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お家見学会

 冬が来て、年の瀬が近づいてきた。

 今年の冬は暖かく、雪が降らなかった。


『イズ半島の山奥には温泉が湧いています。それも秘湯と言える程の温泉がたくさん!』

「それはよい知らせにござる!」

『でもって、村人達に無理言って人海戦術で2ヶ月でイズに建てさせた何軒かの家の1軒は、温泉のすぐ側です』

「でかしたミウラ!」

『有り難う御座います。ではこれより我が家巡りを致したいと存じます。どうぞ背中にお乗りください』

「うむ!」

『イオタさんのお股が背に。あっ!』


 そういうカンジで、イオタを乗せたミウラは、本拠にしているミウラ半島の我が家を飛び出した。

 

 あっという間にオダワラに到着。ハコネのヌシがややこしいので、アタミまで空間跳躍した。

 ミウラはヌシにしては小さい方だが、それなりの巨体。すぐ村人の視界に入る。

 驚いた村人達は、土下座で迎えた。恐れられてはいるが、対サムライ対策で頼りにもされている。村人達は、ヌシ様の姿を見れば見るほど豊作になると信じている。ヌシは、信仰の対象となっているのだ。

 アタミの村人を驚かしつつ、喜ばれつつ、そこから山へ入る。


『ヌシをやってると歴が分からないんですよね。気安く聞けない。今は、年末近くだと思うんですが……』

「あとで某がそれとなく村人に聞いてやろう。ミウラが出てくるより某の方が、村人も話しやすいだろう」

 イズ半島の山の中、森の最深部に一つめの隠れ家が建っていた。


「見た目とか内装はミウラ半島のとさほど違わぬでござるな?」

『ここいらの家はだいたい同じ構造です。それでも広い方の間取りですよ』


 庭があって、玄関がある。

 玄関から入ると土間になってて、右に離れの部屋。奥に竈。

 土間に張り出すように囲炉裏が設置された間があり、そこを通って6畳の間と8畳の間に行ける。

 8畳の間は庭に面し、縁側が添えられている。

 6畳と8畳の間の仕切り戸を外すと14畳の広間ができる。冠婚葬祭宴会仕様である。

 ちなみに、畳はまだ無い。板敷きである。板敷きであるだけ高級な方だ。


『位置的に、雰囲気的にここを本拠地とします。万が一、人を連れてくるとしたらここになるでしょう』

 イズ半島の山間部の中央付近。鬱蒼と茂った木々が、木漏れ日を緑色に変える。神秘的な場所。鳥居があれば神社と見間違えてしまうだろう。


『さて次! 跳躍(ワープ)!』

 虹の輪を抜け、ミウラとイオタが出現したのは、イズ半島の先っぽ近くの山中だ。

 先ほどの本拠地予定地と比べ、うってかわって大変明るい。陽気な雰囲気だ。

 ここからだと、三方に海が見える。


「波の音が聞こえてきそうでござる」

 イオタは感動していた。

『波の音が聞こえてきたら、大至急避難してください。それは大津波です。ってか、懐かしいですね、このフレーズ』


 イオタとミウラの記憶に、これだけははっきり残っている風景。

 イオタとミウラだけの家。

 艱難辛苦を2人で乗り越え、やっと辿り着いた理想の大地。

 土地の名前は記憶から抜けてしまった。でも家から見える風景は記憶に刻まれている。初めて家を目にした感動は覚えている。


「良いな」

『良いですね』

 しばし景色に見とれる2匹。


「ここを我が家とする」

『同意します』


 どこからか吹いてきた風が2匹の髭と髪を撫でていく。


『最後にここへ戻ってくるとして、まだ一つ家があります』

「何軒建てさせたのだ?」

『三軒です。そこは予備の場所です。別宅というか別荘というか、見かけ上、隠れ家として扱い、ここのカモフラージュとして使います』

「ここは特別でござるか?」

『ここは2人だけの家です。何人(なんびと)たりと犯すことはできません。さて、次行きますよ、跳躍(ゲシュタルジャンプ)!』

 2匹は三軒目に向かって飛んでいった。

 

