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VSオワリのヌシ

 超獣神、魔神、ヌシ王、いろんな呼び方がある。どれもこれも、最高級の敬称だ。

 だから、ある程度は想像していた。オワリのヌシの戦闘力を。

 聞くと見るとは大違い、とはこの事だ。


 ミウラが子ネコの大きさだとすると、ムサシのヌシやカイのヌシの大きさは親ネコほど。エチゴのヌシは立ち上がったハスキー犬だろう。

 オワリのヌシは土佐犬? ピレネー犬? アイリッシュウルフハウンド?


 実際はさほど大きくないのかも知れない。だが、見た目はそんなだ。あの高さからブレーン=バスターを食らえば、確実に首の骨が折れる。


 ミウラは呑まれていた。

 いくら年月を経ようが、元々は平和な日本の引きこもり。生還率が低い戦場に出たことはない。戦人(いくさびと)じゃない。

 だから、しかたない。


「気をしっかり持て!」

 イオタだ。

 鉄鋼脚絆、大袖、腹には牛革の腹巻き。フルアーマー・イオタさんだ!


 イオタの激がはいる!

「オワリのヌシ! 何用でまいった!?」

 両手に抜き身の刀。オワリのヌシを見据える鋭い目。眼力勝負なら負けていない。


『何用と?』

 オワリのヌシの注意がイオタに向いた。イオタの前髪が不可視の風で乱れる。


 風に乗って生まれたナリソコナイ達がイオタに襲いかかる。

 それをいとも容易く斬って捨てた。

 イオタは太平の世とはいえ、江戸時代のお武家様。親から、戦場でも気後れせぬよう仕込まれている。そこがミウラと決定的に違うところ。


「やっとフジのお山が平らになったのでござる。乱れていた世間が元に戻ろうと皆頑張っておるというのに、戦を仕掛け、またも乱すか、と聞いておるのだ!」

 右手に持った刀の切っ先を終わるのヌシの眉間に向ける。


『カイのヌシを殺った』

「カイのヌシ様はシナノのサムライが魔剣で滅ぼした! カイのヌシ様は立派な御仁! 某らが戦う謂われはない!」


 オワリのヌシの表情が硬くなる。

 サルとハゲの体も硬直した。


『イズのヌシは? サガミのヌシはッ!』

 オワリのヌシは畳みかけてきた。


「イズのヌシ殿はサガミの国に仕掛けてきた方! 大恩あるサガミのヌシ様のため戦ったまで! サガミのヌシ殿は、撃退したミウラのヌシの強さをやっかみ、数をもって仕掛けてきた。それを返り討ちにしたまで!」


『ハコネのヌシは?』

「ハコネの里の者どもの女子供を人質に取るヌシでござる。里の男達が泣いておったわ! それが全てにござる!」

 イオタとミウラが戦ったヌシはこれだけ。ならば、話も終わりだ、さあ戦いだ、イオタは腰を落として身構えた。


『どういう事か?』

 サルとハゲは首をすくめて震えていた。


『どういう事かと聞いておるのじゃーっ! このたわけがー!』

 魂消(たまぎ)る、とはこの事だ。


 落雷がいくつもあった様な衝撃が大地と空中に走る。

 ナリソコナイが全部消滅した。

 配下のヌシ4柱は尻餅をついた。ミウラも尻餅をついた。イオタは排泄できる体だったら漏らしていた。

 当のサルとハゲは……いつも側で使えていたお陰か、土下座で対応していた。腰の一つも抜けているかもしれないが、この姿勢だとそれが判らない。


『我はッ! 乱れたヌシ共をッ! ヌシを許せぬッ!』

「あー、だったらもうその必要はござらぬよ。ヌシ達を狂わせた地の力はフジのお山の噴火で抜かれてしもうた。もはや、荒ぶるヌシも出てこぬはずにござるよ。ムサシのヌシ様も同意見にござる」

