カイの人
イズの大乱(笑)はイオタ、ミウラペアーの勝利に終わった。
結果から言うと、死人は出なかった。
みんな受け身が非情に上手かった。
「ときどき、岩山から落っこちたりするからな」
腕に焼き付けられた雷紋を撫でるのは、頬に傷ある若者。サスケという名乗りを上げた男だ。
総勢32人だった。縛り上げるでなし、武装解除するでなし。イオタの言う魔剣、サスケの言う神剣を取り上げ、人の手では取り出せない収納箱へ収めたものだがら、温和しくするほかない。
いや、むしろ全てを諦めたような、虚無の表情を浮かべ、自ら座り込んだと言えよう。
イオタは刀を鞘に収めた。
「ぶっちゃけ、某らはその方らの命をどうこうしようとは思わぬ。カイのヌシ様、並びに我らを襲った理由を知りたい。某らは、その方らになんら迷惑をかけたつもりはないのだが、立場によって物の見方が違うであろう。その方らの存念を聞こう」
自白を誘ったが、誰も口を開こうとしない。背中を丸め、項垂れ、この世の終わりをお迎えした表情を浮かべ、ただじっと地面を見つめているだけだ。涙をこぼしている者もチラホラ見受けられる。
イオタはため息をつき、ミウラは業を煮やした。
声をゴキブリマントの赤い少佐に変えた。
『ご希望ならば、お前達を生かしたまま捨て置き、村中の人間を皆殺しにしてやっても良いのだが?』
反応はない。
『もちろん女子供までだ』
全員がピクリと反応した。ミウラを見上げる。サスケに至っては、殺意まで剥き出しにしている。
『ふむ、どうやら図星を引き当てたようだな』
「だれぞに脅されているか? 人質を取られたか?」
イオタは元江戸町同心。犯罪臭に敏感だ。
【もう少しにござる】
【もう少しですね】
念話終了。
『お前達、どこから来た? いや、喋らなくて良い。お前らの匂いをたどれば村に行き着く。そこを焼けばいいさ。まさか、お前らがここでの狼藉を返されて文句を言ったりすまいな?』
「ま、まて! 待ってくれ!」
サスケが喋った。もう殺気を放つことはない。
『返事が遅かったな。最初に答えるべきだった。残念だね』
ミウラが動き出した。
「まあ待ってやれ、ミウラのヌシ」
イオタが手を伸ばしてミウラを牽制する。
「ミウラのヌシが怒るのも理解しておるが、某は理由を知りたい。ここは某の希望を優先してくれぬか?」
『さて、そいつらが話すだろうか? 話せば聞くだけは聞いてやっても良い』
尋問の基本。鬼と仏である。
「さて、どうするサスケとやら」
「ここで話しても、何も解決しない」
【おっ! 口を開きましたね】
【もう一押しにござる】
ネコ二匹が心の中でにんまり笑った。
『解決しないなら仕方ない。どれ!』
ミウラが動きを見せた。陽動である。
「まあ待つがよい。サスケよ、解決せぬのは人の世の話でござろう? 某らヌシが加われば、解決できる策が浮かぶやもしれぬ。某らも、第2第3のサスケ達を作りとうないのだ、いちいち対応が面倒くさいからでござるが」
サスケは、戸惑い気味に口を開いた。だが、すぐ閉じられた。
意固地な目をして、プイと横を向く。
「あ、こやつ可愛くないでござる!」
『意地でも喋らぬか。面倒だな』
顔を見合わせるネコ2匹。
「どうする、ミウラ?」
『イオタさんのお手並み拝見としましょう』
ミウラは後ろへ一歩下がった。
「ならば」
イオタが一歩前に出た。
「サスケとやら、もう何も言わぬ。火事も大事にはならなんだ事だし、魔剣も回収した。お前らは無力だ。さあ、立て。立って村へ帰るが良い。ミウラのヌシも許してくれよう。寛大なお心に感謝致せ」
イオタはポンポンとサスケの肩を叩いた。眉はハの字だが、笑顔も浮かべている。
サスケはのろのろと立ち上がり――。
「だが――」
イオタの小指から握りしめた拳がサスケの腹に叩き込まれた!
