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イオタの旦那ッ! 


「ダーッ!」

 イオタが白刃をふるうたび、ナリソコナイの首が飛ぶ。パイパイが揺れる! イオタさんは素っ裸のままだ!


『イオタさん!』

「ヘァッ!」

 ミウラの呼びかけにも応えない。何かに取り付かれたかのように一心不乱に剣を振って切りまくる。


『あのー、イオタの旦那? ウルトラマ○(ゾ)? あ、だめだこりゃ!』

 喋ってる最中、偶然イオタと目があった。

 イオタの目は血走っていた。知性がなかった。血に飢えていた。


「シュアッ!」

 瞬く間にナリソコナイ達が全滅した。


「ハァーハァーハァーはぁー……はぁー……あれ?」

 肩で息をするイオタの目に、知性の光が灯る。きょろきょろと辺りを見回している。


『気がつきましたか、イオタの旦那?』

「え? 何……うぉっ!」

 ミウラの呼びかけに気づいたイオタが振り返ると。

 そこには巨大な茶トラネコが!


「ミウラでござるか? 死んだはずでは? なんと(それがし)、背が縮んでお人形さん大に!?」

『いえ、わたしが巨大化したのです』

「うぉう! 何故故、某、素っ裸!? 裸足でござる!」

 真っ白な肌。ナニがぶるんの巻。


『その辺の話は後です! 目の前に、えーっと、魔獣です! やられているところです! 死にそうです! 助けて!』

 ミウラが前脚で指し示す方向。見るもおぞましき姿をした巨大な魔獣が! こっちに向かって突っ込んでくる。たぶん怒ってる。


『不可視の矢! 気を反らせて!』

「承知!」

 これだけで意思が疎通する二人。


 イオタは右に左にと体を振りながら、駆けだした。足下に不可視の矢が突き刺さり、石や土の破片を派手に上げる。イオタのすばしっこさに攻撃が付いて来られない。

 イズとの間合いに入る遙か前、イオタは刀を構え――姿が消えた!

『おお! 加速スキルは健在ですな!』

 ザムッ!

 小気味よい音がイズの足下から上がった。


『うわぁぁー!』

 イズが悲鳴を上げる。

 斬られた前脚を振り上げた。その為、動きが止まった。


『今だ! 鋼雷砲(バーニングイグニツシヨン)!』

 ミウラの顔面にて、弾けた雷光がキュッと固まり、前面へ飛び出した。

 狙った先はイズの頭。


 ボチュン!


 イズの頭部のあらかたが吹き飛んで、後方へ散らばっていく。

『あれ?』

 スローモーションのようにイズの体が傾き、地面に激突。手足が何度か跳ねて、動かなくなった。


「さ、さすがミウラでござる」

 この威力に、若干腰が引き気味のイオタである。

『いや、あの、こんなけ威力が高かったかな? せいぜい殴って感電させて内部火傷する程度なんだけどなー』


 イズの巨体から湯気が立ち上がる。それは体の各所から何本も。

 湯気の上がった箇所から皮膚が溶け、筋肉が現れ、腹だった場所では内蔵が露わになり、それらが全て溶けて湯気となり、空へ消えていく。

 終いには骨だけになったが、それも時間と共に崩れ、消えていく。

 後に残ったのは、争った跡だけ。


「な、なんでござるかな、これは?」

『ヌシと呼ばれる者の最後です。わたしも死んだらこうなります』

 ナリコソナイ達の死体も、いつの間にか蒸発していた。


「何にせよ、一件落着でござる。さあ、説明を致せ!」

『ああ、そうですね。ちょっと河岸を変えましょう。誰かに聞かれたらやっかいだ』

 遠巻きにおっかなびっくり人が見ている。結果を所属する組織に伝えるための決死隊だろう。


 2人は森をかき分け、山を登った。途中に出くわした小川をたどってさらに上へ。ミウラの背丈ほどの滝に出た。ごつごつした岩が転がっているが、開けた場所だ。ここまでミウラは我が家の庭のように進んできた。


『この辺で良いでしょう』

 2人は適当な場所に腰を下ろした。

 ミウラは岩が転がる水辺に腰を落とした。その巨体と分厚い毛皮で少々下が荒れていても何ともないのだ。

 イオタは適当な石に腰掛けた。まだ素っ裸なので、直接地べたに腰を下ろすのを控えたのだ。手にした抜き身の刀は話に邪魔なので、横の地面に突き刺しておいた。


『実は旦那、わたしは10年前にこの地に「ヌシ」として転生いたしました。それ以来ずっと旦那を待ち続けて……ううっ!』

 後は涙で言葉にならなかった。ボトンボトンとテニスボール大の涙が落ちてくる。

「そうか、それは長いこと待たせてしまったな。しかし、こうやって姿は違えど、巡り会えたのだ。また一緒に生きていこう」

『うううっ! 旦那!』

「むぎゅっ!」

 ミウラはイオタに抱きついた。ちなみにイオタは全裸のままである。……よく考えれば、ミウラも全裸であるからバランス取れてていいか?


