ニンゲン
イズ半島に近いサガミのサムライ。クボ家の主はイキリ立っていた。
この世界のサムライとしては珍しく、ニシグチ家と共同戦線を張り、外敵を退けてきたのだ。だが……
「領民の数が少なくなったからと言って、うちに攻めてくるか? バカか?」
このところ、領民の逃散が著しく多い。だいたい7割ほどに減った。
そのほとんどが、イズの森へと向かったらしい。
あいつらにはもっと頑張って働いてもらわないと困るのに。田畑の仕事に戦の仕事。どれも大事な仕事なのに、なんで逃げるか?
「ここのところ、戦続きでしたからな」
家老職の男が相づちを打っていた。まったくもう! とか言いながら。
「戦に行けば死人が出るのは当たり前だろうが! 戦場が田畑になるのも当たり前だろうが! ヌシの居る山でやれってのか? バカヤロウ共め! 年貢を納めず逃げおってからに。何考えて生きてるんだ。これだから知恵のない領民はバカだと言う!」
ダンダンダンと床板を足で踏みならす。怒りが治まらないのだ。
かく言うクボ家の当主は学がある。計算できないし、文字も書けないが、読みが出来る。ここが家臣にイニシアチブを取っている点だだった。
「それでは親方様(「御屋形様」ではない)、またこの前のように、領民をさらってきて空いた村に押し込めますか? 家と畑があれば連中も文句など有りますまい。仮に何か言ってくる様であれば、何時ものように皆殺しすればよろしいだけのこと。また他所よりさらってくればいいことですし」
「くっそー! ……ふん! そうだな、ここで怒り狂ってても何も解決できん。俺はバカじゃない」
文字が読めるしね。
ようやく落ち着いたかと、胸をなで下ろす家老。うんうんと頷いている。このままだと、家臣の何人かが斬られることとなるだろうから。
「それでは親方様、どこを狙いますか?」
「そうだなー、近場でツカモト家なんか……あ、名案が浮かんだ!」
クボはニィーっと湿気た笑みを顔に貼り付けた。悪戯を考えついたやんちゃなハイティーンみたいな顔だ。
「どうせならニシグチの領民をさらってこよう」
「ほほう! こちらは領民が増え、あちらは減ることで兵も少なくなる。一石二鳥でございますな!」
「そういうことよ! 直ちに支度せい! 戦じゃーっ!」
「ははっ!」
戦と聞いて、家臣のサムライ達は喜んだ。驚く早さで兵が集まった。
集めるにはコツがある。兵となる領民達なら何人か見せしめに殺してみせるのだ。すぐに集まってくる。もちろん手弁当だ、。持ち寄った食糧を横領するのも支配者あるあるであった。
クボ家とニシグチ家で合戦が行われた。
合戦場は当然のこと、平野部。冬とはいえ冬野菜が植わった畑も含まれる。田起こし前の田んぼが踏まれ、土が硬く締まる。
この戦で双方、領民から一割ほどの死者が出た。
最盛時と人口を比較すると――、
クボ家の領民数が6割に減り、ニシグチ家の領民は9割に減った。そこから、クボ家がさらっていった領民を足し算引き算すると――
クボ家7割。ニシグチ家8割。双方、領民が減るだけの戦だった。
そこへ持ってきて、畑や田の損害、繰り返される戦により、糊口を凌げず、餓死する領民や、逃散する領民が多数発生。
最終的な人口は、クボ家が5割までに、ニシグチ家が6割までと、領民が減っていた。
領民の数を減らすことで戦力が減少してしまった両家に対し、周囲のサムライ家は、黙って見過ごすことなどしないし出来ない。
当然、両家に対し、一斉に食らいついてきた。
そこでクボ、ニシグチ両家はこれに対抗するため、節操もなく再び手を取り合った。
これら略奪者を撃退したものの、続く戦で受けたダメージは大きい。ニシグチ家の領民、領土が大きく削られた。
そこを見逃さなかったのがクボ家。当たり前のようにニシグチ領を侵犯。