「こっ! ここは!」

『ふふふ、とっておきです』

 似たような山中。同じ作りの家。だがここは他の二軒と決定的に違うオプションが付いていた。


「温泉にござる!」

『いかにも! 露天温泉にございます。しかも人跡未踏の秘湯!』

「でかしたミウラ!」

 イオタはミウラの顎を揉み揉みして褒めた。

『お褒めにあずかり光栄です』


 家の横手から階段が続いており、岩剥き出しの温泉に繋がっていた。

 湯船を構成するのは大小様々な岩。それも自然に形成されたもの。湯が溢れて外へ流れ出している。


『天然かけ流しの湯です。効能は疲労回復、外傷、胃腸、皮膚病、肩や腰のこり、各種婦人病等となっております』

 湯気が立ち上がる広い温泉。隅っこの方で猿とか鹿とか熊が浸かっていた。


『獣達の湯でしたから、彼らに優先権があります。ので、追っ払ってません。どうせ、我らヌシに危害を加えることはできませんし』

「早速入ろう!」

『それが良いです。それ、どぼん!』


 縮小をかけ、虎の大きさまで縮んだミウラは、常日頃から全裸であることを利して、予備動作なしで湯に飛び込んだ。


「あ、まてこやつ! ぬぎぬぎ……どぼん!」

 イオタも急ぎ着ている物を脱ぎ、――具体的な描写をすると、帯をほどき、紺の袴を足下にくしゃっと下げる。白いおぱんちゅが尊さで眩しい。続いて小豆色の細袖を脱ぐ。白いおブラが目に映えるのでミウラは両手を合わせて拝んだ。後ろ手に回しブラのホックを外すとブルン! おぱんちゅをヌギヌギして足から乱暴に抜き取って丸めてポイ――湯に飛び込んだ。


『イオタの旦那の服は思念の力で形状変化させた物ですから、思うだけで服が消えるんですが、お忘れみたいですね。シチュエーションは大事なので、気づくまで黙ってますが』


 目を線のように細め、口をだらしなく開いて「うぃー――」と気を吐くイオタさん。

 盛大に水音を立てたわけではないが、先に入浴していた獣達が、こそこそと湯から上がっていく。逃げるわけでもなく、外からじっとイオタ達を見つめている。でっかい熊までもが身を小さくして。


「逃げることなかろうに」

『自然界のヒエラルキートップ、生物界の頂点を天元突破して地球の頂点に君臨するヌシが入浴したのです。下位に位置する動物たちは遠慮するものなのです。わたし達が出たら、入ってきますよ』

「悪い事してるみたいで気まずいな」

『わたし達が温和しくしていれば、そのうち慣れてくれるでしょう。うぃー』


 湯船に浸かる際は、他人に迷惑をかけないよう静かに入りましょう。あと、かけ湯も忘れずに。


「おっ! 雪にござるな!」

 空か白い物がチラホラ舞い降りてきた。

 イオタは、それを掌ですくい取る。白い結晶はイオタの体温に触れ、とけて水滴となった。


『わたし達の魂は雪のようですな。天空で固まって、空中を揺られ、地に落ちて水となって川に流れやがて海に至る。海の水が空へ上がり、また固まりとなり、雨や雪となって降り落ちる』

「某らは2度目の雪。いや、3度目の雪でござるかな?」

『何度目でもいいです。イオタさんと一緒に今を生きていけるなら』


 雪は降り続ける。

 どんどん降り続ける。

 しまいにゃドカ雪となって辺り一面真っ白。


「お、おいミウラ! 右も左も前も後ろも上も下も白一色で方向が分からん!

『ホワイトアウトです! このままでは遭難凍死です! いや、ヌシだから凍死はしないか?』


「用心して体を温めるぐらいの事をした方がよい!」

『ならば体が温まる運動を。セッセッセしましょう。言っておきますが、嫌らしい意味でのセッセッセではありませんよ! ヨイヨイヨイですが深く意味を読んではいけません。別の意味で遭難しますからね! それより、イオタさん、服着て! 裸ですよあなた! わたしも全裸ですが』


「ちょっと動転して服着られない」

『では落ち着くためにも、セッセッセのイキますよ、そーれセッ――』

 ズボッ!


『ナニが変なところに、いや、足が変なところに挟まってしまいました!』

「おいちょっと動くな! 確かに変なところだぞ! 穴ぼこみたいなところに填っておる!」


『大丈夫抜けます。セッセは止めて歩いて前に進みましょう』

 ズボッ! ズボッ! ジュボッ! ジュボ!


「足音がだんだん湿っぽくなってきたな」

『温泉の地熱で下の方が溶けて泥と混じってイイカンジになってます』

 ズチュッ、ズチュッ、ズチュッ!


「待て待て! ミウラだけ先に行くな。先にイクな! 某も一緒に行く。イクから!」

『一緒に(イキ)ましょう!』

 ズチュズチュ、ヌポヌポ、ズンズン、ズポズポォッ。


「雪は歩きにくいなー」

 そう、2人は吹雪の中、深く積もった雪道を歩いているだけだ。


『出ますよ! 出ます! (ホワイトアウトから)出たー! ほらお家です』

「おおーっ!」


 イオタは生還(セイカン)にうち震えた。生還とは生きて帰れる事である。生還に他の意味は無い。疑うなら辞書を引くがよろしい。

 2匹は遭難することなく健全なままで家へと帰り着き、暖を取ったのでした。


 こうして健全な夜は更けていく。

 

 

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