 前世ではミウラは標準的な大きさのネコだったのだが今生では巨体化。今や見る影もなく……いや、見た目まんまイエネコだが。他のヌシとは一線を隔てたかわいい系デザインラインだ。そんな巨体が抱きついたものだからたまらない。


「うう、潰れる潰れる! 口からアンコ出る!」

『ああ、すみません旦那!』

 人間だったら圧死していたところ。


「よ、よい。先ほどの話の続きだ。ナリソコナイって何だ?」

『ヌシの系譜ですが、ヌシになれないバケモノです。人はヌシを殺せませんが、ナリソコナイなら努力すればヌシを殺せます。だから、兵隊に使うヌシもいるのです。ちなみに、努力すれば人でもナリソコナイを殺せます』

「おっかない世界でござるのな」

『旦那! イオタの旦那! ううっ、うえぇーん!』


 ミウラが甘えてきた。顔をイオタのパイパイに擦りつけた。そこはかとなく(よこしま)な気配を感じなくもないが、イオタは優しくミウラの額を撫でてやった。

「泣くなミウラ」

『10年をこの世界で生きて、イオタの旦那にずっとずっと言いたいことがありました! 前の生で意地を張って言い損ねたことが、今になって無念で無念で……ううっ!』

「某もであるぞ、ミウラよ。お前が先に逝ってしまって、気が抜けてしもうたわ! グズリ!」

 イオタの目からも涙が零れる。お鼻も赤い。


『なんか、こう、この世界に転生してこっち、ずっとイオタの旦那の気配を感じていたんです。明日の朝には会えるんじゃないか、その角を曲がったらひょっこり顔を出してくれるんじゃないかって。ずっと、10年間……』

「ミウラよ、辛かったのだろうな、寂しかったのだろうな。某は死ぬ前に見た青い空の記憶しかない。次に気がついたらミウラが目の前にいた。……少々大きくなって。某に10年の時間はない。1人だけ苦しい思いをさせてすまぬ」

 ミウラの頭をポンポン……したかったが背が届かなかったので、口の肉袋(なんて言うの→ω?)をポンポンしておいた。


 それから2人は、ただ黙ってお互いを見つめ合った。

 イオタはミウラを亡くしてからの1年のことを。ミウラはこの世界で10年のことを。

 そして、イオタはミウラが生きていたときのことを思い出そうとして……「おや?」


『気がつきましたか?』

「ミウラもか? イセカイでの記憶があやふやだ」

『でしょう? さらにその前の現世での記憶は残ってますか?』

「……どういう事だ。母上の名も顔も声も思い出せない。兄弟はいたと思うが……弟がいた……はず?」

『わたしも、前々世の事を思い出せません。事象や知識は残ってますが、どんな家にいたかとか、親の名前だとか、通っていた学校の名も、わたしのことですら、たくさんたくさん居たはずの友人も1人として思い出せません』

 もとより存在しない記憶を含め、記憶そのものがあやふやになっているようだった。


「ぬー、お団子屋の……ナントカちゃん。小間物屋の……ああ! 大事な女人のようなのだが、ひょっとしたら嫁だったのかも知れぬが、それすら思い出せん!」

 もとより存在しない記憶もッ、記憶そのものがッ、あやふやになっているようだったッ!


「あ、一つ思いだした! 手下に伝助という男が居た! くっそ! よりによって、なんであいつのことだけ思い出すのでござろうか! 伝助を記憶している脳味噌の場所代がもったいない!」

 地団駄を踏むイオタ。足下の石くれが砕け散るほどに。


『それと、イオタさん、どうしても伝えたい思いが!』

「なんでござるか? 遠慮せず思いの丈をぶつけるがよい!」

『結婚してください、イオタさん!』


 1秒、

 2秒、

 3秒経過、 

「はぁ?」

 

 

 

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