 手をパタパタと上下させるイオタ。腰を抜かしたミウラに代わって説明する。


『で、あるか』

 オワリのヌシは天を見上げ、フーッと息を吐いた。肩の力も抜け、覇気(?)も薄れた。


『だが、ここまで来たのだ。手ぶらでは帰れぬ!』

「おおぅ!」

 イオタの虚を突く気の波動。見えない衝撃波にたたらを踏む。


『立て、ミウラ!』

 ミウラが指名された。かっこつけるために戦いを挑むという。

 理不尽である。

 理不尽な立場に追いやられると、怒るか、冷めながら怒るか、二つに分かれるものだ。ミウラは冷めるタイプだった。


『えーっとですね――』

 ミウラはとっくに立ち上がっている。実のところ、ミウラはイオタ以上にへそ曲がりであった。


『オワリのヌシ様、あなたフジのお山は綺麗だと思いますか?』

『ぬ?』

 とんちんかんな問いかけにオワリのヌシはとまどった。


『もう一度お聞きします。フジのお山は綺麗だと思いますか?』

 オワリは、大きくそびえる雄大なフジの山を見上げた。山頂に白い雪がかかり、全体が青くくすんでいる。雲一つ無い青い空に映えて美しい。


『綺麗だな』

 オワリは答えた。


『でしたら、フジのお山は差し上げます。そこへアシタカの山も付けましょう。その代わり、わたしはハコネを頂きます』

 ミウラはとぼけた表情をしている。


『うむ、それなら良い。皆の者、引き上げるぞ』

 くるりと背を向け、スタスタと立ち去るオワリのヌシ。4柱のヌシ達も、慌てて後を追う。

 来るときも急だが、帰るときも急だ。


「どういう事にござるかな?」

『オワリのヌシさんに、手みやげを渡しました。手ぶらで帰れないって言ってましたから』


「……振り上げた拳を降ろさせた、のでござるかな? 戦いではなく、物で?」

『はぁ、ま、そうですね』

「元々フジの山は誰の物でもないでござるな。アシタカ山もミウラの物ではござらぬ。ハコネは元々ミウラの物。何も変わっとらぬぞ」


『いいんですよ、それで』

 ミウラは、ゆっくりと頭を左右に振った。忌々しそうに。


『オワリのヌシも、わたし達やムサシのヌシ様、それとエチゴのヌシ様と同じく、ヌシの乱れをなんとかしようとイキってたんで、乱れていたオワリ、ミノ、ミカワ、トオトウミ、スルガの6ヶ国のヌシを撃ち、平定したのでしょう。ですが、いくらオワリのヌシが超大ヌシであっても、もう支配能力の限界です。これ以上支配地域を増やしたくなかったというのが現状でしょう』


「うーむ、某らサガミとイズ持ちでござるが、ムサシの国を補助するにいっぱいいっぱいでござったからなぁ。それを6ヶ国でござるか? 優秀なヌシでござるな。某ならお断り案件にござる」

 エチゴのヌシにやられたムサシのヌシの怪我が回復するまで、ムサシの国の面倒を見ていた時期があったが、大変忙しかった。もう一国増やせと言われたら断っていただろう。


『ですが、責任感か何か知りませんが、カントウでヌシ達が争っていると聞き、平定しようと攻めてきた。ですがわたし達が上手くまとめ上げ、平穏を取り戻していた。この世界、情報の伝達速度が遅すぎるんです。相対して最新情報を手にした。ですがもう遅い。殴り合いが始まっている。無かったことにしたい。だけどプライド、自尊心だとか周囲の目がそれを許さない。勝利を求めている』


「なるほど。だから、土地を渡したか。オワリのヌシは戦ってフジとアシダカの山を得た。誰の物でも無かった土地でござるから、某らに損は無い」

『そうです。落としどころを与えただけです。それと国境線を明確にしました。ハコネのお山に沿ったラインが国境です。結果として現状の追認です。わたし達に損は無い』

 一件落着。終わってみれば、イオタがナリソコナイを何匹か斬り捨てただけ。怯えていたオワリのヌシの侵攻も無くなった。


 どうやら、大きなうねりの中で、一段落が付いたようだ。これで当面の問題は片付いた。

 一安心。


「あのー、お恐れながら、イオタのヌシ様……」

「ん?」

 オワリのヌシに付き従う人間。サルが両膝をついて、なにやらこちらを人なつっこい目で見上げていた。

 斜め後ろにハゲが、同じ格好で控えている。


 まだ安心は出来なさそうだ。

 

 

 

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