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サルとハゲ

 6ヶ国を治める超大ヌシ、魔神・オワリのヌシに付き従う人、サルとハゲ。


 その1人、サルと呼ばれる人物が傅いている。斜め後ろにはハゲと呼ばれる人物が、これもまた殊勝に控えている。

 どうして自己紹介前に解ったのか?


 それは事前にサルとハゲなる人が居るとサブロウから聞いている事。目の前の人物がサルそっくりだという事。後ろの人物の頭がツルリとしている事。この3点による推理だ。なに、難しい事ではない。


「私、オワリのヌシ様の配下でサルと呼ばれておる者でございまするッ!」

 もう一度深々と頭を下げるサル。


 この男、背が高い。ひょろっとした背の高さだが、なかなかどうして。動きを見れば解る。体幹がしっかりしている。動きの切れが良い。体の動かし方が見ていて心地よい。

 おまけに手足が長い。関節がもう一つ有るんじゃないかなと思うくらい。こうして平伏しているが、タカアシガニか蜘蛛がお辞儀をしているようで何とも言えぬユーモラスさがある。


 イオタとミウラは目を見合わせた。どちらからともなく頷き合う。

 だってあの方の部下で名がサルとハゲだよ。邪険に出来ないよね。


「何用か? 発言を許す」

「ははッ! 有り難き幸せッ!」


 勢いよく言葉を放つので、いちいち唾が飛んでいる。飛ばす方向も考えられているから、これは演出だ。

 ミウラは前々世の経験で、心理的効果を知っている。イオタは長い人生経験で、勘を鍛えている。

 と言っても嫌みはない。むしろ動作が愉快。知られていることを知ってのお芝居っぽい。いわゆるマンザイやコントで使われる技術だ。


「失礼を、ほんとーに失礼を承知で申し上げます。どーしてもイオタ様に教えていただきたい、その答えを知りたいが為だけにオワリのヌシ様に使えているのでございます!」

「本当にオワリのヌシ様に失礼でござるな」

「はいっ! オワリのヌシ様もその辺はよくご存じで!」

 イオタはプスっ、と吹きかけた。なんとも厚かましいと言うか、……やっぱこいつサルだ。


「何事でござるかな? 某で答えられるかな?」

「ハハッ! では、お言葉に甘えて――」

 質問を許すと受け取ったらしい。イオタはまんまとサルの話術に捕らわれていた。


「イオタのヌシ様は、人がヌシになる方法をご存じで御座いましょうや!?」

 イオタはコトリと首を傾げた。

 ミウラはピンと来たようで、口を半開きにしている。


「さあ? 某は知らぬが? なぜそれを聞く?」

「私! オワリのヌシ様に心酔しております! 信奉しております! あのお方の役に立ちたい! ずっとずっと、長く長く! だのにこの身は人の身! あと20年生きられるかどうか。いえ! 体が動くのはせいぜい10年! くっ!」 

 すっごく悔しがる仕草をするサル。これ、本心か芝居か判らない。どっちでもとれる。


「ですんで! ヌシになれば、長きに渡りオワリのヌシ様にお仕えすることが出来る! かように考えたわけでして、ハイ」

 肩に力を込めまくった演説だったが、最後のハイでフッと力を抜き、マヌケな顔をする。計算し尽くされた愛されスピーチ。中身が中身だから怒りに触れようが、どうにも怒る気がしない。


