スワのヌシ
これはミウラやイオタがこの世界に転生するずっと昔のお話。
今はシナノの国と呼ばれる山国に、剣神スワと呼ばれるヌシがおりました。
スワのヌシは猪に似た頭と、狒々に似た体をもつ中ヌシでした。
彼の者は、スワの領土を特に気に入っていた。豊かな緑に覆われた山々、巌となりてそびえる岩山、綺麗な清水が流れる川。戦を好まぬ温和しい下ヌシ達。この地のサムライは、ヌシの命を狙ってくるバカ共ですが、相手になりません。
スワのヌシは、この地を愛しておりました。
穏やかな世界を満喫していました。
シナノのヌシが台頭するまでは!
突然力を付けたシナノのヌシは、火を吐き、山を焼きました。己の力を誇示するためです。
当然のこと、中ヌシであるスワのヌシは、説得を試みました。ですが、戦いとなりました。
いざ、戦いとなり、スワのヌシはたじろぎました。シナノのヌシは、スワのヌシより一回りも二回りも大きかったのです。
スワのヌシは、両手に大きな刀を出現させました。万物創世の能力です。ヌシの能力をそのまま受け継いだ刀は何でも切れます。
一方、シナノのヌシは……一言で言い表せば、堅い甲羅を持つアンモナイトです。タコとイカを足して割らなかった様な頭部。そこから無数の触手が生え、蠢いています。
スワのヌシは、ヌシの大刀で甲羅に斬りつけました。
打ち付けた手が痺れ、大刀を取りこぼします。甲羅には傷を付けるのがやっと。とてもじゃありませんが、甲羅を貫くことができません。
そこでスワのヌシは、弱点であろう柔らかい頭部に攻撃の的を絞りました。
スワのヌシは、正面に回り込みます。シナノのヌシも、自分の弱点を知っています。無数の触手を凄い速さで伸ばし、スワのヌシを絡め取ろうとします。
スワのヌシは両手に大刀を出現させ、風車のように回して触手を片っ端から切り落としていきます。徐々に柔らかい頭へと近づいていきます。
スワのヌシ有利で動いていた戦いはここまででした。
あと少しでシナノのヌシの頭が大刀の間合いに入る。触手のほとんどを切り落とされたシナノのヌシに防ぐ手はない。勝利を確信したその時でした。
シナノのヌシの、そのタコのくちばしに似た口から、紅蓮の炎が噴き出されたのです。
その炎を頭から食らったスワのヌシは、あまりのダメージに転げ回りました。
顔の半分がやけ、方目を失い、皮膚が溶け、骨が出る大怪我です。
今度はシナノのヌシが勝利を確信する番です。
スワのヌシは手にしていた大刀を放り投げて、両手を頭に当ててもだえています。
シナノのヌシは「それ」を目にしました。あんなに強力なヌシの大刀が、スワのヌシの手を離れたら、霞のように消えたのです。スワのヌシの大刀は強力ですが、手から離れるとすぐに消えてしまう弱点を持っていました。
スワのヌシが反撃に移るまで間があることを知覚し、弱点である頭部を正面に向け、紅蓮の炎を噴き出そうと息を吸い込みました。これを吐き出せば炎となってスワのヌシを燃やし、今度こそ灰にしてしまいます。
ですが、スワのヌシもただでは転びません。
片手に小振りな刀を作り出すと、それを放り投げました。
シナノのヌシは鼻で笑い、刀をかわすため後ろへ飛び下がり、と同時に炎を吐き出しました。
ところが紅蓮の炎を抜け、ヌシの刀が飛んできます。避ける暇がありません。
ですが、運はシナノの主の味方をしました。惜しいところで刀の軌道がずれ、頭の一部を斬るだけに止まりました。
鋭い痛みに耐えかね、もう一度後ろへ飛び退るシナノのヌシ。怒りにまかせ、炎を噴き出します。
ですが、スワのヌシの方が一手速かった。先ほどより大きな刀を作り出し、投擲し終わっていたのです。
