軍神エチゴのヌシ
『ウエノのヌシがの、儂んところにちょっかいをかけてきおった。それが領土欲なのか、儂を狙ったものか、はてさて……』
困った口ぶりだが、ムサシの表情は全然困ったようでなかった。
『ウエノのヌシが、ですか? これまた大ヌシのうえ、古いヌシ様ですのに?』
ミウラは小首を傾げた。古いヌシ程、ヌシ同士の争いを好まない。……はず。
イオタはこれまでずっと口を挟まず、二人の会話を聞いていた。大ヌシ、は強いヌシの事だろう。ミウラは下ヌシのさらに下だと言っていたから、少なくとも強さの序列は上と下の2つ、もしくは中をいれた3つはあるのだろうか、などと初歩的な事を考えていた。
『イオタさん、ウエノのヌシとは、ムサシのヌシ様の領土と接する北のヌシ様です。大昔より生きてますし、それだけ強いです。ああ、因みに、ヌシ様は強さで大、上、中、下と区分けされています。ウエノのヌシはもちろん大ヌシです』
「親切な解説、痛み入る」
イオタの心を読んだようにミウラの解説が入った。
『ウエノのヌシが動きを見せたのも、動く理由があるようなのじゃよ』
『理由?』
『経験則による推測に過ぎぬがの。そこに思い当たるにおいて、ヌシの世界の動乱をまさかね、って思うておったのじゃが、そこへミウラのヌシがやってきた。儂の嫌な推測が補強されたと言うわけじゃ』
『それはいったい?』
『ふむ』
ムサシは、目を細めた。
『ウエノのヌシも圧迫を受けておるらしい。エチゴのヌシがウエノのヌシを押しているらしいのじゃが、それは未確定情報じゃ。なんせ、儂はそれを知る手段を持っておらぬのじゃからな。これこそ経験則による推測じゃ』
ウエノ? エチゴ?
イオタは腕を組んだ。ひょっとして、オリジナルの自分が生きていた江戸時代の呼称であろうかと。
偶然だろうか? あるいは、前前世の日本と、今このニホンに何らかの関係があるのだろうか?
『同じような世界が誕生しますと、地名の成り立ち方法を考えますと、縁だとか、歴史の繰り返しだとかで、地名が似通っても不思議ではありません。わたしが顕現した地がミウラ半島でしたから、わたしはミウラと呼ばれています。これは偶然でしょうか? 必然でしょうか?』
イオタが考えていると、また心を読んだかのようにミウラが答えをくれた。……こやつ、前から某の考えを読むところがあったよな?
「ミウラよ、エチゴのヌシと言うからには、軍神とかあだ名が付いてないか?」
『おほおほおほ! そのとうり。軍神エチゴじゃ。イオタちゃんも侮らぬな、おほおほおほ!』
「ムサシのヌシ様も侮れぬお方で」
見透かされて悔しかったので言い返してやった。
『おほおほおほ!』
どこがツボかは判らないが、ムサシにはウケたようだ。
「心が広すぎるでござるよ、ムサシのヌシ様」
イオタは降参した。
「なあミウラ? ミウラ?」
ミウラは長考の姿勢に入っていた。
「ミウラ?」
『あ、ああ、イオタさん。そうですね、二人で相談しましょう。ムサシのヌシ様、貴重なお時間を割いていただきありがとうございました』
『スッキリしたかな?』
『はい。ずいぶんと。あとはわたしたちで何とかします』
『では、また遊びにおいで』
また遊びにおいで。それが、ムサシとのいつもの別れの言葉であった。
ミウラとイオタは、新しく手に入れたサガミの地の主立った村々に、主が変わったことを告げて回った。
どうも、サガミのヌシも隠れ村の村人に、少々きつい要求をしていたようで、概ねミウラのことを快く迎えていたようだ。
あと、イオタさんの立ち位置も、温かい目でもって迎えてくれていた。人、それを忖度と呼ぶ!
ミウラとイオタは、ミウラ半島山中の何処かにある「家」に戻ってきた。
『ただいまー』
「ただいまでござる」
縁側に続く八畳の間で、トラサイズに縮まったミウラがゴロリと横になった。
イオタはミウラのモフモフな腹をクッションよろしく、体を預けて足を伸ばした。
「ふー、我が家は落ちつくでござる。日本家屋ならなおさら。気疲れはするが、体は疲れないのな」
『ヌシは疲れを知りませんからね。共通して無限体力というスキルを持ってます』
イオタがミウラの腹をモフり、ミウラがイオタの体に前足を回して抱っこすることしばし。
「ミウラの考えを述べよ」
『ハハッ!』
姿勢はそのまま。言葉だけ畏まるミウラである。
『まず、我らの関係とわたしの急激な戦闘力の上昇についてです』
イオタと邂逅するまでのミウラは弱かった。
『過去これまで、ヌシの謎パワー、神通力を応用した魔法は使えるのですが、どれもこれも謎の出力不足に悩まされていました。唯一まともに使えたのが雷撃系。ですが、せいぜい落雷を起こすだけで、ヌシ相手に決定打となり得ませんでした。人間やナリソコナイ相手ならオーバーキルなんですけどね』
雷撃という名の落雷を乱発できるが、ヌシに当たったところで「痛ってぇー!」クラスのダメージしか与えられなかった。
鋼雷砲に関しても、相手に打撃を与え、ついでに感電させるだけの技。硬い頭蓋骨を突き抜けて脳味噌を後方へぶちまけるまでの威力は見込んでなかった。
『イオタさんがこの世界に顕現してから、あきらかに出力が上がりました。なぜか? ずばり、わたし達2人で1人だからなのです!』
「ひょっとして、結婚も関係有るのかな?」
『おそらく、それは重大な要素です。わたしの体はヌシに比べ小さい。イオタさんに至っては人間クラス。魂はお互い半分ずつ。ということは、10割のものが5割と5割に分割されていた。それが合わさって本来の10割になった。これが元々の力だったのです! 結婚という儀式がより完璧なモノへと昇華させた』
「そういう事でござるか」
『そういう事です。なぜわたし達2人にだけ、男女の性別があるのか? 2人が合わさるためだったのです。合わさって初めて男であり女である。これで説明が付く』
「2人の元々が男から女へ、女から男へと変わってしまっていたのも大事な要素であろうか?」
『それがあったから今があった。それも今を成す重要な部品の1つでしょう。さらに、ムサシのヌシ様の言葉を借りれば、わたし達の魂は重いんです。転生を繰り返してきたことが魂に重みが加わった理由でしょう』
「だとすると、数奇な運命というか、縁というか、成るように成ったというか……」
『それが正解でしょう』
2人は黙った。イオタがミウラに体を預け、ミウラはイオタの体を抱く。その姿勢のまま、どれだけ時間が過ぎただろうか。
「そのような事より、いまのこの暖かい状況が心嬉しい」
『同じくです。イオタの旦那を抱っこしている今があれば後はどうでも良いです』
2人は、そのまま夜を迎え、そして朝日を迎えた。




