ニホン
ミウラ半島の某所に建てられたかやぶき屋根の日本家屋。鍋の掛かった囲炉裏。イオタとミウラは隣に並んで鍋を眺めていた。流行り狙いで付けた長ったらしい名前の会議を続けている。
秋の日は少し前に沈んだが、夜目の利く2匹にはなんてことない。
『気をつけねばならないのは、エチゴとカイとオワリ。この三大怪獣です』
「第六天魔王ならぬ魔神と、軍神と戦神でござるな」
イオタは鍋の中を木勺でかき回している。
『であるならばですよ、ここは史実を参照して、エチゴとカイとオワリの三竦みに持ち込む。そして第六天魔王様には西に目を向けていただく』
「魔神な。だとすると、イズを取ったのは裏目でござったか?」
『うーん……わたし達がエチゴとカイの気を引いてしまいますか。これは避けたい。失敗だった。でも不可抗力だったしなー』
再び長考に入る。
「ミウラよ、取った物は仕方ない。取った以上、使い倒す。と考えるようしよう」
『うーん、そうですね……』
ミウラの頭脳が高速で回転し始めた。
『当面領土が近い仮想敵国カイへの押さえとして、ハコネ山とアシタカ山とイズに線引きして防衛ラインを敷きましょう。ハコネのヌシを北と西の緩衝地帯扱いに。幸いフジ山は誰もいない中立地帯ですし、そうなるとカイの領土と接触する部分は平野部だけです。あと、なにげにムサシのヌシ様の領土が緩衝地帯に入っております』
「なんでフジのお山にヌシは居ないのかなー? まあいっか。ハコネのヌシはどう扱うのでござるかな?」
『触らぬか放置するかの二択です。まずは、ハコネのヌシの性格を詳しく調べねばなりません』
「サブロウの話だと、かなり意固地で危ない下ヌシらしい」
『まずいっすね』
「直接接触は止め、人や何かを使って調べるにとどめよう。基本、放置にござる」
『お任せください。放置プレイは得意です』
「ぷれいの意味が分からぬが、頼もしいぞミウラ!」
『恐れ入ります』
ミウラは尻尾を振って礼を述べた。
『絶対やっちゃいけないのは、ムサシのヌシに何かあったとしても、ウエノに手を出すことです。ウエノは地獄の玄関口でございます』
ムサシのヌシが言っていた。ウエノのヌシがムサシのヌシにちょかいをかけてきていると。
「万が一、億が一にもムサシのヌシ様が抜けるようなことがあれば、やばいヌシ2柱と直接領土が接する事となるのです。そうなるとまったりした人生が送れなくなります』
「海千山千のムサシのヌシ様なら、大丈夫でござるよ」
『ムサシのヌシ様にはもっと気に入られるよう、努力しましょう』
当面の方針と、長期計画は決まった。
後、残っている問題は……。
『人間界でございますね』
「人間界でござる」
ヌシの世界はこれでいい。人の世界は?
「サブロウの話だと、織田家も松平家も存在しないそうな。ただ、キョウにミナモトと名乗る大きなサムライ団を抱えた家があるそうな。ニホン全土に影響力を持っておるらしい」
『ほほう、足利でなく源ですか? 生き延びたんですね。いきさつに興味あるなー』
「奉公も義理もなんもない暴力集団でござるから興味は薄いでござる。一大暴力団組織の組長にござる」
イオタの口が嫌そうに歪む。
この世界のサムライは、弱い者から甘い汁を吸い上げ、暴力を盾に我が儘を通す破落戸の事である。だから、暴力団扱いだ。
「やはり神君家康公のような立派な御仁は居られぬか。残念にござる。某、人間界の徳川家が心配にござる。いや、すでに義理は果たし終えたのでござるが、個人的に気になるのだ」
『わたしにいわせれば、家康公って暗くて執念深くて、嫌いな大名のお一人なんですが』
「大阪での豊臣公の人気も知っておる。家康公を毛嫌いしておることも知っておる。後世の歴史家が何といったかは問わぬが、紐解けば、あのお方が居られたからこそ我らの縁もうまれたのでござるよ。あだや疎かにしてはいけない」
『さすがイオタの旦那! 恐れ入りましてございます』
ミウラは頭を下げた。
「それはよい。しかして、人の世の移りが気に掛かる。このままでは、空飛ぶ戦艦や動く歩道が見られぬのでは? 江戸に幕府を開けるためになんぞ動かねばならぬのだろうか? まったりした人生を送るためにも」
『うーん、だとすると、シモフサ、カミフサ、ヒタチは押さえるか影響下に置く位のことをしておかないと。あの辺、どうなってるんだろう? 平野部ばっかりだから大したヌシは居ないと思いますが? 情報が全く足りません。どうして良いか手詰まりですね』
「うーん、不安にござる。外国もあるらしいし」
『西洋の宣教師はやっかいですよ。宗教に名を借りた忍びが混じってるのは歴史が証明してますからね』
「これは難題山積みでござる」
うんうん唸るだけの猫二匹。
『むー、良いアイデアが出てきません。こう言うときは逆に考えることでブレークスルーされるはず。もう考えたって仕方ないじゃないですか、と思うようにしましょう!』
「しかし、気になって仕方ない」
『ならば心と頭のリフレッシュ。えーっと、心と頭のお洗濯です。なるべく単純なゲーム、もとい、遊戯を致しましょう。それで、一旦思考の沼から抜け出すんです』
「なんぞいい遊戯があるか? いっておくが、すけべをする雰囲気ではないぞ」
ミウラは後ろ足で立ち上がり、いきなり前足の肉球部分をたたき合わせた。
『パンパン! ニクニク!』
「どうしたミウラ、気でも触れたか?」
イオタが怯えた。
『これはパンパンゲームと申しまして、2語の音を重ねた言葉を作って交互に言い合う遊びです。たとえば「パンパン」みたいに。で、相手が言った言葉は使っちゃ駄目。自分の言った言葉は何回でも言って良い。ただし、ボヤッとでも意味が通じないのはだめです。パンパンは良しですが、イフイフなんかは駄目。わかりました?』
「うむわかった。面白そうでござるな!」
『では、わたしはイオタさんに絶対触れないような位置へ移動します』
「どうしてでござるかな?」
『春のアカバン祭り対策です。そして、両手はリズム、調子を取って打ち合わせますので、自分、及び他者の体のどこにも触れません事を明記しておきます』
「どうしてでござるかな?」
『規則に準ずるための防御策ですから』
「規則なら仕方ない」
『では、わたしから。ゴソゴソ!』ぱんぱん!
「これこれ」ぱんぱん!
『モミモミ』ぱんぱん!
「あれあれ」ぱんぱん!
『クリクリ』ぱんぱん!
「うんうん」ぱんぱん!
『ヌギヌギ』ぱんぱん!
「いやいや」ぱんぱん!
『ペロペロ』ぱんぱん!
「ふんふん」ぱんぱん!
『ヌプヌプ』ぱんぱん!
「あんあん」ぱんぱん!
『パコパコ!』ぱんぱん!
「おうおう!」ぱんぱん!
『ドピュドピュ!』
「あ、3音でござる! ミウラが先に言ったでござる。早すぎるでござるよ。ミウラの負け!」
『いや、これはしくじった! ではもう一戦!』
「望むところ!」
こうして夜は更けていく。
パンパンゲーム、流行ると良いな。




