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ムサシのヌシの危機

「よもやよもや、ヌシのくせに湯にあたって寝込んでしまうとは! 恐るべきは天然温泉!」

 浴衣に着替え、冷たい井戸水を飲んでいるイオタさん。


『前のイセカイでの教訓が全く生かせてませんね。安定のイオタさんで安心しました』

 さすがヌシの体。湯あたりしても何ともないぜ! 体を冷やしたら回復した。


「今までより体が軽く感じるでござる!」

 ブンブン腕を振り回しながら反復横跳びをするイオタさん。残像を残すものだから、3人に分裂して見える。


『地より湧きだした熱が湯を介してイオタさんの体に注入された。温泉の効能と相まってイオタさんの眠れる力を引き出してうんぬんかんぬん!』

 それが間違ってなかったと……


「ここで一丁、ミウラが指摘した男成分の残量を試してみよう。うりゃ!」

 イオタにタックルをかけられたミウラは見事に仰向けにひっくり返ってしまった。


『試させてもらおうか、わたしの中の女成分とやらを! ふんす!』

「はっはっはっはっ!」

『うっうっうっっ!』


 イオタがうつ伏せで、ミウラが仰向け。

 イオタがやってるのは、ただの腕立て伏せ。

 ミウラがやってるのは、ただの腹筋体操。


 筋トレである。男とか女とかの成分云々は言葉のアヤである。なんら深い意味はない。だから深読みされては迷惑千万ッ!


「よぉし! もう一回戦でござる」

『え? まだ? もう一回やったじゃない!』


 今度はイオタが仰向けになって腹筋千回。ミウラは下を向いて腕立て千回。スポーツである。爽やかな汗が流れる。


「まだイケル! もう一回にござる!」

『えっ、ええー!? まだやるの? ちょといい加減に――』


 イオタは腕立て千回。ミウラは腹筋千回。健全なスポーツで流す汗は心地よい。昔の人は良いことを言っていた。健全な心は健全な肉体に宿るものだ。


「まだイケル! まだ……うっ!」

『あうっ!』

 イオタとミウラは、同時にのけぞった。


『イオタさんも感じましたか?』

「感じたでござる! 頭が一瞬真っ白になったでござる」


『それがムサシのヌシ様からの精神感応力の受信です! ムサシのヌシ様に何かあったのかも?』

 ただの謎電波で良かった。


 イオタとミウラは衝撃を言葉で受信しようと精神を集中した。

『たすけて……エチゴ……ウエノ……』 

 とぎれとぎれに言葉となる精神波をどうにか言葉に拾えた。


「何が起こっておるのでござるか?」

『ムサシのヌシ様の精神波動が乱れています。あの沈着冷静なヌシ様のが。戦っている気配がむせるほど濃い波動です。所々抜けるのは、逃げを打つ為に跳躍しているからでしょう!』

 戦況はムサシのヌシが不利。最低2回は跳躍しているのに、すぐ捕まっている模様。


「嵌められたかムサシのヌシ様!」

『こうはしておられません! イオタの旦那!』

「おう!」

 ミウラは元の巨体に戻った。イオタがその背に飛び乗る。


『一気に国境まで跳躍しますよ!』

「その後、走るのでござるな! 心得た!」

 イオタは小豆色の細袖に紺の袴姿。腰に刀と、いつものスタイルに戻った。


『いきます! 跳躍(ボソンジヤンプ)!』

 眼前に出現させた虹の輪に飛び込むミウラとイオタ。


 ジャンプ・アウトした先は見事に国境の川。

『駆けます!』

 3歩めでトップスピードに到達。速度、加速力でなかなかにミウラを抜く者はいない。


「む! 左前方に妙な気配を感じるでござる!」

 イオタが見ているのは、ずっと先の灰青色にかすんで見える山陰。


『ほとんどウエノの国じゃないですか!』

 自動車で数時間の距離だ。ムサシのヌシから届く精神感応の波動は、そこまで保たなさそうに震えている。


「物は試し。某がここで加速をかけてみる。我らは一心同体、という言葉を拡大解釈すれば、ミウラにも影響が出るはず!」

『国語ならそうでしょうけど、果たして物理の世界は何ていうかな?』

「加速!」

 ザァー……っと耳障りな音がし、ミウラが見ていた景色が線になった。足下僅かな先だけが、カタチとして視認できる。

 ミウラにもイオタの加速が効果を及ぼしたようだ。


『クソザコ物理学がぁッ!!』


 未経験のゾーン。そして、瞬時の判断。

 音速には届かないが、周囲の(やわ)い物を吹き飛ばしながら、一直線にミウラは走る。

 

 

 ムサシのヌシは、何度目かの跳躍を終えた。

『だはぁー!』

 家庭にも仕事場にも疲れ果てた中年オヤジの断末魔のような声を出して転がった。


 全身怪我だらけ。なかでも背中と右足に負った怪我は深い。あと尻尾も千切れそうだ。

 もともと、戦いに向いていない性格が売りで、知的な交渉術で戦を回避してきたムサシのヌシである。

 いきなり現れ、いきなり名乗られて、いきなり殴ってこられては、知的とか交渉術とか培ってきた尊厳とかでは盾にならなかった。


 足も向こうの方が速い。戦う牙を持ってはいるが、向こうの方の射程が長いし、威力もとんでもない。それを知っていたお陰で、今生きているのだ。少しでも戦おうなどと考えが入っていれば、既に死んでいる。

