魔神と蛇神
ミウラとイオタが丁々発止のやりとりをしている頃。
ミウラやイズの地より遙か西の地にて。
『ガアァァーッ!』
長大な蛇だ。小さな村なら一回りできる。
フォルムはコブラ。黒光りする鱗が全身を覆う。頭に連なって背中に甲羅を持つ。甲羅には「毒」の一文字。
左右に大きく割けた口から除く牙全てから黄色い毒液が滴り落ちている。
蛇神ミノウである。
広大で豊かな土地のヌシである。当然古いヌシだ。歴史のほぼ初めから登場している。
『ヌウウゥーッ!』
もう一方は、ケンタウロス型。足が四本の胴の上に人型っぽいのが乗っている。筋肉が盛り上がった上半身。熊のような剛毛。
人に似た顔を持つ。吊り上がった目。眼球は白と黒が逆転していて大変怖い。幅は狭いが筋の通った鼻。情緒不安定そうに見える尖った顎と痩けた頬。顎髭と頬髭が長い。
魔神、オワリである。
これは比較的新しい。といってもミウラよりは遙かに古い。
オワリに挑んだヌシは全部殺されている。戦闘力は上位の上位であると思われている。だから手を出すヌシは居ない。人間などはもちろんのことだ。サムライ連中は、最も避けるべきヌシとの認識を持っている。
加護されている人間も、敬うより恐れている。何度も見境無く暴れた前歴があるからだ。
故に魔神と恐れられ、かつ尊称されている。
ミノウは口を上下180度に開く。蛇の体をたわめ、オワリに飛びついた。切っ先は水平に伸びた毒牙だ。
オワリは腕を後ろに大きく引き、拳を固く握りしめた。
ミノウが牙から毒液を吐き出す。
オワリは左手で顔面を庇い、右の拳を突き出した。
『ゲグッ!』
ミノウの下あごにオワリの指が食い込む。攻撃を読まれていたようだ。
だが、この展開はミノウの想定内。喉を捕まれたミノウは蛇の体をオワリに巻き付ける。締め上げようというのだ。
オワリは意に介さず、喉を掴む手に力を込める。締められる前に握りつぶすつもりだ。
この握力がとんでもなく強い。だがミノウに焦りはない。先ほど吐いた毒液が、オワリの左腕にかかったからだ。
オワリは左腕に力を込めた。肉の盛り上がりが毒液を弾き飛ばす。毒が無効となった。
ミノウは焦った。
ミノウの背甲から何本もの触手が飛び出してくる。奥の手だ。
ミノウの喉を掴む右手に巻き付く。力任せに引き剥がすつもりだ。
オワリの左手がニュッと突き出された。ミノウの四つある目の一つに指をかけた。
動けないミノウは、その結果予想に血の気が引いた。さらに触手とヘビの胴体に力を入れた。フルパワーだ!
オワリは笑った。触手が絡みついた右手に動きがある。
右腕の太さが倍になった。長さも倍になった。また太さが、さらに倍に膨れあがる!
ブチブチと音を立て触手が千切れる。はち切れてしまった!
『ゴボッ!』
ミノウの口から血が噴き出した。赤黒い血だった。喉を潰されたのだ。口を大きく開いたまま閉じられないでいる。
だが、締め付け攻撃はゆるまない。
『どうしてだ? 我は、おヌシに手を出していない。我からおヌシに手を出してない。むしろ、避けていた。むしろ、一目置いていた。なぜだ? この地を望むだけではあるまい?』
オワリの笑みは崩れない。口角の上により深い皺が入った。
そしてこう言った。
『俺を動かすのだよ。だからだ』
それで解るだろうと。
『だから何だ? なにがおヌシを動かすのだ?』
それだけで解るわけない。
『血潮だ。必要に迫られた。……おい?』
ミノウの体から力が抜けていく。生きてはいるが、もうこれ以上、戦えないようだ。四つある目の内、三つまでが白目を剥いていた。
『……情けだ』
オワリは手を放した。
ミノウの体が落下――
強風に吹き飛ばされた紙くずのように、ミノウの体が吹き飛んだ。吹き飛ばされた。一瞬で2キロは後ろへ飛んだ。
オワリとミノウの中間で光が発生。と同時にミノウの方へ指向性を持って光が移動。ミノウの体を大きく包んで駆け抜けていく。
どうやらこの光は熱を持っていたようだ。
ジッと音がして、ミノウの体は光の中で炭素と化し、跡形もなくボロボロに崩れて空中に拡散した。
終われば圧勝。最初からこの力を使っていれば、戦いにすらならなかったはずだ。
『居を移す』
東の方角に向いて一言。誰に言うでなく口にする。
この二体の大物ヌシの戦いを人は遠巻きで見ていた。それとは別に近くで見ている人が2人。
――近くで見ているというか、控えているというか。
顔に皺が多いが、まだ中年の男が1人。
若いのにつるっぱげの男が1人。計2人。
「「御意!」」
2人はオワリの一言だけで意を汲んだ。
「俺はツに」
「では俺はオカザキに」
2人は走ってその場を後にした。
オワリは、そんな2人に目をくれることなく、次の目的地へと向かう。
何が、オワリを次の地へと向かわせるのだろうか。