっと、まあ、えー、いわゆる「変幻自在」? 的な?』
「それでは解らん」
『ちっ、君のように勘の良い子供は嫌いだよ。えーっと、大きさを変えられますね、ある程度の』
「今よりもっと大きくなれるのかな?」
ミウラの大きさは、香箱座りをした状態で4トントラック8倍よりは小さいかな? ほどである。
『無理すれば、でございますが、動きが鈍くなるのと雷の出力が下がるだけですので、威圧以外に使い道はありません。このくらいで丁度良い戦闘力を発揮できるのです』
「意味がござらんな」
『人間相手にビビらせることができます。茂みなんかに隠れて、ブワっと大きくなってびっくりさせたところで小さくなってコッソリ姿をくらませる。これが人を怯えさせるコツです』
「ほほう、すると、小さくもなれるのかな?」
『うーん、小さいといっても虎くらいですかね?』
「充分驚異でござるな」
『室内戦闘用途に使えます。後、逃げるときにワンチャン』
うーむとしばし腕を組んで思案に耽っていたイオタであったが、急に動き出した。
背伸びをするようにピョンと跳んだり、屈伸して背筋を伸ばしたり、片手をグーにして突き上げたりと、都度ポーズを変えている。
『……可愛い動きで眼福ですが、ひょっとして巨大化しようとしてません?』
「よく解ったな」
『たぶん無理です。大変レアな……珍しいケース……珍しい事例ですが、イオタの旦那は巨大化できません。代わりに「創造」のスキル……神通力を得ているわけで』
「え、ええー!」
イオタは口をへの字にして残念さを表現した。
『わたし自体、大きさという点で小さい方なんですよ。さっきのイズと体格を比べたら、子供と大人の違いはありますね。ちなみにイズさんはヌシの標準サイズです』
そうすると、ミウラはずいぶん小さい方だ。攻撃力だって、絶対見地から見ると低い方だった。
前世に比べるとずいぶん能力が落ちる。加えて、体の小ささを生かしての攻撃。例えるなら、女子の足下で甘えるフリをして、女子のふくらはぎのプニプニした感触を楽しみながらスカートの中をのぞき見上げるという大技が封じられている。
『よくこれまで生きて来られたと思います。2人とも戦力的にはアレですが、これからは二面作戦が取れますので、まあなんとか凌げるのでは思いますが』
「協力し合えば何とか生きていけるのであるな? ならば上々の出来でござる」
イオタは常にポジティブ思考だった。
『そういやそうですね。大丈夫です。落ち着きました。落ち着いたら、あらあらあら!』
「どうした、ミウラ? ポンポン痛いか?」
ミウラがふらりと後ろ足で立ち上がった。足下がふらつき、まるで酔っているかのよう。
「むっ! これは!?」
イオタも不可思議な感覚に陥った。まさに酔ったような開放感と無敵感。ぐっと視野が広まった感覚と、不思議な安心感。
『だいじょうぶだいじょうぶ、良いことの方です。イズを倒したので、イズの治めていた土地がわたしの所属になったのです。それの知らせです。旦那も同じ事を感じたでしょうか? 何でかな? まいっか』
「うーむ、仲間というか、夫婦になったのだから財産が共有されたのか? そんなところでござろうか? あれ? なんでかヌシの習性というか決まり事がすんなり頭に入ってくるぞ?」
『まさにイオタさんがヌシである証拠。そうですね、目の前の案件を片付けたら、ヌシの事情をよく知ってる御仁に会いに行きましょう』
「知り合いが居るのか?」
『会えば解るでしょうが変わったヌシでして……。イオタの旦那、それより優先事項が。まずは真っ先に、新しい領地のイズへ顔出しに行きたいのですが、ご同行願えますか? それともお疲れですか?』
「……疲れておらんのう? めいっぱい戦った後で、半日も山登りしたというのに? おや? 喉すら渇いておらぬし腹も減ってない。どういう事でござるかな?」
『疲労に無縁、それがヌシの特徴の一つでして。「体力無限」です。ほら、もう怪我が治った』
あれだけ血を流し毛皮が裂けていたのに、何処にも傷跡が残っていない。血の汚れも消えている。
『わたしらヌシは生物の姿をしていますが、生物でなし。神のように食べずとも飲まずとも平気で生きていける。さらにウンチオシッコの類も排出することありません』
「食べずに……ちょっと待つでござる!」
イオタは焦った。不安に尻尾がゆらゆら揺れている。
『はいはい、言いたいことは分かりますよ。わたしの通ってきた道です。食べなくても良いと言っただけで、食べられないとは言ってません。多少舌がバカになってますが、美味しくいただけますよ』
「うむ、それならよい」
食いしん坊のイオタは食べられる能力があることを喜んだ。心から喜ぶイオタが浮かべる笑みは、見る人に心地よさを与える笑みとなる。尻尾もピンと伸びた。
『では――、おっと!』
「地震でござるか?」
地面が揺れた。震度はだいたい3。すぐに収まった。
『最近多いんですよ。時代的に活動期なのかな? では、背中に乗ってください、イズ地方まで走ります』
ミウラはイオタが背に乗りやすいようにしゃがみ込んだ。
「うむ……」
イオタは、毛に手をかけてよじ登ろうとして、ふと気づいた。
これ、いけんじゃね?
イオタはぐっと膝をかがめ、溜めた力を解放した。
それこそ、階段を一つ飛び乗る程度の気安い跳躍。それだけで、一気にミウラの背に飛び乗れた。
「おおー!」
『おおー! まさにヌシの力』
足腰が強化されている。これで年を取っても寝たきりにならなくてすむ!
『では走りますよ。落とされないように、といっても、腕の力も強くなってますから大丈夫だと思いますが』
「そのような気がする。いっそ思い切り速く走れ。新しい力を試してみる」
『御意! ゴキブソ・ダーッシュ!』
言うなりミウラは0フレームで最高速を出した。西へとひた走る。
「むむむももも……」
ネコの全力疾走は背骨の伸縮をも使う。波打つような激しい前後運動が背中に起こる。それでも、イオタは何ともなかった。乗り心地悪いなー、程度の感想しか持たなかった。
ミウラは平野部を突っ走っていく。前は山々が連なる山地。左手に、時たま海が見える。懐かしい青い海が。
と、時々どこかで見たような山が目に入った。
山脈の切れ目から顔を覗かす雄大な山。
「あれは……」