ハコネのヌシ
ハコネのヌシとは。何に似ているかと聞かれれば、万人が万人ともトカゲと答えるであろう。
だが、そのトカゲは体高5メートルを超える。背中からパイプ上の角が何本も飛び出している。このパイプを通して、強刺激性の粘液を飛ばすのだ。草や木は枯れ、岩ですら穴だらけになり刺激の強い匂いを出すようになる。
人であれば、目に入れば一発失明。皮膚に付けばケロイド状になりもはや治ることはない。
最近になってハコネのお山が噴煙を上げるようになり、地震も増え、池が枯れ、変なところから湯が出るようになったので、この地の村は困窮していた。
この地の隠れ村はたった一つ。山ばかりなのでサムライの領土は存在しない。村自体存在しない。
ハコネは、ある日突然、新たな能力が加わったことを知り、喜びに打ち震えた。
山が唸るようになり、地面に熱を感じていた。おかしーなー、と思っていたところに突然の能力開花である。
それは、背中のパイプから重たいガスが出るようになった。
ただのガスではなかった。
最初の犠牲者は、山の入口へ山菜を採りに行った集団だった。
「もうすぐ日が暮れるというのに、まだ帰ってこない!」
「何かあったとしか思えない。探しに行こう」
村人達は手分けして、心当たりの場所を探しに出かけた。
しばらくして、捜索隊が帰ってきた。
だが、1グループだけ、未帰還だった。
もう日が沈む。若者を中心とした第二次捜索隊は、未帰還の者達が担当する場所へと急いだ。
山に分け入る前に日が沈んだ。村人達は用意した松明に火を付けた。
「な、なんだこは!」
「おおーい! みんな早く来てくれー!」
捜索隊の先頭を走る村人が声をからして叫んでいる。
山菜採りの集団を探しに行った一団の変わり果てた姿だった。
「な、なんだこれは?」
夜捜索隊が目にしたのは。
銀になった仲間達。
驚いている者。逃げ出した者。倒れている者。苦悶の顔を浮かべている者、恐怖に怯えた表情の者。彼らはそのままの姿で銀の彫像となっていた。
「まさか! そんな!」
頬に傷のある若者が森の中へ走った。
そして見つけた。
森の中で、森の小道で、松明の明かりに浮かび上がる姿。
彼ら彼女らは生きたまま銀の像にされていた。
「どうして……こんな事に」
頬に傷の若者が、銀になった1人の頬に手を当てる。温かかった。金属の冷たさはない。人肌の暖かさだ。
「生きている! でもどうやって!」
どうやって、どうすれば元へ戻るというのだ!
「ちくしょうめ!」
「落ち着け! 落ち着くんだ。こんな事できるのはヌシ様だけだ」
若者達の中でも年かさの男が、頬に傷の男の体を揺さぶる。
ハコネのヌシにこのような能力があるとは聞いたことがない。だけど、このように人知を越えた不思議をなせるのはヌシ様だけだ。
「ヌシ様が人を銀に変えたのなら、ヌシ様が元へ戻せるはずだ!」
「うるさい! だまれ! おい、起きろ! 起きるんだ! 起きてくれよぉ……」
頬に傷の男は理性を失っている。
「俺たちが金や銀を掘ってるから、その祟りか?」
「ばか! 揺さぶるな! 倒れて壊れたらどうする!」
倒れたりしたら、腕や首があり得ない方向へ曲がる。そうなれば、例え元に戻っても……。
ばさり!
「誰だ!」
若者達は武装していた。それぞれが一瞬で得物を抜き放つ。
『ふふふ、そんなことをして良いのかな?』
声は上から降ってきた。
見上げると……燐光に光る巨大な目。ハコネのヌシだ。
若者達は、一様に跪き、ヌシに対する例を取る。
「お恐れながら、ハコネのヌシ様。これは如何なる所存でございましょう? あの者達がなにか粗相でも致しましたのでしょうか?」
若者達のリーダー格の青年が、ハコネの主の前に跪く。
『しておらぬ』
謎が深まる答えだ。選択肢が増える答えだ。
「では、この者達はいったい?」
『これは実験だ。儂が新たに手にした能力の実験だ』
「実験? 人を銀にすることが、でございますか? ならばお願いでございます。この者共に罪はございません。元に戻していただけますか? まさか、もう戻らないとか?」
『もちろん。元に戻せるさ。ただし、条件があるがね』
「条件?」
若者達は嫌な予感を共有した。
『それはね、ふふふふ……』
ハコネの目がキュッと吊り上がった。笑いの形を取ったまま、吊り上がっていく。
ハコネのとある隠れ村に、シナノのサムライがやってきました。数は3人です。
ハコネのヌシに苦しめられていた村が、高い対価を支払うことを条件に雇ったのです。村は、サムライ達を歓迎しました。飲めや歌えの大騒ぎです。
そして、翌日を待たず、3人の侍は死んでしまいました。
死因は毒でした。




