会合
イズの山奥の早朝。
白糸のような滝が作る深い淵。
青く透き通った水は、時折木漏れ日で緑に見える。
池のようになった淵にせり出した巨石。その上で釣り糸を垂れる人の姿があった。
「むぅ! 今日は全然釣れぬ!」
ネコ耳、ネコ尻尾に小豆色の細袖、濃紺の袴姿に一振りの刀を腰に差したイオタさんだ。
『イオタの旦那、緊急のお話が入りました』
巨石に立つイオタの隣に、音もなくふわりと大きな影が下りてきた。
恐竜クラスの巨体を持つ、見た目茶虎ネコのミウラだ。
「どうしたミウラ?」
『あれ? ボウズですか?』
「今日に限って食いつかぬ」
『同じ餌ばかりなので、魚がスレてしまったんじゃないですか? あるいは朝が早すぎたとか?』
「かもしれぬ。今度毛針を作ってみるか。ところで、ミウラその方、何か話があったのではないのか?」
『そうそう! 大事なお話! ムサシのヌシ様からお呼び出しが入りました』
「何でござろうな? エチゴの主がウエノに降りてきたとかだったら逃げる算段を付けねばならぬ。それで、いつ行けばいいのでござるかな?」
『今日の昼までに来いって』
「もうすぐ昼にござるよ」
ということで、イオタを背に乗せたミウラは、タマ丘陵を抜け、カントウ平野を北へとひた走っている。その速度は新幹線のぞみを軽くブッチしていた。
「せめてサガミの地だけでも跳躍するべきでは」
『跳躍したらわたし共の姿が領民に見えません。ヌシたる者、たまには姿を見せねば。お使いを兼ねての一石二鳥でございます』
「むぅ、姿を見せぬと嘗められるか?」
『いえ、すぐに死亡説が流れます』
「昨今、ヌシが死ぬ事案に良く遭遇するからのう」
『うち、2件はわたし共が犯人です』
「それはさておき!」
ネコ二匹は一路ムサシのヌシの元へ。
『おー、よー来たのー、ミウラのヌシ、イオタちゃん』
『ははっ! ムサシのヌシ様におかれましては、ご機嫌麗しゅう恐えちゅしゅぎゃごぎゃ』
「何故、某のみちゃん付けでござるか? それとミウラよ慣れぬ台詞を言うでない。ほら、舌から血が出ておる! ヌシを殺せるのはヌシだけという理を実践するでない。気をつけよ」
ムサシは、前に会った場所からかなり西側の似たような岩場でお座りしていた。日当たりの良い岩場が好きなのか? 暖かいし。
『早かったの。もう少し遅くなると思うておった』
「なんの、ムサシのヌシ様のお呼び出しとあらば、修羅場すら乗り越えて参陣致す所存!」
イオタとミウラが棲むサガミの地より2コ北に、闘神エチゴのヌシの領地がある。戦神カイのヌシの領地とも微妙に接している。両者と出会うこと即、死を意味する。
古神ムサシのヌシ様の領土が両者との緩衝地帯となっている、かつ、なんかあったら仲介役をお願いしたいとの一念でヨイショすることにしているのだ。
『えっとぉ、ムサシのヌシ様、今日はどのようなご用件で? なんぞ西に動きでもございましたか?』
揉み手をするミウラ。ネコが肉球をこすり合わせ揉み手をする可愛い絵面だ。
『ほほーっほ! ミウラのヌシとイオタちゃんに会わせたい……お! 来たようじゃ!』
ムサシが視線向ける先。誰が来たのかと、イオタとミウラも目を向ける。
大きな虹の輪が出現し、中からヌッと姿を現したのは……
一言で言えば「虎」。黄色と黒のしましま模様の。
顔に狼の要素がちょい入って、背中から2本の触手が伸びていて、その先っぽが象の鼻の先端部みたいに器用そう。ドラゴンもかくやという鋭い爪を内包した手はやはりクリームパン。
目つきが危ない。黄色い目が怖い。ヤクザっぽくて怖い。
「ミウラの父親でござるか?」
『種族が違います!』
ネコと虎。同じスケールになっても、両者から受けるプレッシャーが違う。
かたや、威嚇されても癒ししか感じないネコ。
かたや、威嚇されたら、生物以外の妖怪的な霊的なプレッシャーを感じる虎。あと、カタカナと漢字の違い。
『紹介しよう。カイのヌシ殿じゃ』
ムサシが、さらりと紹介した。
『かかかかかかカイのヌシ様!』
「かかかかかかカイの虎!」
虎を前にした2匹のネコは首筋の毛を立たせ、尻尾をパンパンに膨らませて驚いた。
会ってはいけないヌシ3トップの中でも、絶対に目を合わせてはいけないヌシがカイのヌシ。
それと目を合わせまくってしまった。
『カイのヌシ殿よ、ミウラのヌシと、イオタのヌシじゃ』
ムサシは、イオタとミウラの動揺に気づかないのか、親戚のおじさんに対するような気楽さで紹介した。
『ふむ、おヌシらが噂のミウラのヌシとイオタのヌシか?』
グポーンっと目を光らせ、ヌグォオーっと巨大な顔面をミウラの鼻先に近づける。目、おっき!
