エチゴのヌシ対ミウラ(あとイオタ)
『儀、だと?』
エチゴのヌシの目が怪しく輝く。
『同じく! ミウラ。エチゴのヌシ様に恨みはございませんが、お命頂戴いたします』
ミウラがイオタの横に並ぶ。
『お命頂戴、だと?』
エチゴの口元が綻ぶ。
『儀? 助太刀? お命頂戴? フッ!』
エチゴ+下ヌシ軍団 VS イオタ+ミウラ(ムサシのヌシは戦力外)。戦いの幕は切って落とされた!
エチゴから見れば、ヌシといえど人と同寸のイオタなど虫のような存在。ピョンピョン跳び回るようだからバッタの類か。これは下ヌシとナリソコナイに押さえさせればいい。
問題はミウラのヌシだ。
イズとサガミを下し、ヌシ殺しの剣持ち共を蹴散らしたと聞く。体は小さいが、中身は大ヌシで間違いない。取り扱いを間違えると大怪我をする相手だ。
戦う相手はミウラ、一柱!
『私と戦うつもりか、ミウラのヌシよ?』
『わたしが「戦うつもり」じゃありません。「もう戦ってます」よ。イオタさんが』
あの細かいのがか?
エチゴは鼻面に皺を寄せて笑った。
皺を寄せたのが悪かった。
プシッ!
鼻の先から血が噴き出した。
『イオタさんに斬られてましたね? あの人、じゃなくてヌシは、当然の様に大ヌシを斬りますよ。お気をつけ遊ばせ! 熱雷砲!』
ミウラの鼻先で雷光が渦を巻く。一定方向のベクトルを得た超高温荷電粒子は物理法則に従い、射出された。
あのハコネのヌシを一撃で倒した鋼雷砲。その上位バージョンが熱雷砲だ!
いわゆる荷電粒子砲!
『笑止!』
エチゴのヌシは、左腕になんらかのエネルギー球を発せさせると、前に射出した。
ミウラの放ったビームと、エチゴのヌシの黄色いエネルギー球がぶつかる。
黄色い球体は、青白いビームの噴流をかき分け、いなし、拡散させ、ミウラへと迫る!
ミウラはビームの射出を停止した。
『電磁鏡盾!』
ミウラの前面に放電現象を纏った盾状の丸い何かが出現。そこに黄色い光球が直撃した。盾の面でぐるぐると黄色い光球がランダムに蠢いたかと思うと、無造作に反発した!
エチゴへと戻っていったのだ。
イオタさんの突撃に続いて、エチゴは2度、反応をしくじった。黄色い光球が、全くの無防備状態のエチゴのヌシの真横すれすれを飛んでいく。
深緑色の鱗の一部がチリチリと音を立てた。香ばしい匂いが当たりに漂う。
『ほう! 熱雷砲に電磁鏡盾か!』
エチゴのヌシは感心していた。
感心されたものの、ミウラは焦っていた。電磁鏡盾は敵の攻撃を弾き返す能力の発現であるが、狙いが付けにくいのが弱点。
熱雷砲をはじき返されたらどうしようもない。現在、アレ以上の技を開発中で、実用化にはこぎ着けていない。光雷砲というレーザー光線を持っているが、出力的にあの鱗(装甲)を貫ける気がしない。
戦うことはできるが、勝つことは難しい。いや、できない。
……ならば残された手は2つ! 2つも有るのかい!
『エチゴのヌシ殿、わたしと対峙している間に配下の方々がえらいことになってますよ』
『む?』
エチゴのヌシはミウラから目を逸らした。
『熱雷砲!』
隙をついた渾身の一撃! を、エチゴは軽く手を払って弾いた。
『あ、だめだ』
ミウラは、1つめの手を諦めた。
一方、エチゴは……、
見ると、イオタと名乗った小さなヌシがピョンピョンと、ヌシ達の間を縫って跳ねている。いつの間にか、両手に刀を握っている。
困ったことに、ヌシの間を抜けるたび、ヌシ達が転げる。ナリソコナイ共などは一撃で首を落とされている。
イオタが飛び込む。何故か刀を振るう前に相手に刀傷が入る。それもいくつも。怯んだ隙にイオタが飛び込み刀を振るう。そして大怪我を負わせる。
不思議な剣術だ。サムライでアレを使える者はいない。あの剣豪でも無理だ。
『ネコミミ流奥義、覇道剣・稲妻三段返しを3つ入れましたね。あ、今度はフェイント入りだ!』
ミウラのはったりである。
『覇道剣稲妻三段返し? 奥義?』
エチゴには、どれが奥義技なのか判断が付かなかった。そんなモノ無いからだ。
『エチゴのヌシ殿、あなたは何故ヌシを殺されるか? 何のためにムサシに攻め込まれたのか? ここ最近、ヌシの間で争い事が多発しており困っております。よもや、エチゴのヌシ様が原因を作り出しておられるのではございませんよね?!』
エチゴの眉(に相当する部分)が盛り上がり、危険な角度に変わる。ミウラを見る目の光が変わった。
『……答えよう。全ては混沌の時代への対応だ。ヌシを殺す気は無い。我が影響下へ置き、正しく導く事を目的としている。争い事の原因は私ではない』
『ならば、わたしとエチゴのヌシ殿が戦う理由はない。ムサシのヌシ様も戦う理由がない。無駄な努力をする必要はない。我ら保守派が求めるのは、争いのない平和! 自制心! これこそ話し合いで済む!』
ミウラは即答した。
『……ミウラやイオタのようなヌシであらばな。ところで――』
エチゴのヌシは世間話をするような口調でしゃべり出した。
『――イオタとか言うヌシは、いつ顕現した?』
『……昨年の秋です。「気が付き」ましたか?』
エチゴは、無言でミウラを睨み付ける。空間が歪むほどの圧。
ミウラは恐れ憚ることなく睨み返す。その姿勢、全くプレッシャーを感じていない様だ。
『理解した』
その時、また地震が起こった。今度は強い。震度4あたり。かなり長い!