良家の争いを見逃すサムライはニホンに居ない。せっかく押しのけたのに、両家は再び四方から侵略を受け、1年と持たず消滅することとなる。
そして空白の地帯ができる。
一度崩れた力のバランス。その揺れ戻しが起きる。
空白となった領土に手を出すサムライ各家。介入する理由なんか何でも良い。隙をついて後ろから襲いかかるサムライ達。条約も同盟も糞もない。隙を見せたら襲われる。隙が無かったら作って襲いかかる。
やがて均衡が取れ、一時の平和が訪れる。サムライの数も幾ばくかは減るが、領民の数は、その何十倍、何百倍、何千倍も減っている。
領民の数が減れば、アガリが少なくなる。少なくなったアガリにサムライ達が群がる。
どう転んでも領民達が損をする。搾取され死んでいく。
それは嫌だと立ち上がる人たち。武装し、組織化し、村を囲う。防衛施設は砦となり、自警団は外に出て戦うようになる。生きるに足りぬ米を隣村から奪う。
強い集団へ成長するため、権力が1カ所に集中する。強権的、独善的な一族が生まれる。
サムライの出来上がり。
『そして最初に戻る、です』
「バカだのう……」
イオタとミウラは、囲炉裏の回りでごろごろしている。イオタは炒り豆を摘み、ミウラは囲炉裏の火を弄っている。
『どうすればいいと思います? イオタの旦那なら、どうします?』
「一にも二にも、学問でござろう。よりよく生きる知恵がないと人は人として生きていけぬ。獣とさほど変わらぬ。ポリポリ」
マメを口に放り込み、咀嚼するイオタ。咀嚼音が心地よい。
『でもね、紙は戦略物資ですし、数学は戦術戦略にこそ使って生きてきます。それだけでは駄目ですね』
「その学問と平行して、倫理道徳を教えねばならない。当然のことながら寺小屋では書を読ませられる」
ミウラは枝に火を付けたり消したりして遊んでいる。
『卑怯だから騎士道を教える。道徳心がないから儒教が生まれた。臆病だから武士道が必要になる。ずるいからフェアプレーの精神が必要になった。ここには騎士道も儒教も武士道もフェアプレイもない。無いんです』
「ならば教えるか?」
『だれが連中に教えるんです?』
連中とはサムライのことだ。
「某は嫌だ。ボリボリボリ!」
イオタはまとめてマメを口に放り込んだ。
『わたしも嫌です。ボボボボボ!』
ミウラは、灰に差し込んだ枝々に連続して火を付けた。
「ならば、待つか?」
『待ちましょう。そして、保護しましょう』
道徳心と教養を持ち、法度という規則で整えられた武力集団が現れることを。……今回、イオタとミウラは待ちの姿勢を貫くこととした。彼ららしくないのだが……。
「うむ、……できれば徳川とか家康とか東照大権現とかを名乗る御仁が良い」
じっとにらみつけるミウラ。睨まれたので立ち上がって移動し、ミウラの脇にすとんと腰を下ろすイオタ。
『ぶれませんね、旦那。暗くて粘着な御仁は嫌ですが、まあいいでしょう。大人物な人が関東平野に町を作るってんなら、影ながら協力いたしましょう』
「うむ、素直なミウラは大好きじゃ。どりゃどりゃ!」
イオタはミウラの顎から額にかけ、両手で揉みしだいた。
『あっ! そこ! そこが良い! そこもっと強く、もっと激しく! おほう!』
ネコの喉と額を撫でているだけである。他意は無い。
『あっ、そこ! お尻、お尻ペンペンして!』
「こうか、ここが良いのか?」
ネコの多くは、お尻というか腰の辺りをとんとんされるのを好む性質を持っている。イオタは素直に可愛がり、ミウラはネコの体質に従順なだけだ。
生物学的になんらやましいことは無い。
いつの間にか夜になっていた。
「よしよし、続きはお布団の中でやろうな」
夜になったからお布団で寝る。ネコをお布団の中であやす。それの何処がいけないのか? いや、良い!
こうして、夜は更けていく……。
同じ展開にちょっと飽きてきた。