 ムサシにできることと言えば、跳躍で逃げることだけだ。


 しかし、敵さんはムサシがこう来ることを知っていて、準備を完全に整えていた。

 跳躍して逃れた先に、下ヌシが群れなして待っていた。

 袋だたきにされ、それでも何とか隙を見だしてもう一回跳躍して逃げた。……のだが、その先にも下ヌシが大勢待ちかまえていた。


 ヌシが跳躍できる先は、一度でも行った場所。ではあるが、ここだ! とあらかじめ決めておいた場所に限られる、

 どうやら「敵」はその地点を全て調べ上げ、前もってこっそり戦力を配備しておいたのだ。


『この技を人が使えば世は変わっていただろうに。エチゴのヌシめ!』

 そう、敵は「軍神・エチゴのヌシ」!


 ウエノをすっ飛ばしてムサシの国へ踏み込んできた理由なんか解らない。ムサシでも、侵攻の理由について考えが及ばないという事だ。

 ただ1つ判ることは、エチゴがムサシを本気で仕留めるつもりであること。そして、生きて逃げ延びることは不可能であること。

 なんだかんだで2つだった。


 ムサシの国内を転々と跳躍して、都度大怪我を負い精根尽き果てた。ムサシは、最後はあそこで死のうと決め、そこへ跳躍した。

 それはいつもブラブラして寝転んでいる場所。お気に入りの場所。そして、イオタやミウラと難しいけど面白い話をしていた場所。日が当たって暖かい岩場だ。

 どうせ下ヌシ達が待ちかまえているだろうと思いながら、ムサシは、つい今しがた虹の輪をくぐり抜けたのだ。


『思ったより早かったな、ムサシのヌシ殿』

 待ちかまえていたヌシは……周囲の下ヌシより明らかに大きい。大型のヌシであるムサシを見下ろす高さ。


 鰐の顔を持ち、鹿の角が生え、手は鷹のそれ、胴体は長く全身を鱗に覆われている。太い足は肉食恐竜を思わせ、長い尾は草食恐竜を彷彿とさせる。

 直立した龍。ドラゴン。エチゴのヌシだ! 脇に控えたヌシが何か抱えている。


『あ、ああ、君には早すぎたかな。エチゴのヌシよ』

 ムサシは、精一杯の虚勢を張ってやった。


 もう覚悟はできている。……痛いのは嫌だが。

 ふと気づいた。エチゴの隣で控えている下ヌシが抱きかかえているのは、見た目八本足の猪みたいな狼みたいな。


 それは――


『ウエノのヌシ!?』

 ビクンビクンと震えているからまだ生きているようだが。 


『何のつもりだ? エチゴのヌシよ!』

 ヌシの領土が欲しかったら殺すべきだ。自動的に領土となるから。それを何故殺さず生かしたままにしておくのか? そしてこの配下の多さ。


『得るのではない。支配するのだ』

 意味が分かった。

 エチゴは、金色の目を輝かせた


『さあ、ムサシのヌシも我が爪に引き裂かれよ!』

 ずいと踏み込んだエチゴ。


 ムサシは、反射的に下がろうと足を動かしたが、もつれて転んだ。もう足が動かない。

 どうやら、ここまでのようだ。


 エチゴは、腕を大きく振りかぶり……ふと顔を上げた。

 金色の目を見開いている。


 何事が起こったかと、ムサシは……どうやら自分を見ているのではないようだ。エチゴは、自分を通り越してずっと後ろの平野部を見ているらしい。

 ムサシは痛む首を回し、背後を見た。

 黄色い点がみるみる大きくなって――


鋼雷砲(バーニング・イグニッション)!』


 青白く輝く高電圧高圧縮高エネルギー、つまり雷が弾丸状になったヤツが、光の速さで飛んできた!


 着弾地点はエチゴのヌシ。エチゴは軽く首を傾けて青い弾丸をやり過ごす。光速の弾丸をかわす!?

 背後の岩山に着弾。崖崩れがおきる。


 黄色い点は、黄色と茶色の縞模様になっていた!

 ミウラが頭からエチゴに突っ込んでいく!

 腰を落とし、身構えるエチゴ。

 直前でミウラが急制動。エチゴは、対応が遅れた。背中から勢いよく飛び出す小さな点がある!


 エチゴのヌシが対処する間もなく、「それ」は彼の鼻先にぶつかった!

 鉄鋼脚絆、大袖、腹には牛革の腹巻きコルセットミウラデザイン

 フルアーマー・イオタさんだ!


 鼻面を蹴り、後方へ飛ぶ小さなイオタ。ムサシの眼前に着地し、剣を構える。

「ミウラのヌシが配下、イオタ! 義により助太刀致す!」

 

 

 

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