「ゲッボォー!」
サスケの口から黄色いのがバチャバチャと音を立て飛び出した。
「――某の拳はゆるさんと申しておるのはこれ如何に」
しれっと吐瀉物から逃れたイオタはすました顔をしている。
『フッ! サスケ君、ヌシの拳を受けて生き延びればヒノモト初だ。自慢して良いぞ。さて帰るか、イオタのヌシ』
「うむ、釣りの最中でござったからな」
イオタを乗せたミウラは、軽々と木々を飛び越え、帰って行った。
さて、取り残されたサスケ達であるが――
「帰ろう。仕方ないさ」
サイゾウが、四つん這いに成って項垂れているサスケの肩に手を置いた。
「ヌシ2柱ってずるい」
サスケは、サイゾウの手を乱暴に振り払い、よろつきながらも自分の足で立ち上がる。
「ムリだったんだよ。最初からムリだったんだよ。ミウラのヌシの次はスルガのヌシだ。次はムサシ、シモフサ、カズサ。早かれ遅かれ、どこかで頓挫してたって。それがここだったんだ。命があっただけめっけもんさ」
「命が残ったてそんなの意味ない。俺の命はここじゃない」
「ああ、そうだな」
サスケの言い分はずいぶんだが、サイゾウは気にしてなさそうだ。
倒れていた仲間達も、サスケのセリフに頷く者ばかり。
「帰ろう。ムラへ」
「戻ってどうする?」
「戻って、みんな一緒に死のう」
「一緒か。それは贅沢だな……。死にたくない者はここで去れ。後は負わぬ。そしりもせぬ」
だれもその場を離れなかった。
「バカ共め! よし! みんなでハコネへ帰るぞ!」
足取りも重く、サスケ達は北へ帰って行った。
そして、ハコネ。
「申し訳ございません」
ハコネのヌシの息が掛かる程も眼前に、サスケ達攻略組と、残ったムラの男達全員が膝終え付き、頭を垂れていた。
『使っかえねぇ奴ら! それだけの雁首揃えて、小さいヌシ一柱に負けたのか? あっ?』
ハコネは鱗に埋められた顔面に、器用にも皺を作ってみせた。
「はい、負けました」
「ヌシ殺しの剣も奪われました」
「ご下命に沿うことかなわず、申し訳ございません」
年寄りも幼いのも、男共は開き直りともとれる態度を示した。皆の目から精気が落ちている。
『はぁ? お前ら開き直りか? 全員、銀塊に変わるかぁ?』
「はい。……我ら、もう疲れ果てました。この命、ご随意に」
いっそ殺して楽にしてくれと。
『ほぉー。ではこの者共を元に戻さなくて良いと?』
ハコネは目を細め、後ろに佇む銀塊を指した。
その銀塊は人の姿をしている。山菜採りに山へ行った者達を筆頭にムラの女達――子ども達、妹、姉、子ども、妻、母、女が全員だ。
残ったのは男だけ。女達が元に戻らないと、この村は族滅する。
ハコネが出したミウラのヌシ抹殺のミッションに失敗し、武器も奪われた。もはや打つ手無し。
ならばいっそ、愛する者と一緒に死なせてくれ。それがサスケ達村人の願い。
『いいだろう。ならば、役立たず共は殺してやる!』
どこか安堵の表情を浮かべるサスケ達。
『お前らが死んだ後で、女達を元に戻して、サムライに売り飛ばしてやろうかなー?』
「なにをッ!」
「酷い! 酷すぎる!!」
一斉に顔を上げる男達。
『イイや、もう決めたんだ。お前達が決めたんだ。ウヒヒヒ、お前達が死ぬって決めたんだろ? そうだろ?』
「お、おのれ!」
サスケは歯がみした、拳を握りしめた。コイツ、殺してやりたい! 神剣を無くしたことが今日程悔やまれたことはない!
だが! 神剣を無くしたとしても、コイツを殺す方法はある。例えば、他のヌシをぶつけるとか。命は捨てねばならないが。
だが、ハコネのヌシを殺すわけにはいかない。
女達が元に戻らない。
『おまけにお前ら、ずいぶん物騒なのを連れてきてくれたな!』
ハコネが、サスケ達の後方に据えた目を向けた。
「ほほう、裏で糸を引いているのは、ハコネのヌシ殿でござったか」
ずいと現れたのはイオタさん。
イオタの背後に虹の輪が作られた。輪の中からノッシノッシと出てきたのはミウラ。
ゴキブリマントで赤い少佐の声でこう言った。
『さあ、この始末、どう付けてくれよう』