『ど、どうもー!』
「ミウラよ、もっと言いようがあろう?」
カイがグワリと口を開いた。ゾロリと並ぶ鋭い牙の列。
『噂は聞いておる。強そうだな! 儂とどちらが強いかな? 興味がある』
『カイのヌシ様です! ブッチでカイのヌシ様です! 嫌だなー、決まってるじゃないですかぁー!』
ミウラ君、汗だっらだら。
横に振ってイオタの顔に近づけ、黒革のソファーのような鼻をふんふん動かす。
「イオタにござる。よしなに」
ドビューンンと顔を引き戻すカイのヌシ。
『イオタのヌシ、たしかに変わっているな。見たことない型だが、確かにヌシだ。それと良い匂い』
「ど、どうもー!」
それ以外になんと言えばいいのか。
挨拶も済んだところで、ムサシが口を開く。
『カイのヌシ、ミウラのヌシ、イオタちゃん。皆を呼んだのは他でもない』
「某だけちゃん付けでござるか?」
『刀の噂は本当じゃったようだ』
噂とは? イオタとミウラは互いの顔を見合わせた。どちらも心当たりがないようだ。
『やはり』
カイには心当たりがあるようだ。
『やはりヌシ殺しの剣は存在したか』
『うむ、言い伝え通り3本じゃ。サムライの手に渡っておる』
『ムサシのヌシよ、それは何所から出た情報かな?』
『エチゴからの行商人共の1人じゃ。あやつとうとう、ヌシ殺しの剣の持ち主の懐へ入れたのじゃ。青い顔をしておったわ』
『そやつは?』
『砂金を渡したら走って帰った。心配せんでもええ。商人がウエノのヌシとエチゴのヌシに伝える。そう命じておいたからの』
『では、配下のヌシ達が帰ってこないのも、ヌシ殺しの剣を持ったサムライにやられたということか』
『そう言う事じゃ。やっかいじゃの』
『ニンゲン風情が! 気に入らぬ!』
ぶふーっと鼻から息を吐くカイのヌシ。背景がプレッシャーで歪んで見える。
『あ、あのー……』
ミウラは2人に恐る恐る声をかけた。
『なんじゃ? ミウラのヌシよ?』
『ヌシ殺しの剣って、シナノの魔剣のことですか?』
ムサシと、カイが目を丸くした。
『だれもシナノに言及していないというのに。……ふむ、ミウラのヌシよ。おヌシ、できるな!』
「おお、カイのヌシがミウラを認めたでござる!」
『おほおほおほ! ミウラのヌシも独自の情報網をもっておるか。そう言えばカイのヌシとミウラのヌシは似ておるのう? 洞察力も似たもの同士じゃのう!』
『いいえっ! ネコと虎の間には深い渓谷と高い山脈が横たわっております! わたしがMS05Bならならカイのヌシ様はMRX010です!』
『後で殺そうと思うておったが……ふふ、気に入ったぞミウラのヌシよ。なにやら親近感を覚える! やめじゃやめじゃ! 殺すのやめじゃ! 儂ら似たもの同士。これからもよしなにな!』
『へい! こちらこそ! トラジマのネコでよかった!』
『イオタのヌシも……可愛いな。よしなにな!』
「はい! 性的な要求以外はなんでもお申し付けくだされ!」
揉み手をするネコが2匹。
『とっ、ところで、ムサシのヌシ様!』
ミウラはムサシの目から耐えきれず顔を背け、ムサシに顔を向けなおした。
『そもそも、ヌシ殺しの剣とは、いったい何のですか? とてもじゃないですが、ちょっとやそっとの名工が作った剣でヌシの体を斬れるとは思えませんが?』
『そこまでは知らぬか? ふむ、そうれはのう、ちょいとばかり悲惨ないきさつがあってのう……』
ムサシは眠たそうな目を開けた。遠い目をして昔話を語り出した。
 