エチゴは、足下の地面を見つめている。
『また地が熱を持つ……』
揺れは起こったときと同じように突然終わった。
エチゴはゆっくりと踵を返し、背中を見せた。
『者ども! 帰るぞ!』
その一言で、ヌシ達は戦闘を停止。イオタに隙を見せないように撤退していく。
統率力、超Aランク。
『儀、助太刀……』
エチゴはなにやら呟いている。
『……覇道剣・稲妻三段返し……クククッ!』
なんか嬉しそうなつぶやき声。
ミウラは、ピンと来た。もしやと。
そして、考えの正しさを試した。とある名称を声に出して読み上げただけだが。
『暗黒を封印せしめし闇の左腕』
ピクリ! エチゴの首が震えた。
手応えを感じたミウラは、次の一手を打つ!
『第3の目を解き放ってはいけない。世界が滅びてしまう』
エチゴは、普通に歩いている様だが、全神経が後ろのミウラに向けている。ありありと判る。
念のため、もう一言。
『闇よりも尚暗き闇に蠢け、漆黒の眷属よ!』
エチゴさんがチラリとだけ振り向いた。
――はい確定!――
『もう、エチゴのヌシが、ムサシとサガミに侵攻することはないでしょう』
確信したミウラは、エチゴをだまって見送った。
「ふー、危ないところだった」
刀を鞘に戻すイオタ。
『勢いとはいえ、よく死ななかったですね』
「あれで良かったのか、ミウラ?」
『ええ、上出来です。あんなのに勝てるわけがない』
戦いは負けた。だが勝負には勝った。
いつの世も、どんな時代でも次元でも、中二病患者はいるのだ……合掌。
『エチゴさんの声が、なんと! 水鳥の人の声そっくりでした』
「あっ! ムサシのヌシ殿!」
一息ついたら思いだした。ムサシのヌシ様を助けるために、駆けつけたのだった。
様子を見に来ただけだが、そこは勢いだ。
ムサシのヌシ様は大丈夫だろうか?
結果から言うとダイジョウブだった。
『うむ、おヌシらには心配かけた。グフゥッ! ど、どうやら死なずに済んだようだ。ものすごく痛いけど』
血みどろだけど、内臓ははみ出ていない。内臓さえはみ出なければだいたい助かる。
『時間が経てば回復するじゃろうて。こう見えて若い頃はヤンチャをゲフッ! ゲホッ! ゲフォッ! オエェー』
「ほら、重傷なのに無茶をするから。大丈夫でござるか?」
『それは言わない約束でしょ。あれ? まだ早い? ヌシ様、ここは人目に付きます。ムサシのヌシ様が弱っているところをサムライ共に嗅ぎつかれたりしたら、群がって殺しにかかってきます。でなくとも、喜んでここを戦場にしてしまうでしょう』
「ヌシ様が回復するまで、ムサシの国は某らが見回りましょうぞ」
『そうさせてもらおう。儂は山奥へひっこんどくよ。イオタちゃん、ミウラのヌシ、すまんな。迷惑をかける』
『それは言わない約束でしょう。ああ、ここで言えば良かったんだ!』
ムサシは跳躍のため、虹の輪を作り出した。
『ミウラのヌシよ、エチゴの主が話、怪我が回復したら話し合おう。おヌシが強くなったのは、どうやらイオタのヌシだけが原因ではないようだ。少々考えを整理したい』
『……分かりました』
こうして、ムサシは、山奥へと転移した。
「いろいろ聞きたいことがあるが、それはさておき。早速だが、ミウラよ」
イオタも気になることがあるらしい。
『何でございますか?』
イオタは一方方向を指さした。
「あそこ。早速サムライ共が、戦支度で集まっておるぞ」
『ええーっ! 面倒くさー!』
蹂躙戦が始まろうとしています。