『植木等の名演を思い出すなー』

 ミウラは遠いお空を見上げ懐かしんだ。


「残念で御座るが、某、そのような法は知らぬ。ミウラのヌシ様はご存じか?」

 サルが相手だ。イオタは言葉の端々にまで気を使っている。


『さて? わたしも聞いたことが無い。そう言えばイオタだが……」

 思わせぶりなミウラの話法にサルが食いつく。身を乗り出して続きを待つ。


『……イオタの顕現を目撃した』

「なんと!」

 身を乗り出すサル。


『あれは……わたしの目の前だったな。いきなりフワっと現れた。以上だ』

「あ、あああ……」

 サルは体を捩りながら片膝をついた。某オオサカ劇場芸人のズッコケに通じるモノが有った。

 反応によって、ミウラはサルを殺すつもりだったのだが。上手い! コミカルな動きだったので殺せなくなってしまった。

 ……この辺りの見切りの冷たさがオリジナルのミウラさんと違うところのなのだろう。


「貴重な情報、ありがとうございます! このご恩、いつかきっとお返し致します。それでは御免!」

『待て、サル!』

 立ち去ろうとするサルをミウラが止めた。


「はっ! 私のような下人の名を憶えていただきありがとうございます。して、御用の向きは?」

『その方の忠義天晴れ! 褒めてつかわす。ちなみにオワリのヌシ様に使えて何年になる?』

「はぁ、えーっと15年で御座いましょうか?」

『歳は?』

「29です」

『そうか、励め。下がって良し』

「ははっ!」

 シュバッと飛び上がって立ち上がり、ババッと着物をはためかせ回れ右。シタタタと足音をわざと立てて走り去っていく。

 あっという間に視界から消えた。


「サルという男、なかなか忠義に熱い!」

 イオタさんが感心している。


「お恐れながら……」

 もう1人の下人。ハゲ君だ。


「同じく、オワリのヌシ様の配下でハゲという者でございます」

 こっちは落ち着いた感じ。サル君より若いのに。


「拙者もイオタのヌシ様にお願いの儀有り。どうかお話だけでもお聞きいただければ幸いにございます」

 大変お行儀がよろしい。立ち振る舞い、言葉使い、端々に知性を感じる。


「さて、何用にござるかな?」

 サル君とのやりとりで機嫌が良くなったイオタさん。ウエルカム状態だ。……もっとも、ハゲ君が人当たりの良いサル君を先に譲り、イオタさんを暖めたともとれるが……。


「是非、ご教授願いたい事あり!」

「聞こう」

「拙者、オワリのヌシに使える目的は我が剣の道を究めるためにございます」

 こちらはサル君と違って自己研磨の為だ。これもイオタさんの大好物!


「ご奇特な事にござる」

「ならば! 伝説の秘剣、根子耳流奥義、覇道剣稲妻三段返しの極意を――」

「無いでござるよ! そんな剣法!」


「そこを何とか!」

「それは噂にござる。某の使う剣はヌシの力に則したもの。故に人より速く、人より強く振れるのでござる。そこ元の探求する剣の道の方がよほど立派にござるよ!」

 ミウラが顔を背け、必死に笑いを堪えている。ヌシとしての尊厳がかかっているから隙を見せない様にするのも大変だ。


「そうですか……秘密とあらば仕方ありません」

「いや、秘密でも何でもなく――ええい面倒だ! 覇道剣なんとかでないが、ヌシの使う剣筋をお見せしよう」

「はっ! 有り難き幸せ」

 面倒になったイオタさん。あらぬ噂を断ち切るため、ヌシの特技を使ったオリジナルの型を見せる事にした。

 これから見せる技は、いわゆる超能力を使う技なので、人には絶対真似できない。見れば諦めるだろう。


「1度しか抜かぬ。側によってよく見ておれ」

 そう言ってイオタさんは、近くに生えている藪に近寄った。後を追うハゲ君。とても嬉しそうだ。


「三つ数えるぞ」

 イオタは腰を据えて構える。手を刀の柄に添えるが、握ってない。


「三、二、一、はい!」

 藪に三筋の太刀筋が同時に入る。まだイオタは柄にすら手をかけていないのに。

 そして超高速抜刀。藪の中の一番太い木を叩き斬る。


「ざっと、こんな処にござるかな」

 ゆっくりと納刀しつつ背を伸ばす。


 ハゲがごくりと音を立て唾を飲み込む。そして口を開いた。

「今のが、覇道剣稲妻「違うでござるよ!」

 イオタは、先ほどよりも高速度で抜刀し、切っ先を禿の鼻ツラに押しつけた。


「基本にござる。もちろん、応用も返し技もござる」

 ハゲを黙らせてから改めて納刀した。


「如何にござるかな? 最初の三振りはヌシの気によるもの。実際刀は一回しか振っておらぬ」

「しかと、この目に焼き付けました」

 ハゲは片膝を付き、頭を垂れる。額から汗がポタリと落ちた。


『面白いだろう? イオタの剣に工夫ができたらまた来なさい。その時のハゲなら、イオタも立ち会ってくれるだろう。得物は木刀に限るがね。よし、さがって良い』

 なぜかミウラが首を突っ込んできた。


「ありがとうございます。ではこれにて、ごめん!」

 すっくと立ち上がり、くるりと背を見せ、ハゲは一度も振り返ることなく走り去った。

 

 

『イオタさん、如何ですか? あの2人』

「うむ、まずサルという男、なかなか忠義に熱い!」

 忠義に熱い。これはイオタさんのど真ん中ストライクなのである。


『そうでしょうか? 彼はヌシになる事で、わたし達やオワリみたいに権勢を振るいたいんじゃないですか? いわば超人願望、的な?』


 29歳。平均寿命40歳。『40歳と言っても戦で死ぬ人が多いですから、70歳の村長さんは何人か居ますよ』。あと10年少し。

 1.焦ったのだろう。

 2.近くで見るヌシの超神通力とパワーに恋い焦がれてしまった。

 というのがミウラの見立て。


「欲望を有能さとひょうきんで隠す、か。……さて、今後どうなる事やら何をする事やら。おかしな事だけはしてくれるな」

『欲望が渦巻いてますからね。ではハゲさんは如何見ます?』

「剣一筋の馬鹿。ただし、なにやら悩みを抱え込んでいそうな?」

『ふーん、悩みですか?』

 ミウラは小首をかしげた。


「悩んでおるのは、剣というか道に対してかな? 突き詰めて言えば、なにやら悩みに取り付かれておる。しかし答えが出せない。だから剣に打ち込むことで頭から追い出そうとしておる。みたいな?」

 イオタさん、人を見る目はある。いろんな人と出会ったからね。


『そう言えばそうですね』 

「ミウラも、ハゲだけには何ぞ思い立つことがあるので、再会の機会を残したのでござろう?」

『ええ、まあ。当たれば化ける。外れれば滅びる』


 2匹は顔を見合わせ同時に口を開いた。


「『光秀だから』」

 

 

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