しもべたち
泣き叫んでいた村人が静かになった。耳と目をこちらに向けている。
希望の光を目に浮かべながら、絶望の準備をしながら。
『科学的な話になりますが、そもそも、これって銀じゃないんです』
ミウラの声はゴキマント少佐のままだが、口調がいつものに戻っていた。
「そう言えばそんなこと言っておったな」
『詳しい話は省きますが、これは石化の系統ではありません。もっと多次元的に複雑な作用なんですけど、解くことは簡単です。風船を破って弾けさせるみたいな? 裏技で解除可能なんです。だからできると』
サスケ達は、ポカンとして言葉を失った。
イオタも付いていけなくて黙ったままだ。
『要は結界を破れば良いんです。幸いにもわたし達と同じヌシの能力で、しかも大変薄い結界でしたから、わたしにもできるんです。ほら』
地面でパリンと硬質な物が割れる音がした。
銀色だった大木が、みるみる元の色を取り戻していった。
「ミ、ミウラのヌシ様ぁぁ」
サスケ達ハコネの隠れムラの村人が全員、跪いた。膝をすりむいて怪我をするというのに。
視線は各々ゴツゴツした岩肌を剥き出しにした地面に向けて。土下座である。
イオタとミウラは短時間のアイコンタクトを行う。狐の目をしていた。一瞬だけだが。
「お、俺の命を差し出します! だからお願いです! ハナを! みんなを元に戻してくださいィッ!」
「お願い致します!」
「お願い申し上げます!」
土下座の中の土下座。中にはサスケのように額を打ち付け、血を流している者も少なくない。
「みなもこう言っておる」
ミウラは芝居がかった口調に変えた。
『こほん! これを全部か? 面倒くさいな。そもそもわたしはイズとサガミのヌシであり、ハコネのヌシではない。だから、この地の出来事に責任を感じない』
ミウラは非協力的だった。理由は「面倒くさい」。そう、何とかなりそうな理由だ。
「何でもいたします! 必要な物が有ればお申し付けください! 全部お渡し致します!」
申し出は老人だ。
イオタが老人の前まで歩いてきた。しゃがんで目線を合わせる。
「その方は?」
「はい! ヤマシという里ムラの長をやっとるカマノスケでございます」
僅かばかりに顔を上げ、再び額を角張った砂利に打ち付ける。
「お願いでございます! 儂らの里にある物全て差し出します! 物も腕も何もかも! 毎年、大猪をお供えいたします! 金でも銀でも捧げます! この地に社を建て、ミウラのヌシ様をお祭りいたします!」
「こう、申しておるぞ、ミウラのヌシ様」
イオタは上目遣いでミウラを見た。
『チッ! 仕方ないな。どれ、戻すと言っても、体にどんな影響が残るか責任はとれぬ。生きて戻る者もいれば、障害を残す者もおるだろう。白銀化した時期によって、死体となって戻る者もいるはずだ。結果、嘆き悲しむお前らの姿が目に浮かぶ。それでも良いか?』
「お願いです……」
ふらふらと前に出てくる若い男がいた。頬に傷を持つ男、サスケだ。
「助けてください……助けてください……助けてください」
膝を突き、指を組み合わせ、祈る。原始的な、神に祈る姿は美しい。
『……お前の叫び声を聞き届けぬほどわたし達は情のないヌシではない。さあ、案内しろ』
「ありが……とう……ありがとうございます」
サスケは、足に力を込めて立ち上がり。森へとミウラ達を案内した。
イオタの前に、表面が鏡面化した彫像が立っていた。
それはあちらこちらに。苦悶の表情を浮かべる像。訳も判らぬ顔の像。諦めていない顔の像。様々だ。
「ミウラよ、本当に戻せるのか? 某が石化したときと状況が違うでござるよ」
『確かに。あれは魔法による強制でした。今回は全く別物。対象物の時間停止による固定化です。根本が……はっ! 時間停止! イケる!』
ミウラは滾った。
「ちょっと意味が分かりません」
『惜しいけど……、堅くなるから使えねぇ! よーし! 行けっ! 結界解除!』
ミウラを中心に風が吹いた。同心円状に広がった波紋は、白銀と化した人々に蠕動をあたえていく。
ガシャーン! バリーン! ガシャン!