シナノのヌシが大刀を目で認識したときはもう遅い。右目に突き刺さるコース。体を動かす時間がありません。炎で軌道を逸らそうとしましたが間に合いそうにありません。
条件反射で目を瞑るも、切っ先が右目を瞼ごと突き刺し、痛みが走りました。
ですが運はシナノの主の味方をしたままでした。スワの主の手を離れた大刀の寿命は時間切れ。シナノのヌシの右目を潰したところで消えてしまいました。
一方、スワのヌシも悪運が強かった。
シナノのヌシが最後に放った炎は、スワのヌシの頭部からそれ、片腹を焼いて貫いたのです。
内蔵を焼かれましたが、そこは腐ってもヌシ。すぐには死にません。
腹を焼かれた激痛に悲鳴を上げることで耐えたスワのヌシは、戦場から逃げました。
シナノのヌシも追いません。額を切り裂かれたダメージが残っています。片目を潰されたダメージも残っています。スワのヌシに与えたダメージは致命傷のもの。放っておいても勝手に死にます。下手に追いつめ、怪我をするのもやっかいとばかりに、根拠地に帰っていきました。
やるせないのがスワのヌシです。愛していた森を焼かれ、清水を汚され、仲の良いヌシ達を殺され、ついには致命傷を負わされた。もう戦って勝つ力はありません。腹に受けた傷が元で、近いうちに死ぬでしょう。
どうにも腹が立って腹が立って悔しくて悔しくて我慢なりません。
あの時投げた大刀が、もう少しだけ長く顕現できていれば、相打ちに持ち込めたでしょうに!
スワのヌシは刀を顕現しました。怨念を込めて大きな刀を作り出しました。ですが、手を放すとすぐに消えてしまいます。
消えてしまわない刀が欲しい!
スワのヌシは残りの命を刀に注ぎました。大きな刀を作るには力が足りません。小さな刀を作りました。
小さな刀に命を注ぎ込みました。スワのヌシの体はどんどん小さくなっていきます。
この地に棲む、小さな下ヌシが、スワのヌシの様子を見に集まってきました。
小さなヌシと言っても、ミウラほどの巨体持ちです。
彼らは、気が触れたように刀を作り続けるスワのヌシを見て驚きました。顔の半分は髑髏になり、穴が空いた腹から炭になった内臓がポロポロこぼれていました。
心配したヌシの一柱が声をかけました。
スワのヌシは、ニィと笑い……。
集まったたくさんのヌシ達を腹の穴に吸い込みました。ヌシ達はスワのヌシの怨念に取り込まれてしまったのです。
取り込んだ力を全て、刀に振り込みました。どんどんどんどん。
やがて、あんなに大きかったスワのヌシの体は、人の大きさにまで縮んでしまいました。
「スワのヌシよ! 覚悟!」
スワのヌシの巣に飛び込んできたのは、地元のサムライ達。果敢にもヌシに戦いを挑むサムライが5人。
『丁度良い。丁度良いところに来た。お前ら、ヌシを殺す刀は欲しくないか?』
一つだけ残った目だけを血の色に光らせ、スワのヌシがサムライ達に問いかけます。
『シナノのヌシを殺せ! この刀でシナノのヌシを殺せ! この刀ならば、堅い甲羅をも切り裂くぞ! ここに来たのは5人。刀は3本しかない。殺し合え! 生き残った3人にヌシ殺しの刀をやる! ころせ、ころしあえ。シナノのヌシをころせ……かたなをやる……』
スワのヌシの体が炭のように黒くなり、砕け、粉になった体が3本の刀に吸い込まれていきました。
5人のサムライ達は、刀を奪い合い力の限り戦いました。
生き残った3人がヌシ殺しの刀を手に入ました。
シナノのヌシが殺されたのは1年の後。
シナノの国の小さなヌシ達が皆殺しにされたのは、何十年も後でした。
こうしてシナノの国からヌシが居なくなりました。
シナノの国のサムライ達は、シナノの国をヌシから奪ったのです。
そして、他国のヌシ達を請負で殺す仕事を始めました。
それは秘密の仕事です。