あちらこちらから、ガラスが砕けるような派手な音が立て続けに聞こえてくる。
「ハナッ! おハナぁー!」
「あ、あれ? サスケさん。わたしはどうして……」
サスケとハナ。若い男と若い女が抱き合っている。いや、一方的に若い男が抱きついている。
「おまえ!」
「あんた!」
「どうしたゴエモン?」
「かあちゃん!」
辺り一面、感動の再会である。
結局、大きく体調を崩した者はいなかった。
大勢の村人がイオタとミウラの前でひざまづいていた。
代表して、村長のカマノスケが先頭に座る。
「このご恩、どうやってお返しすればよいのか。我らヤマシの村の者、子々孫々、末代まで滅私奉公する次第。なんなりとお申し付けください」
そして何度目かの土下座。
「ふむ」
イオタは頷き、ミウラと目を合わせる。ミウラも意味ありげな目をイオタに返した。
「村長よ。ここに来る前に我らは村を通った。そこで気づいたのだが、田畑が少ないな。どうやって生きているのだ? それと、そこなサスケ達、見事なまでに足腰が強い。何故でござるかな?」
「ははーっ!」
村長が深く頭を下げた。
「お畏れながら。我らヤマシの村の立地は、険しい山の中。加えて岩場が多い土地。故に、田畑を開くにしても限りがございます。ですので、我らは外へ出て稼ぎを得ております」
「どうやって? 隠れ村だとそなたらと同じく、人を雇う余裕はない。サムライの地であれば、里に帰してもらえまい?」
「ご推察、ごもっともにございます。我らが売るのは鉱山開発の腕にございます」
「なるほど!」
イオタは合点がいった。
『優れた技術を持った人による出稼ぎか。ならばサムライ達も用が済んだら帰してくれる。なるほど。想像の外だったな』
ミウラも感心しているのか盛んに頷いている。
「現在も、数十人といった人数が、あちらこちらの土地に散り、稼いでおります。そして、足腰の強さですが、鉱脈を当てるため、道無き道を歩み、岩山を昇りそして下り、あるいは飛び移りと動き回るが故、サスケ程度の足は最低必要でございます。なんら、褒めるところではございません」
長の言葉にサスケは不満そうに唇を尖らせた。それを見たハナは、笑いながらサスケの脇腹をつつく。
「なるほど、理解した。ならば――」
イオタはまたミウラと視線を交わす。
「――その方ら、何所まで出稼ぎに行ったことがある?」
「はい、ざっとですが、北はエチゴの山脈、ヒダの山々。遠くは西のイワミまで。それとイズにも何度か」
「イズにもか!?」
「お、畏れ多いことで! ミウラのヌシ様とイオタのヌシ様がイズを取られるずっと前のお話でございます!」
何度目かの平伏だ。
みんなの目が外れた時に、またイオタとミウラがアイコンタクトを取る。
『ほほう、ならば、カイの国山中に金山があるという話は知っているか? いや、これはヌシの間での話だから、人は知らぬか……』
現世で、甲斐の国の金鉱は有名ですしね。
「な、何でございますと!?」
『いやなに。今現在、カイの国に大したヌシは存在しない。いたとしても疎らだ。人が金山を開くのに邪魔だてする者はいない。お前達なら自分らで開くこともできよう、なんなら、サムライに儲け話を持って行っても良いのではないか? いつもの仕事をすればいつもの仕事代が入るのだろう?』
ザワザワとした声が広がる。互いが互いを見て、小声で喋っているのだ。
「静かにしろ! ヌシ様の御前であるぞ!」
カマノスケが一喝。ざわめきがぴたりと静まった。
「さて、その話は某らの与り知らぬ事。話を戻そう。その方らが某らに恩を返したいという話でござったな。ならばうってつけの話がござる」
イオタは胸を張り、なるべく尊大な態度を取るよう心がけた。
「なんでございましょう?」
村長が恐る恐ると顔を上げた。
「なに、そう怖がるな、大したことではないでござる」
にっこり笑うイオタさん。ご馳走を平らげたときに出る爽やかな笑顔だ。
「その方ら、各地を歩いておるような。ならば各地にまつわる話を聞きたい。某らはほぼ、領土から出ぬ。出れば大げんかでござるからな」
ヌシは縄張り意識が強い。許可無く他人……もとい他ヌシの領土に足を踏み入れれば、即開戦である。
「故に外を知りたい。各地の話を聞かせて欲しい。それと、こちらの希望する土地に人をやり、指定する事柄を調べてきてもらいたい。おおざっぱに言えばそのくらいだ」
きょとんとするヤマシのムラ人達。
「かような案配でいかがでござるかな。ミウラのヌシ様」
『ああ、これでいい。興味があるのは外の情報だ。ヌシや、人、サムライも含めた情報を聞きたい』
「で、ござる。できるな?」
「はっ! それは我らが最も得意とするところにございます!」
村長は満面の笑みを顔に浮かべた。得意顔ともいう。
「我らは鉱脈を探し当て、それを持ちて獣のようなサムライを懐柔し、懐に入り込み、お家の情勢を抜き出し、最も有利な条件を探し出すことを生業として参りました! 加えて岩山で鍛えた足腰。忍び入れぬ場所はございません! 安心してお任せくだされ!」
【忍者でござる。ドロンドロン】
【ニンジャだ。アイエエェ!】
イオタとミウラの間に少々認識に誤差が出たが、ハコネの者をおおむね忍びとして受け入れた。
「それは頼もしい。ならばまずはカイの国。サムライ共の趨勢を探れ! 次に、現状知りうる各地の情報をまとめ。報告せよ!」
「承知つかまつりました! 各地の情報! 猪の上納! お社の建設! 皆の者! 直ちに取りかかれ!」
「「「オウ!」」」
「お社はどうでもいいのでござるが、猪は血抜きしてくだされ」
『良い温泉があったら紹介してください』




